「高市トレード」株高の裏で債券急落―市場は財政規律に警鐘鳴らす
はじめに
2026年1月、日本の金融市場は劇的な分断を見せています。高市早苗首相が衆院解散の意向を示したとの報道を受け、日経平均株価は初めて5万4000円台に到達し、連日で史上最高値を更新。一方で、債券市場では長期金利が約27年ぶりの高水準となる2.15%まで上昇し、債券価格は急落しています。この「株高・円安・債券安」の三重奏は「高市トレード」と呼ばれ、市場参加者の間で積極財政への期待と懸念が交錯する構図が鮮明になっています。株式市場が政権安定と財政出動に沸く一方、債券市場は財政規律への深刻な疑念を示しており、市場ごとに全く異なる評価軸が浮き彫りになっています。
「高市トレード」の構造
株買い・円売り・債券売りの三位一体
「高市トレード」とは、高市早苗首相が掲げる政策への期待を背景に、投資家が同時に実行する三つの取引を指します。第一に株式の買い、第二に円の売り(ドル買い)、第三に債券の売りです。
2026年1月9日深夜、「高市首相が衆院を解散する検討に入った」との観測が広がると、市場は即座に反応しました。翌13日の東京市場では日経平均株価が1609円も急騰し、5万3000円台を突破。14日にはさらに上昇して初めて5万4000円台に乗せ、終値は5万4341円を記録しました。
為替市場では円が急速に下落し、一時1ドル=158.90円まで円安が進行。これは2024年6月以来の円安水準です。同時に債券市場では、10年物国債利回りが2.15%まで上昇し、約27年ぶりの高水準となりました。
積極財政への期待と懸念
株式市場の高揚は、選挙による政権基盤強化と、それに伴う財政出動拡大への期待が原動力です。歴史的に見ても、1990年以降の衆院選12回のうち10回で、解散から投票日直前まで株価指数TOPIXが上昇しています。「選挙は買い」という経験則が今回も作動している形です。
一部のアナリストは、解散・総選挙が予定通り進めば、日経平均が2026年夏までに6万8000円に達する可能性すら指摘しています。高市政権が安定し、大型の経済対策が実施されるとの見方が、株式市場の楽観論を支えています。
一方、債券市場は全く異なる評価を下しています。積極財政は国債発行の増加を意味し、財政収支の悪化につながります。債券投資家は「責任ある積極財政」という政府の掛け声を信じておらず、将来の財政リスクを織り込んで債券を売却しているのです。
債券市場が示す不信
27年ぶりの金利水準
2026年1月中旬、10年物国債利回りは2.15%まで上昇し、1999年以来約27年ぶりの高水準となりました。長期金利が2%を超えたのは「通過点」に過ぎず、市場機能の復活とともに積極財政への警鐘が鳴らされています。
特に超長期債の利回り上昇が顕著で、20年債や30年債といった超長期ゾーンでは一段と大きな売り圧力がかかっています。これは長期的な財政悪化への懸念が強いことを示しています。
財政悪化の現実
債券市場の懸念には確かな根拠があります。2026年度予算は122.3兆円と過去最大規模に膨らみ、国債費(利払いと元本償還)は3兆579億円増加し、予算増加額全体の40%以上を占めています。
金利上昇が財政を圧迫する構造が鮮明になっています。長期金利が1%上昇すると、国債費は年間で数兆円規模で増加する試算もあり、積極財政を続けたくても金利負担が足かせになる可能性が高まっています。
高市首相は2025年11月下旬、経済対策規模が21兆円に達し長期金利が1.835%(17.5年ぶりの高水準)に上昇した際、財政規律を重視する姿勢を強調しました。しかし、その後も金利上昇は止まらず、市場は政府の財政規律へのコミットメントを疑っています。
リスクプレミアムの拡大
債券の金利上昇には複数の要因が絡んでいます。日本銀行の利上げ観測、海外投資家による売買の影響、米国をはじめとするグローバルな金利上昇の影響などです。しかし、最も注目されるのは財政悪化懸念に起因する「リスクプレミアム」の拡大です。
