ニデック永守氏の経営理念を検証する視点と社外取締役の役割
はじめに
日本を代表するモーターメーカー、ニデック(旧日本電産)の創業者・永守重信氏の経営理念をめぐり、さまざまな議論が起きています。2025年12月に永守氏が取締役を辞任し、名誉会長となったことで、同社の経営スタイルへの評価が改めて注目されています。
永守氏は「株価と時価総額のランキングを最も重視する」と公言してきた経営者です。この株価・収益重視の姿勢については、賛否両論があります。しかし、事業環境の変化や企業の成長ステージを考慮せず、一律に否定することは本質を見誤る可能性があります。
本記事では、永守氏の経営理念の功罪を客観的に検証し、社外取締役が経営者への助言・監督においてどのような役割を果たすべきかを考察します。
永守流経営の特徴と成功要因
「回るもの」への集中とM&A戦略
ニデックは1973年に永守氏がわずか4人で創業した会社です。現在では世界最大級のモーターメーカーとして、従業員10万人を超える企業グループに成長しました。この飛躍的な成長を支えたのが、永守氏独自の経営哲学と70社を超えるM&A(合併・買収)戦略です。
永守氏のM&A戦略には明確な特徴があります。まず、自社のコア技術である「回るもの」、つまりモーターやその周辺製品にしか手を出さないという原則です。この集中戦略により、事業の失敗リスクを抑えながら、着実に企業規模を拡大してきました。
もう一つの特徴は、買収後の統合手法です。ニデックは買収した企業の経営陣を大きく入れ替えることなく、既存のマネジメントに経営を任せます。同時に、ニデックグループの経営哲学を共有し、必要な投資支援を行いながら収益性を向上させるアプローチを採っています。これは日本の城の石垣に例えられ、異なる形の石を組み合わせて強固な構造を作るという考え方です。
「赤字は罪悪」の徹底した収益管理
永守氏の経営哲学の核心は「情熱、熱意、執念」「知的ハードワーキング」「すぐやる、必ずやる、できるまでやる」の三つです。特に「赤字は罪悪」という意識付けを組織全体に徹底し、どんな状況でも黒字経営を維持することを求めてきました。
この徹底した収益管理は、経営不振に陥った企業を買収して再建する際に威力を発揮しました。優秀な技術を持ちながら経営が立ち行かなくなった企業に対し、きめ細かい数値管理と改革を実行することで、次々と再生を成功させてきたのです。
また、投資銀行からの紹介を待つのではなく、自社でM&A候補リストを作成し、積極的にアプローチするプロアクティブな姿勢も特筆されます。企業戦略室が候補企業を分析し、自社グループを強化できる企業を常に探索しています。
株価重視経営の功罪
高成長期における好循環
永守氏は経営幹部に対し「私が最も重視している経営指標は、相対業績であり、株価と時価総額のランキングである」と明確に伝えていました。株価を絶対視する価値観は、高成長が続いていた時期には好循環として機能しました。
株価上昇は従業員のモチベーションを高め、M&Aにおける交渉力を強化し、優秀な人材の採用にもプラスに働きます。創業者でありながら筆頭株主でもある永守氏の「二重の顔」は、経営者としての決断力と株主としての規律を両立させる形で企業価値の向上に貢献してきました。
成長鈍化で顕在化した課題
しかし、成長に陰りが見えた2022年以降、この構造は課題を露呈し始めました。経営方針をめぐって永守氏と対立した関潤氏が実質的に解任されるなど、強烈なトップダウン経営の副作用が表面化しました。
さらに2025年には、不適切会計の可能性が発覚し、監査法人が有価証券報告書の監査意見を「不表明」とする事態に至りました。短期的収益を重視しすぎる傾向が、会計処理の問題につながった可能性が指摘されています。永守氏自身も「ニデックの企業風土は私が築いた」と認め、2025年12月に取締役を辞任しました。
2025年6月の株主総会では、永守氏は「売上高を10兆円にするということを言い過ぎた」と述べ、従来の高成長路線からの転換を示唆しました。岸田光哉社長が発表した中期経営計画は、3年後の売上高2兆9,000億円、営業利益3,500億円と、極めて保守的な内容となっています。
経営理念の評価に必要な視点
事業環境と成長ステージの考慮
永守氏の経営理念を評価する際には、事業環境の変化と企業の成長ステージを考慮する必要があります。創業期から成長期にかけては、積極的なM&Aと徹底した収益管理が競争優位の源泉となりました。しかし、成熟期に入った企業には異なるアプローチが求められます。
