ソニーがテレビ事業分離、TCLと合弁でエンタメ集中へ
はじめに
ソニーグループが、かつて「花形」だったテレビ事業を分離し、中国のテレビ大手TCLグループが主導する合弁会社に移管することを発表しました。2026年1月20日に両社が基本合意書を締結し、2027年4月の事業開始を目指します。
1968年のトリニトロン発売以来、ソニーのテレビは高画質の代名詞として世界を席巻してきました。しかし、現在のソニーは売上高・営業利益の6割をエンターテインメント事業が占めるまでに変貌を遂げています。
本記事では、ソニーテレビ事業の歴史、今回の分離の背景、そしてエンタメ企業への転換を加速させる十時裕樹CEOの経営戦略について詳しく解説します。
合弁会社設立の概要
基本合意の内容
ソニーとTCLは2026年1月20日、テレビおよびホームオーディオ事業を担う合弁会社の設立について基本合意書を締結しました。出資比率はTCLが51%、ソニーが49%となり、実質的にTCL主導の体制となります。
合弁会社は、テレビやホームオーディオといった機器の開発・設計から製造、販売を一貫して手がけます。両社は2026年3月末をめどに法的拘束力のある確定契約の締結に向けた協議を行い、関係当局の許認可取得等を条件として2027年4月の事業開始を想定しています。
ブランドの継続
分離後も「ブラビア(BRAVIA)」および「ソニー」のブランド名は継続されます。消費者から見れば、引き続きソニーブランドのテレビを購入できることになりますが、その製造・販売主体は変わることになります。
新会社の強み
新会社は、ソニーが長年培った高画質・高音質技術、ブランド力、サプライチェーン等のオペレーションマネジメント力を基盤とします。これにTCLが有する先端ディスプレイ技術、世界規模の事業基盤、包括的なコスト競争力、垂直統合型サプライチェーンの強みを組み合わせた事業展開が見込まれています。
なお、ヘッドホンやイヤホンは今回の分離の対象外となります。
ソニーテレビ事業の50年史
トリニトロンの栄光
ソニーのテレビ事業の歴史は、1968年に発売された「トリニトロン」から始まります。ソニー独自のアパーチャーグリル方式のブラウン管は、他社が採用していたシャドーマスク方式の約2倍の明るさを実現し、圧倒的な高画質を誇りました。
「ワンガンスリービーム」を連呼するCMとともに、トリニトロンはソニーを代表する商品に成長。1973年にはアメリカエミー賞の技術部門を受賞するなど、世界中で高い評価を獲得しました。最終的に世界で2億8000万台を販売する大ヒット商品となりました。
薄型テレビへの遅れ
1990年代後半から、テレビ業界に変革の波が押し寄せました。シャープは早くから液晶テレビに着手し、パナソニックや日立、パイオニアはプラズマテレビを投入。薄型テレビの性能向上と低価格化が進む中、ソニーはブラウン管テレビの平面化を進め、「WEGA(ベガ)」ブランドで大ヒットを記録していました。
しかし、この成功が薄型テレビへの移行を遅らせる結果となりました。液晶パネルの自社生産体制を持たなかったソニーは、韓国サムスン電子との合弁会社S-LCDを設立してパネルを調達する体制を急遽構築。2005年8月には新ブランド「BRAVIA(ブラビア)」を立ち上げ、テレビ部門の復活を目指しました。
10年連続赤字の苦境
2004年に赤字に転落したテレビ事業は、その後10年連続で赤字を計上し続けました。累計赤字は8000億円に達し、金融部門や映画・音楽部門が稼いだ利益を、エレクトロニクス部門の大赤字がすべて飲み込む状況が続きました。2011年度にはテレビ事業だけで2000億円の損失を計上しています。
平井改革による黒字化
転機となったのは、2011年に副社長だった平井一夫氏がテレビ事業の戦略を大きく転換したことでした。従来の「量の拡大でコストをカバーする」戦略を捨て、「事業規模が半分以下でも損益を均衡させられる体制」への変革を目指しました。
2014年にはテレビ事業を分社化し、本社費用30%削減、販売会社費用20%削減を断行。ターゲット顧客を絞り込み、販売台数を縮小。液晶パネルは合弁会社への出資を解消し、複数企業から機動的に調達できる体制に転換しました。
この「規模を追わず、違いを追う」戦略により、テレビ事業は2014年度に11年ぶりの黒字化を達成。2016年度には営業利益率5%に到達し、「安定した収益が見込める事業」へと変革を遂げました。
世界シェア2%の現実
TCLとの圧倒的な差
しかし、黒字化を達成しても世界市場での競争力は限定的でした。2025年のテレビ世界出荷台数を見ると、ソニーは約410万台で世界シェアわずか1.9%、順位は10位にとどまっています。
一方、合弁相手のTCLは約3040万台で世界シェア13.8%を誇り、サムスン電子に次ぐ世界2位の地位を確立しています。出荷台数ベースでは約7倍もの差があります。
中韓勢の台頭
2024年1〜9月のテレビ市場において、中国メーカー(TCL、ハイセンス、シャオミ)の合計シェアは30.1%となり、韓国のサムスン電子(18.1%)とLG電子(11.3%)の合計シェア(29.4%)を上回りました。