リスクプレミアムとは、投資家が国債のデフォルト(債務不履行)リスクや財政悪化リスクを考慮して要求する追加的な利回りのことです。国債の発行残高が増加し続け、財政再建の見通しが立たない場合、投資家はより高い利回りを要求するようになります。
海外投資家の国債保有比率は上昇傾向にあり、2020年末時点で13%、取引所での売買シェアは67%に達しています。研究によれば、海外投資家の保有比率が20%を超えると金利上昇リスクが高まるとされ、財政再建の重要性が一層増しています。
株式市場と債券市場の評価軸の違い
株式市場:短期的な成長期待
株式市場は短期的な企業業績と経済成長に焦点を当てています。積極財政による公共投資や補助金は、建設、インフラ、製造業などの業績を押し上げると期待されます。また、円安は輸出企業の収益を改善させるため、株価にはプラスに働きます。
高市政権が掲げる「給付から投資へ」の方針も、企業投資を促進する政策として評価されています。補助金や税制優遇を通じて設備投資やイノベーションを支援する姿勢が、成長期待を高めています。
さらに、政権安定による政策の予見可能性向上も、株式市場にとってはプラス材料です。衆院選で自民党が大勝すれば、政策実行力が高まり、経済対策が確実に実施されるとの見方が広がっています。
債券市場:長期的な財政持続性
一方、債券市場は長期的な財政持続性を重視します。積極財政による国債発行増加は、将来の財政負担を増やし、最悪の場合、財政危機につながるリスクがあります。
債券投資家は「今の財政出動が将来の増税や歳出削減を招くのではないか」「国債の元本や利息が確実に返済されるのか」といった点を慎重に見極めています。高市政権の「責任ある積極財政」という表現に対して、「具体的な財政健全化策が示されていない」との不信感が強いのです。
また、債券市場は政治に忖度しません。株式市場は政権の政策スタンスに好意的に反応しやすい一方、債券市場は冷徹に財政の数字を評価します。日本の政府債務残高はGDP比で先進国最悪の水準にあり、この状況での積極財政拡大に対して、債券投資家は懐疑的にならざるを得ません。
金利上昇の経済への影響
企業の資金調達コスト増加
長期金利の上昇は、企業の資金調達コストを押し上げます。社債発行やローンの金利が上昇すれば、設備投資や研究開発への意欲が減退する可能性があります。特に中小企業にとっては、金利負担の増加が経営を圧迫するリスクがあります。
不動産市場への影響も無視できません。住宅ローン金利が上昇すれば、住宅購入需要が冷え込み、不動産価格の下落につながる可能性があります。
年金・保険への影響
一方、金利上昇はすべてマイナスではありません。年金基金や生命保険会社にとっては、国債投資の利回りが改善するため、運用環境が好転します。長期的な資産運用を行う機関投資家にとって、適度な金利水準は望ましい状況です。
また、銀行の収益性も改善します。貸出金利と預金金利のスプレッド(利ざや)が拡大すれば、銀行の収益は増加します。これまでマイナス金利政策下で収益に苦しんできた地方銀行などにとっては、追い風となります。
家計への影響
家計にとっては、預金金利の上昇というプラス面と、ローン金利上昇というマイナス面があります。現金や預金を多く持つ高齢者世帯にとっては、金利上昇は利息収入の増加を意味します。一方、住宅ローンや教育ローンを抱える現役世代にとっては、金利負担の増加が家計を圧迫します。
日銀の政策ジレンマ
金融政策の正常化
日本銀行は2024年にマイナス金利政策を解除し、金融政策の正常化に向けて歩みを進めています。長期金利の上昇は、ある程度は日銀が容認している動きとも言えます。
しかし、金利上昇が急速すぎる場合、経済に悪影響を及ぼすリスクがあります。日銀は市場の動きを注視しながら、必要に応じて長期国債の買い入れなどを通じて金利上昇を抑制する可能性もあります。
