スティグリッツ教授が提唱する「Gマイナス1」とは何か
はじめに
米国のトランプ大統領が2026年1月20日で就任1年を迎える中、ノーベル経済学賞受賞者であるコロンビア大学のジョセフ・スティグリッツ教授が「Gマイナス1」という概念を提唱し、注目を集めています。
「Gマイナス1(G-1)」とは、米国を除く主要国のことを指します。スティグリッツ教授は、気候変動や貧困などのグローバルな課題に対して、米国抜きでも国際協調を進め、国際秩序を取り戻す必要があると訴えています。
この記事では、スティグリッツ教授の提言の背景と、トランプ政権2期目における国際秩序の変容について詳しく解説します。
トランプ政権2期目の衝撃
66の国際機関から脱退
2026年1月7日、トランプ大統領は計66の国際機関から米国が脱退するよう指示する覚書に署名しました。国連気候変動枠組み条約や国連人口基金など、31の国連関連組織が含まれています。
ホワイトハウスは「残留したり支持したりすることは国益に反する」と説明していますが、この決定は「戦後国際秩序を支えてきた多国間主義に対する、最も包括的な離脱表明」と位置づけられています。単なる外交方針の修正ではなく、米国主導のリベラル国際秩序そのものの終焉を示唆する動きです。
「力による秩序」への転換
トランプ政権は多国間主義に基づく国際協調から背を向け、「力による秩序」を追求する方針を鮮明にしています。2025年12月に発表された「国家安全保障戦略」では、外交の基本方針として「モンロー主義」が明言されました。
気候変動対策の国際枠組み「パリ協定」からの再離脱、世界保健機関(WHO)からの脱退表明、同盟国経済も揺さぶる「トランプ関税」の発動など、就任1年で世界は大きく混迷を深めています。
スティグリッツ教授の警告
「米国覇権なき世界」の到来
スティグリッツ教授は、2025年12月にProject Syndicateに寄稿した論考「Trump and the End of American Hegemony」の中で、トランプ大統領の無秩序で違法な政策が戦後のグローバリゼーション時代を終わらせ、米国の世界的優位性喪失のプロセスが始まったと指摘しています。
同教授によれば、米国の経済力の源泉が破壊されているだけでなく、他のすべての国が可能な限り速やかに米国から「デリスキング(リスク軽減)」を進めているといいます。
アメリカ経済への懸念
スティグリッツ教授は、トランプ大統領が主張するほど米国経済は好調ではないと分析しています。移民労働者への攻撃により労働力の供給源が枯渇しかけており、関税による脅しや政策の不安定さが米国経済に大きな打撃を与えていると警告しています。
2026年1月9日に発表された「America’s New Age of Empire」では、ベネズエラに対する行動、国際法違反、長年の規範への軽視、デンマークやカナダを含む同盟国への脅迫を厳しく批判しました。
「Gマイナス1」という発想
世界は米国なしでも機能できるか
「Gマイナス1」あるいは「ワールド・マイナス・ワン」という概念は、トランプ大統領の2期目において新たな意義を持つようになりました。シンガポールのリー・シェンロン前首相は2025年7月、「一時的に米国抜きの世界」という表現で、米国のリーダーシップなしでも世界経済と貿易を管理する必要性を訴えました。
Foreign Policy誌は、現在の状況を「多極化ではなく、ワールド・マイナス・ワンである」と表現しています。米国は今後数年間、世界で最も経済的・軍事的に強力な国であり続けますが、既存の国際秩序に対して不在か、むしろ敵対的な立場を取るという独特の構図が生まれています。
希望と現実的な対応
スティグリッツ教授は「我々は『トランプのピーク』に達した可能性がある」と述べ、この「悪政の時代」が2026年と2028年の選挙で終わることへの希望を表明しています。
しかし同時に、欧州、中国、その他の世界は希望だけに頼ることはできないとも警告しています。世界は米国を必要としないことを認識した緊急時の計画を立てるべきだというのが、同教授の主張です。
グローバル課題への影響
気候変動・貧困対策の後退
米国が多国間協力を推進してきた多くの国際機関から脱退を決めたことで、気候変動や貧困撲滅、公衆衛生といったグローバルな課題の解決は一段と遠のいています。
特に気候変動については、世界最大の経済大国である米国の離脱は、パリ協定の目標達成に大きな影響を与えます。また、途上国支援においても、米国の資金や技術協力が縮小することで、持続可能な開発目標(SDGs)の達成が困難になる恐れがあります。
中国の影響力拡大
米国の撤退が生む権力の空白を埋める最有力候補は中国とされています。技術標準、環境・開発規範、国際機関内部での影響力が再編される可能性が高く、これは単なる「勢力交代」ではなく、国際ルールの価値中立性が失われるリスクを伴います。
中国は途上国への影響力を着実に増しており、「一帯一路」構想を通じた経済的関与を強化しています。米国が多国間主義から後退する中、中国が自国に有利なルール形成を主導する可能性が懸念されています。
日本への影響と対応
橋渡し役としての期待
日本政府にとって最優先事項は良好な日米関係の維持ですが、同時にASEANや環太平洋地域で米国と他国との橋渡し役を担うことも求められています。
トランプ2.0では米国の多国間枠組みやASEANへの関与が急速に減少しており、日本がミニラテラル(少数国間)・マルチラテラル(多国間)の維持に貢献することが重要とされています。
国際協調の維持
国際社会は多国間協調の姿勢を維持し、結束してさまざまな課題に対処していく必要があります。スティグリッツ教授の「Gマイナス1」という提言は、米国の参加がなくても前進する決意を示すものですが、同時に米国の復帰への道も残しておくべきだという含意もあります。
まとめ
スティグリッツ教授が提唱する「Gマイナス1」は、トランプ政権2期目で揺らぐ国際秩序に対する一つの処方箋です。米国抜きでも気候変動や貧困といったグローバル課題に取り組み、国際秩序を維持する必要性を訴えています。
米国の66の国際機関からの脱退は、戦後の多国間主義に対する重大な挑戦です。中国の影響力拡大が懸念される中、日本を含む主要国がどのように協調体制を維持していくかが問われています。
2026年と2028年の米国選挙で政策が転換される可能性もありますが、世界は希望だけに頼らず、「米国なき世界」への備えを進める必要があるというのが、スティグリッツ教授のメッセージです。
参考資料:
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