中国メーカーはコスト競争力を武器に急成長を続けており、LG電子の曺周完社長も「中国はもはや貶める対象ではなく、恐るべき対象だ」と認めています。TCLはさらにプレミアム市場にも進出し、世界最大の115インチテレビを発売するなど攻勢を強めています。
日本市場でもシェア拡大
TCLは日本市場でも存在感を高めています。2024年には販売シェア4位につけ、液晶テレビ全体のシェアは2021年の5.3%から2024年には10.6%に拡大しました。ソニーやパナソニックを脅かす存在となっています。
十時CEOの「聖域なき改革」
エンタメ事業への集中
ソニーグループは、十時裕樹氏が2025年4月にCEOに就任して以来、コンテンツビジネスへの集中を加速させています。現在、売上高・営業利益の6割をエンターテインメント事業が占めるまでに事業構造が変化しています。
十時CEOは「ポートフォリオ経営を導入し、メリハリをつけてエンタメの比率を上げてきた。この流れは基本的に変わらない」と述べています。ゲーム、映画、音楽といったコンテンツ事業を成長の柱と位置付け、経営資源を集中させる方針です。
「事業ポートフォリオは動的なもの」
今回のテレビ事業分離について、ソニーは「事業ポートフォリオは静的ではなく、常に動的なもの」との考え方を示しています。かつての花形事業であっても、ゲームや音楽などのエンターテインメント事業の成長に不可欠でなければ見直し対象になることを内外に示した形です。
ゲーム事業の好調
ソニーのエンタメ事業の中核を担うのがゲーム&ネットワークサービス(G&NS)分野です。2024年度の売上高は前年度比9%増の4兆6700億円、営業利益は43%増の4148億円と大幅な増収増益を達成しました。
PlayStation 5は世代累計で売上高1360億ドル、営業利益130億ドルを突破し、過去最大の実績を記録。定額有料会員サービス(サブスク)が高い利益率を誇り、デジタル販売の拡大が収益を支えています。
音楽・映画事業も成長
音楽事業では、2018年に英EMIミュージックパブリッシングを買収。2024年には「クイーン」や「ピンク・フロイド」の楽曲版権も取得しました。アニメ「鬼滅の刃」などヒット作を手掛けるアニプレックスも成長を続けています。
十時CEOは「世代を超えて愛されるIPをつくる」と述べ、コンテンツの知的財産(IP)をゲーム、アニメ、音楽など事業をまたいで展開する戦略を推進しています。
日本家電産業への影響
相次ぐ事業再編
ソニーのテレビ事業分離は、日本の家電産業の構造変化を象徴する出来事といえます。パナソニックはテレビの国内生産を2021年に終了し、シャープは鴻海精密工業の傘下に入りました。日本メーカーの多くが、テレビ事業の縮小や撤退を余儀なくされています。
技術・ブランドの行方
今回の合弁設立により、ソニーの高画質技術やブラビアブランドは継続されますが、主導権はTCLが握ることになります。日本メーカーが長年培ってきた技術が、中国企業のコスト競争力と組み合わさることで、どのような製品が生まれるのか注目されます。
注意点・展望
誤解されやすい点
今回の分離は「テレビ事業からの撤退」ではありません。ソニーは49%の出資を維持し、ブランド名も継続されます。ただし、経営の主導権はTCL側に移ることになります。また、ヘッドホンやイヤホンといったオーディオ製品は分離対象外であり、引き続きソニーが直接手がけます。
今後の見通し
2026年3月末の確定契約締結、関係当局の許認可取得を経て、2027年4月に新会社が事業を開始する予定です。グローバル市場での競争力強化が期待される一方、TCL主導の体制でソニーらしい高画質・高音質へのこだわりが維持されるかが注目点となります。
ソニーグループ全体としては、テレビ事業の分離によってエンタメ事業への経営資源集中がさらに加速する見込みです。十時CEOは「基盤を強くしないと生き残っていけない」との危機感を示しており、選択と集中を徹底する姿勢を鮮明にしています。
まとめ
ソニーグループのテレビ事業分離は、同社の経営戦略の大きな転換点を示しています。1968年のトリニトロン発売以来、50年以上にわたって「ソニーの顔」だったテレビ事業を、中国TCLとの合弁会社に移管するという決断は、「聖域なき改革」の象徴といえます。
世界シェア2%という厳しい現実と、売上高・営業利益の6割を占めるエンタメ事業の成長。この二つの要素が、十時CEOの決断を後押ししました。「事業ポートフォリオは静的ではなく、常に動的なもの」という言葉の通り、成長が見込める分野への経営資源集中を徹底する姿勢が表れています。
ブラビアブランドは継続されますが、ソニーがテレビ事業を直接手がける時代は終わりを迎えます。日本の家電産業の歴史的な転換点として、記憶される出来事となるでしょう。
参考資料:
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