財政と金融政策の綱引き
高市政権の積極財政と、日銀の金融政策正常化の間には、潜在的な緊張関係があります。政府が大規模な財政出動を行えば、インフレ圧力が高まり、日銀は利上げを余儀なくされる可能性があります。
一方、日銀が急速に利上げを進めれば、政府の国債費負担が増大し、財政運営が困難になります。両者のバランスをどう取るかが、今後の大きな課題となります。
今後のシナリオ
楽観シナリオ:適度な金利上昇と経済成長
最も望ましいシナリオは、金利上昇が適度な範囲にとどまり、積極財政が経済成長を促進するケースです。経済成長によって税収が増加し、財政収支が改善すれば、債券市場の懸念も和らぎます。
この場合、株高・円安・適度な金利上昇という「ゴルディロックス(適温)」経済が実現し、企業業績と家計所得が改善する好循環が期待できます。
中立シナリオ:現状の分断継続
株式市場と債券市場の評価が分かれたまま、しばらく推移するシナリオも考えられます。株価は高値圏で推移する一方、金利も高止まりし、円安も続くという状況です。
この場合、輸出企業や一部の成長セクターは好調を維持しますが、金利負担の増加で苦しむ企業や家計も出てきます。経済全体としては、まだら模様の成長が続くことになります。
悲観シナリオ:金利急騰と財政危機懸念
最も懸念されるのは、財政悪化懸念が一層強まり、金利が急騰するシナリオです。海外投資家が日本国債を大量に売却すれば、金利は制御不能なレベルまで上昇する可能性があります。
この場合、国債費が急増して財政運営が行き詰まり、増税や歳出削減を余儀なくされます。株式市場も金利上昇の影響で急落し、「高市トレード」は逆回転を始める恐れがあります。
財政規律の重要性
市場との対話
債券市場の警鐘を無視して積極財政を続けることは、大きなリスクを伴います。政府には、財政健全化に向けた具体的な道筋を示すことが求められています。
「責任ある積極財政」を実現するためには、単に財政出動を行うだけでなく、中長期的な財政健全化目標を設定し、その達成に向けた具体策を明示する必要があります。市場との信頼関係を構築することが、金利上昇を抑制する鍵となります。
ワイズスペンディング(賢い支出)
財政出動の質も重要です。単にばらまき型の給付金を配るのではなく、成長につながる投資を優先する「ワイズスペンディング」の考え方が求められます。
インフラ整備、教育、イノベーション支援、グリーン投資など、将来の生産性向上につながる分野に重点的に財政資源を配分することで、経済成長と財政健全化の両立を目指すことが可能です。
まとめ
高市首相の衆院解散意向を受けて、日本の金融市場は劇的な分断を示しています。日経平均株価が初の5万4000円台に到達する一方、長期金利は27年ぶりの高水準に上昇。「高市トレード」と呼ばれる株高・円安・債券安の三重奏は、市場参加者の期待と懸念が交錯する構図を鮮明にしています。
株式市場が政権安定と積極財政に沸く一方、債券市場は「責任ある積極財政」への深刻な不信を示しています。この評価軸の違いは、短期的な成長期待と長期的な財政持続性という、異なる時間軸で市場が動いていることを反映しています。
2026年度予算は122兆円超と過去最大規模に膨らみ、金利上昇による国債費増加が財政を圧迫し始めています。政府には、市場との信頼関係を構築し、具体的な財政健全化策を示すことが求められています。
今後、金利上昇が適度な範囲にとどまり経済成長を促進する楽観シナリオと、財政懸念が強まり金利が急騰する悲観シナリオの間で、日本経済はバランスを取りながら進む必要があります。債券市場の警鐘に耳を傾け、ワイズスペンディングを徹底することが、持続可能な経済成長への道となるでしょう。
参考資料:
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