日本郵船が30年ぶり国内で船舶解体、条約発効で海外施設不足
はじめに
老朽化した船舶を解体する施設が世界的に不足する懸念が出ています。2025年6月に発効した「シップリサイクル条約」により、環境・安全基準が厳格化され、これに適合する施設が限られているためです。
日本の海運会社はこれまで海外に船舶解体を委託してきましたが、日本郵船は約30年ぶりに国内で解体する検討に入りました。国内シップリサイクル事業の可能性と課題について解説します。
シップリサイクル条約とは
条約の背景
シップリサイクル条約(正式名称:2009年の安全かつ環境上適正な船舶の再生利用のための香港国際条約)は、途上国での劣悪な大型船舶の解体環境を改善するという問題意識から生まれました。2009年5月に国際海事機関(IMO)で採択され、日本が主導的な役割を果たしました。
2023年6月にバングラデシュが批准したことで発効要件を達成し、2025年6月26日に発効しました。
条約の内容
条約は、船舶の解体時における労働安全確保と環境保全を目的としています。主な規定は以下の通りです。
- 有害物質目録(インベントリー)の作成義務:船舶に含まれるアスベスト、PCB、重金属などの有害物質を記録
- 解体施設の許可制度:環境・安全基準を満たした施設のみで解体可能
- 解体計画の策定義務:有害物質の適切な処理方法を事前に計画
批准国の状況
2024年11月時点の批准国は、バングラデシュ、デンマーク、フランス、ドイツ、インド、日本、リベリア、マーシャル諸島、オランダ、ノルウェー、パキスタン、パナマ、トルコなど24カ国に上ります。
従来の船舶解体の問題点
途上国への集中
廃棄された海洋船舶の4分の3以上が、インド、バングラデシュ、パキスタンの海岸で解体されてきました。2017年のデータでは、バングラデシュの年間取扱量は630万トン(世界シェア約30%)、インドが576万トン、パキスタンが430万トンと、上位4カ国で市場全体の9割以上を占めています。
危険な労働環境
これらの国では、安全対策が十分に浸透しておらず、作業員はヘルメットもなく素手・素足で作業を行うケースが多くありました。大きな鉄ブロックをバーナーで切断したり、チェーンで引っ張って落としたりする作業は極めて危険で、手足を失ったり死亡する労働者が頻出していました。
2016年はこの産業史上最も悲惨な年となり、パキスタンではタンカーの爆発で少なくとも28人が即死、バングラデシュでは22人が死亡し、29人が重傷を負いました。
環境汚染
廃船にはPCBや水銀・鉛・アスベスト(石綿)など有害な化学物質が使用されているほか、重油などが残留しています。「ビーチング」と呼ばれる波打ち際での解体方式では、これらの有害物質や重油が海に流出し、周辺環境や住民の健康に深刻な影響を与えてきました。
条約発効の影響
適合施設の不足
シップリサイクル条約の発効により、厳格な環境・安全基準を満たす「グリーンシップヤード」での解体が求められるようになりました。しかし、バングラデシュで稼働している約40社のスクラップヤードのうち、グリーンシップヤードの承認を得ているのは2024年5月時点でわずか4社でした。
条約発効までに10社程度に増えると予想されていましたが、すべてのスクラップヤードが基準を満たすわけではなく、解体施設の不足が懸念されています。
解体費用の上昇
基準を満たす施設が限られることで、解体費用の上昇が見込まれます。海運会社にとっては、老朽船の処分コストが増加する可能性があります。
順番待ちの長期化
適合施設が不足すれば、解体の順番待ちが長期化する恐れがあります。船舶の寿命は一般的に20〜30年程度であり、多くの船舶が同時期に解体時期を迎える可能性があります。
日本郵船の国内解体検討
30年ぶりの国内解体
日本郵船は、約30年ぶりに国内で老朽船を解体する検討に入りました。海外の解体施設不足を見据えた対応です。
日本郵船とオオノ開發は、国内で船舶や大型海洋建造物を解体し、鉄スクラップ等のリサイクルを行うシップリサイクル事業の事業化を目指して共同検討することで合意しました。
国内唯一の大型ドック
船舶の解体工事は、オオノ開發が愛知県知多市に所有する大型外航船にも対応した国内唯一のドライドックで実施される予定です。
ドライドックでの解体は、波打ち際で行う「ビーチング」方式と異なり、有害物質の管理や環境保全が容易です。
国内解体のメリット
国内での船舶解体には以下のようなメリットがあります。
- 環境・安全基準の確実な遵守
- 有害物質の適切な処理
- 回収した鉄スクラップの国内リサイクル
- 解体施設不足への対応
日本の法整備
シップリサイクル法
日本は、条約の的確な実施を確保するために「船舶の再資源化解体の適正な実施に関する法律」(船舶リサイクル法)を制定しました。条約発効日の2025年6月26日から施行されています。
解体施設の許可
国土交通省は条約発効日に、再資源化解体施設として3社の施設に許可を与えたと発表しました。今後、許可施設が増加することが期待されています。
インベントリー承認状況
2024年10月時点で、インベントリー(有害物質目録)が承認された既存の外航日本籍船は全体の約8割に相当する248隻に上ります。
今後の展望
国内シップリサイクル産業の可能性
シップリサイクル条約の発効により、国内での船舶解体事業に新たな可能性が生まれています。環境・安全基準を満たした施設での解体需要が高まれば、国内産業として成長する余地があります。
課題と対策
一方で、コスト面では途上国の施設との競争が課題となります。労働コストが高い日本で事業として成立させるには、効率的な解体技術の導入や、リサイクル材の付加価値向上などが求められます。
途上国施設の改善
バングラデシュやインドでも、労働環境は以前と比べて改善が進んでいます。重機の導入やヘルメット・作業靴の貸与、18歳未満の就労禁止など、最低限の安全対策が講じられるようになりました。
今後、条約に適合するグリーンシップヤードが増加すれば、途上国での解体が引き続き主流となる可能性もあります。
まとめ
2025年6月のシップリサイクル条約発効により、環境・安全基準を満たす船舶解体施設が世界的に不足する懸念が生じています。日本郵船は約30年ぶりに国内での老朽船解体を検討し、オオノ開發と共同で事業化を目指しています。
条約の発効は、途上国での危険な労働環境と環境汚染の改善に向けた大きな一歩です。一方で、解体施設の不足や費用上昇という課題も生じています。国内シップリサイクル産業の発展と、グローバルな解体施設の適正化が進むことが期待されます。
参考資料:
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