モンロー主義から「ドンロー主義」へ―米国の中南米政策200年の系譜
はじめに
2026年1月3日、米国特殊部隊がベネズエラで軍事作戦を実施し、マドゥロ大統領夫妻を拘束してニューヨークへ移送しました。この際、トランプ大統領は「モンロー主義を大幅に書き換え、これからは『ドンロー主義』と呼ぶ」と宣言しました。
約200年前の1823年に提唱されたモンロー主義は、米国外交政策の基盤として中南米との関係を規定してきました。この原則が現代においてどのように変容し、何を意味するのか。本記事では、モンロー主義の歴史的背景から2026年の「ドンロー主義」への展開まで、米国の中南米政策の系譜を解説します。
モンロー主義の歴史的背景と原則
1823年の誕生―欧州からの独立宣言
モンロー主義は1823年12月2日、ジェームズ・モンロー大統領が連邦議会での年次教書演説で初めて表明しました。当時、スペインの植民地だった中南米諸国が次々と独立を達成しつつあり、欧州列強による再植民地化の懸念が高まっていました。また、ロシアが北米大陸北西部への領土的野心を示していたことも背景にありました。
モンロー大統領は国務長官ジョン・クインシー・アダムズの助言を受けながら演説を作成しました。当初、英国は共同宣言を提案しましたが、アダムズは米国独自の声明を発表すべきだと主張し、最終的にその方針が採用されました。
三つの核心原則
モンロー主義は以下の三つの核心原則で構成されています。
第一に、非植民地化原則です。「米大陸は今後、いかなる欧州列強による植民地化の対象とも見なされない」と明確に宣言しました。これは新興独立国の主権を守る盾となる意図がありました。
第二に、相互不干渉原則です。米国は欧州の政治問題に介入せず、欧州も米大陸の問題に干渉しないという相互主義を掲げました。当時進行中だったギリシャの独立運動など、欧州域内の紛争には関与しない方針を示しました。
第三に、勢力圏の分離です。米大陸と欧州は別々の影響圏を持ち、それぞれが相手の領域を尊重するという概念です。これは新世界と旧世界の明確な区別を意味しました。
当初、欧州の大国はこの宣言をほとんど重視しませんでしたが、やがて米国外交政策の長期的な基盤となっていきます。
モンロー主義の変容―保護から支配へ
セオドア・ルーズベルトの「補論」
19世紀末から20世紀初頭にかけて、米国のフロンティアが消滅し、中南米への膨張志向が強まります。モンロー主義は当初の防衛的性格から、積極的な介入を正当化する論理へと変質していきました。
1904年、セオドア・ルーズベルト大統領は「ルーズベルト補論」を発表しました。これは「中南米諸国が慢性的かつ著しい不正行為を行う場合、欧州債権国の介入を防ぐために米国が介入する権利を有する」と主張するものでした。
この補論により、モンロー主義の原義は逆転しました。欧州列強からの保護を目的とした原則が、米国による一方的な中南米介入を正当化する根拠へと変わったのです。20世紀を通じて、米国は中南米諸国に対する軍事介入や政権交代工作を繰り返しました。
20世紀の介入の歴史
米国は20世紀、キューバ、ニカラグア、ドミニカ共和国、ハイチなど、多くの中南米諸国に軍事介入しました。冷戦期には、共産主義の拡大を防ぐという名目で、グアテマラ(1954年)、チリ(1973年)などで政権転覆を支援しました。
これらの介入はしばしばモンロー主義を根拠としましたが、中南米諸国からは主権侵害として強い反発を招きました。米国は中南米を自国の「裏庭」と見なし、他国の影響力を排除しようとする姿勢を継続してきたのです。
2026年「ドンロー主義」の登場
ベネズエラ軍事作戦の実態
2026年1月3日、米国特殊部隊と法執行機関がベネズエラで軍事作戦を実施し、ニコラス・マドゥロ大統領とその夫人シリア・フローレスを拘束しました。両名はニューヨークの連邦施設に収監され、麻薬密輸などの容疑で訴追されました。
この作戦は、ベネズエラ国内の反政府勢力の支援要請に応えたものとされていますが、主権国家の元首を武力で拘束し国外へ移送する行為は、国際法上極めて異例です。
トランプによる「ドンロー主義」の宣言
作戦実施後、トランプ大統領は記者会見で次のように述べました。「モンロー主義は非常に重要だが、我々はそれを大幅に書き換けた。これからはそれを『ドンロー主義』と呼ぶ」。
この造語は「モンロー」と「ドナルド」を組み合わせたもので、西半球における米国の主導権を一層明確にする意図があります。2025年12月に公表された第二次トランプ政権の国家安全保障戦略では、西半球を重視する方針が「モンロー・ドクトリンに対するトランプの系(Trump Corollary to the Monroe Doctrine)」と明記されていました。
