パナソニックと慶大が挑む移動中無線充電の衝撃
はじめに
スマートフォンやドローンを「使いながら充電できる」時代が、現実味を帯びてきています。パナソニックホールディングス(HD)と慶應義塾大学が、電波(マイクロ波)を使って移動中の機器に無線で電力を供給する技術の実用化を目指していることが明らかになりました。2028年度をめどに、まずはロボット用センサーなど小型機器向けの実用化を計画しています。
この技術が実現すれば、電池交換や充電ケーブルの制約から解放され、IoT機器やドローン、さらには電気自動車(EV)の運用が根本的に変わる可能性があります。本記事では、マイクロ波無線充電技術の仕組みから、日本の規制動向、市場展望まで詳しく解説します。
マイクロ波無線充電とは何か
電子レンジと同じ原理を応用
マイクロ波無線充電は、電子レンジで使われるのと同じマイクロ波(電磁波の一種)を利用して、離れた場所にある機器へ電力を送る技術です。送電側のアンテナからマイクロ波を発射し、受電側に搭載された「レクテナ」と呼ばれる整流アンテナが電波を受け取って電力に変換します。
現在普及しているQi規格のワイヤレス充電は、充電パッドの上に機器を置く「近接型」です。これに対し、マイクロ波方式は数メートルから数十メートルの距離を飛ばせる「空間伝送型」であり、機器が動いていても充電できるという大きな利点があります。
パナソニックの「Enesphere(エネスフィア)」
パナソニックは京都大学生存圏研究所の篠原真毅教授と共同で、マイクロ波電力伝送システム「Enesphere(エネスフィア)」を開発してきました。2022年3月にはプロトタイプのサンプル提供を開始しています。
このシステムは920MHz帯のマイクロ波を活用し、出力1Wの送電機から約5メートル離れた場所にあるセンサーへ電力を供給できます。受電機はカードタイプ、人体装着タイプ、液晶表示タイプなど多様な形態が用意されており、さまざまなIoT機器への適用が想定されています。
今回報じられた慶應義塾大学との取り組みは、この技術をさらに発展させ、移動する機器への安定した給電を実現するものと考えられます。
日本が世界に先駆けた規制整備
電波法改正による制度化
日本は2022年5月、世界に先駆けてマイクロ波によるワイヤレス電力伝送を法制度として整備しました。総務省が電波法施行規則を改正し、920MHz、2.4GHz、5.7GHzの3つの周波数帯でマイクロ波無線給電をビジネスに利用できるようにしたのです。
人体への安全性を考慮し、出力は段階的に引き上げられる計画です。2022年の制度化時点では有人環境で1Wから開始し、2025年には5W、2028年ごろには10Wへの拡大が予定されています。
現状の出力では用途が限定的
現在の出力レベルでは、スマートフォンの充電に十分な電力を送ることはできません。主な用途は小電力で動作するIoTセンサーやビーコンなどの機器です。竹中工務店はマイクロ波無線給電の導入第1号として、ビル内のセンサーへの電池レス給電を実現しています。
出力が10Wに拡大される2028年以降は、より多くの機器への適用が可能になり、ドローンのセンサーやウェアラブルデバイスへの充電も視野に入ってきます。
競合技術と国内外の開発動向
国内の研究機関の取り組み
マイクロ波無線給電の分野では、複数の研究機関が成果を上げています。筑波大学は5G電磁波を使って空中でホバリングするドローンへのワイヤレス給電実験に世界で初めて成功しました。名古屋大学の天野浩教授(ノーベル物理学賞受賞者)らは、ワイヤレス給電の電力変換効率を従来の3倍に高める技術を開発しています。
国際電気通信基礎技術研究所(ATR)も、「空芯ビーム」と呼ばれる特殊なビームを利用した無線電力伝送システムを開発し、飛行中のドローンへの給電技術を発表しています。
スタートアップの参入
規制緩和を受けて、スタートアップ企業の参入も活発化しています。エイターリンクは5.7GHz帯を活用した無線給電システム「AirPlug」を開発し、2024年3月にビルマネジメント領域で一般向け販売を開始しました。同社は2024年5月にシリーズBで20億6,000万円の資金調達にも成功しています。
京セラも2023年10月に5.7GHz帯における空間伝送型ワイヤレス電力伝送システムの基礎技術を開発したと発表しており、大手企業の参入が相次いでいます。
EV向けワイヤレス充電の動き
走行中のEVへの無線充電も注目分野です。2024年6月には関西電力、ダイヘン、WiTricity Japanなど5社が「EVワイヤレス給電協議会」を設立しました。道路に埋め込んだ送電コイルから走行中のEVに給電する「ダイナミックチャージング」の実現を目指しており、市場動向の調査や制度・規格の整備を進めています。
市場規模と今後の展望
急成長するワイヤレス給電市場
ワイヤレス給電の世界市場は急速に拡大しています。調査会社のKnowledge Sourcing Intelligenceによると、市場規模は2025年の約188億ドル(約2.8兆円)から2030年には約528億ドル(約7.9兆円)に成長すると予測されています。年平均成長率は約23%です。
現時点ではQi規格に代表される近接型の誘導結合方式が市場の大部分を占めていますが、マイクロ波方式を含む遠距離型の技術は、IoTの普及やEVの拡大とともに今後急速にシェアを拡大すると見込まれています。
実用化に向けた課題
マイクロ波無線充電の実用化には、いくつかの課題が残されています。最大の課題は「伝送効率」です。電波は空間を拡散しながら進むため、距離が長くなるほど届く電力は減衰します。現在の技術では、数メートル程度の距離で実用的な電力を送ることが限界であり、スマートフォンやEVの充電に必要な大電力の長距離伝送にはさらなる技術革新が必要です。
人体への安全性の確保も重要な論点です。電波法では安全基準が定められていますが、出力を上げるほど影響評価の厳格化が求められます。また、他の無線通信システムとの電波干渉も解決すべき技術的課題です。
まとめ
パナソニックHDと慶應義塾大学による移動中無線充電技術は、ワイヤレス給電の次のステージを切り拓く取り組みです。2028年度の実用化目標はまずロボットのセンサーなど小型機器が対象ですが、規制緩和の進展と技術の高度化によって、ドローンやスマートフォン、EVへの応用も視野に入っています。
日本は2022年に世界に先駆けてマイクロ波無線給電を制度化しており、技術面でも規制面でも先行するポジションにあります。今後の出力拡大のロードマップに沿って研究開発と実証実験が進めば、「充電を意識しない社会」の実現に大きく近づくことになるでしょう。
参考資料:
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