日本企業のM&A成功率は3割程度とも言われますが、近年は4〜5割程度まで上昇しています。ニデックがM&Aで高い成功率を維持できた要因は、コア技術への集中と買収後の統合手法にありました。これらの手法自体は今でも有効ですが、EV(電気自動車)シフトなど事業環境の激変に対応するには、より柔軟な戦略が必要となっています。
一律の否定は本質を見誤る
株価や収益を重視する経営姿勢を一律に否定することは適切ではありません。企業価値の向上は、従業員、顧客、取引先、地域社会など、すべてのステークホルダーに利益をもたらす可能性があります。
重要なのは、短期的な株価上昇と中長期的な企業価値向上のバランスです。永守氏の経営哲学が批判を受けているのは、株価重視そのものではなく、それが短期志向に偏りすぎた結果、会計処理の問題や後継者育成の失敗につながった点です。
社外取締役に求められる役割
経営監督機能の重要性
コーポレートガバナンス・コードの制定以降、社外取締役の役割は拡大しています。東京証券取引所プライム市場に上場する企業は、取締役の3分の1以上を社外取締役とすることが求められています。
社外取締役に期待される最も重要な役割は、一般株主の付託を受けて中長期的な企業価値の向上を図る観点から経営を監督することです。取締役会が決定した経営戦略に照らして、執行上の重要な施策や経営の成果を検証し、客観的な立場から意見を表明することが求められます。
ニデックのケースから学ぶ教訓
ニデックの事例では、社外取締役による歯止めが十分に機能しなかったと指摘されています。社外取締役は官僚や識者、弁護士が中心で、実業経験者が乏しく、経営を実効的に監視する体制とは言い難い状況でした。
この教訓から、社外取締役には以下の要件が重要であることがわかります。
第一に、ビジネスの実務経験です。企業経営の現場を知る人材でなければ、経営者の判断を適切に評価することは困難です。第二に、独立性の確保です。経営者のネットワークに頼った人選では、客観的な監督機能を果たせません。第三に、長期視点での助言能力です。短期的な業績だけでなく、企業の持続的成長を見据えた視点が必要です。
経営者への建設的な助言
社外取締役の役割は、単に経営を監視することだけではありません。経営方針や経営改善について、自らの知見に基づき助言を行うことも重要です。
特にカリスマ経営者が率いる企業では、経営者の判断を無条件に追認するのではなく、客観的なデータと分析に基づいて異なる視点を提示することが求められます。これは経営者を「全否定」することではなく、より良い意思決定を支援するための建設的な対話です。
注意点と今後の展望
ガバナンス改革の方向性
日本企業のコーポレートガバナンスは、従来のマネジメントモデルからモニタリングモデルへの移行期にあります。終身雇用制度のもとで人材流動性が低かった日本では、取締役会メンバーのほとんどが社内から昇格してきました。
社内出身者が大半を占める取締役会では、社内の立場やしがらみにとらわれない客観的な視点から意思決定の妥当性をチェックすることが難しいとされています。今後は、ガバナンスと執行という二つの役割を分離し、それぞれに適切な能力を持つ人材を配置していくことが必要です。
ニデックの再生に向けて
ニデックにとって、永守氏の退任は一つの転換点です。永守氏辞任の発表を受けて株価は一時7.3%上昇し、企業風土改革が進むとの期待が示されました。
今後の課題は、永守氏が築いた強みを継承しながら、ガバナンス体制を強化することです。第三者委員会の調査結果を踏まえ、透明性の高い経営体制を構築できるかどうかが、ニデック再生の鍵を握っています。
まとめ
永守重信氏の経営理念は、ニデックを世界的なモーターメーカーに成長させた原動力でした。株価・収益重視の姿勢は、成長期においては企業価値向上の推進力として機能しました。しかし、成熟期に入り、事業環境が激変する中で、短期志向の弊害が顕在化しました。
重要なのは、永守氏の経営理念を一律に否定することではなく、何が成功の要因であり、何が課題だったのかを丁寧に検証することです。そして、社外取締役が経営者への長期視点での助言と監督機能を果たすことで、企業の持続的成長を支える体制を構築することが求められます。
ニデックの事例は、カリスマ経営者に依存した企業が直面する課題と、コーポレートガバナンス改革の重要性を示しています。投資家や経営に関心を持つ方々にとって、示唆に富む事例といえるでしょう。
参考資料:
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