従来のモンロー主義との相違点
従来のモンロー主義は、少なくとも建前では「欧州列強からの中南米保護」という防衛的側面を持っていました。しかし、ドンロー主義は以下の点で大きく異なります。
第一に、明確な資源確保の意図です。ベネズエラは世界最大級の石油埋蔵量を持つ国です。トランプ政権の戦略文書には、中南米の資源とインフラへのアクセス確保が明記されています。
第二に、中国排除の論理です。近年、中国は中南米諸国への投資を拡大し、影響力を増しています。ドンロー主義は、中国など「外部勢力」を西半球から排除することを正当化する論理として機能します。
第三に、直接的な軍事介入の容認です。過去の介入は代理勢力の支援や経済制裁が中心でしたが、今回は米軍による直接的な主権侵害が行われました。
国際社会の反応と今後の展望
中南米諸国の批判
コロンビアのグスタボ・ペトロ大統領は、今回の作戦を「ベネズエラと中南米の主権に対する侵略だ」と強く非難しました。ブラジルのルイス・イナシオ・ルラ・ダ・シルバ大統領も「ベネズエラの主権の重大な侵害であり、国際社会全体にとって極めて危険な前例となる」と警告しています。
中南米諸国は、米国の一方的な介入に長年苦しめられてきた歴史があります。今回の事態は、200年にわたるモンロー主義への不満を再燃させる結果となりました。
国際法上の問題点
国連憲章第2条第4項は「武力による威嚇または武力の行使」を禁じています。主権国家の元首を武力で拘束し国外へ移送する行為は、この原則に明白に違反する可能性があります。
また、国際刑事裁判所(ICC)の管轄権との関係も問題となります。ベネズエラはICC締約国であり、マドゥロ大統領への訴追は本来ICCの管轄となるべきとの主張もあります。
今後の中南米情勢
ドンロー主義の登場により、中南米情勢は新たな緊張局面を迎える可能性があります。特に以下の点が注目されます。
第一に、中国との対立激化です。中国は「一帯一路」構想の一環として中南米への投資を拡大しており、米国との勢力圏争いが激化する可能性があります。
第二に、中南米諸国の団結強化です。米国の一方的な介入に対抗するため、中南米諸国間の連携が強まる可能性があります。すでにブラジル、コロンビアなど主要国が米国への批判を表明しています。
第三に、他国への波及効果です。ベネズエラへの介入が成功すれば、トランプ政権は他の「敵対的」とみなす中南米政権に対しても同様の行動を取る可能性があります。特にニカラグアやキューバが懸念されます。
まとめ
モンロー主義は1823年の誕生以来、米国外交政策の基盤として機能してきました。当初は欧州列強からの中南米保護を掲げた防衛的原則でしたが、20世紀には米国による積極的介入を正当化する論理へと変質しました。
2026年のベネズエラ介入で提唱された「ドンロー主義」は、この歴史的展開の最新段階と言えます。資源確保、中国排除、直接的軍事介入の容認という三つの特徴を持ち、従来のモンロー主義をさらに踏み込んだ内容となっています。
国際法上の問題や中南米諸国の反発など、多くの課題を抱えるドンロー主義ですが、トランプ政権が今後どのように運用していくかが、世界秩序に大きな影響を与えることは間違いありません。西半球における米国の影響力と、中南米諸国の主権のバランスが、21世紀の国際関係の重要な焦点となるでしょう。
参考資料:
- Monroe Doctrine - Wikipedia
- The Monroe Doctrine: The United States and Latin American Independence - The National Museum of American Diplomacy
- 「モンロー主義」とトランプの「ドンロー主義」はどう違うのか?ベネズエラ軍事作戦とグリーンランド領有問題に潜む、従来のアメリカ伝統外交と異なること - Wedge
- 米国国家安全保障戦略とトランプ版モンロー主義 - 野村総合研究所
- What is the Monroe Doctrine? Here’s how it has shaped U.S. foreign policy for two centuries - Fortune
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