「高市トレード」で明暗、株式と債券市場が異なる反応を示す理由
はじめに
2026年1月9日深夜、「高市早苗首相が衆議院解散を検討」との報道が流れると、金融市場は即座に反応しました。週明け13日の東京市場では日経平均株価が一時1,800円超上昇し、史上初の53,800円台を記録。一方、長期金利は27年ぶりの高水準となる2.185%に達し、円相場も158円台まで下落しました。
「株高・円安・債券安」が同時進行するこの現象は「高市トレード」と呼ばれています。積極財政への期待で株式市場が熱狂する一方、債券市場は財政悪化への懸念を示しています。同じ政策に対して、なぜ市場ごとに評価が分かれるのでしょうか。
本記事では、高市トレードの構造を分析し、株式市場と債券市場が異なるメッセージを発信している背景について詳しく解説します。
「高市トレード」とは何か
2025年10月の総裁選から始まった現象
「高市トレード」という言葉は、2025年10月の自民党総裁選で高市早苗氏が勝利した直後から使われ始めました。総裁選当日、日経平均は上昇し、円は下落、超長期国債の金利は上昇しました。
この動きは、高市氏が掲げる「積極財政」への市場の反応です。積極財政とは、国の支出を増やして景気を刺激する政策を指します。物価高対策としての地方交付金の増額、中小企業支援、そして減税などが具体的な施策として挙げられています。
「高市トレード2.0」の再燃
2026年1月の解散報道で起きた市場の動きは「高市トレード2.0」と呼ばれています。1月9日深夜の報道を受け、ニューヨーク市場で日経平均先物は53,500円超まで急騰。ドル円は158円台まで円安が進み、日本国債先物は直近安値を更新しました。
週明け13日の東京市場では、日経平均は前日比868円高で寄り付き、一時53,800円超まで上昇。株式市場は「高市政権の継続と政策推進への期待」を反映した形です。
株式市場が「買い」と判断する理由
積極財政による景気刺激への期待
株式市場が高市政権の政策を好感する最大の理由は、積極財政による企業収益の拡大期待です。122兆3,000億円という過去最大の2026年度予算案は、前年度比6.3%増となる規模です。
防衛費の増額、地方への財政支援、中小企業向け補助金など、多岐にわたる支出拡大は、関連企業の受注増加につながります。また、減税が実現すれば、企業の手元資金が増え、設備投資や賃上げの原資となる可能性があります。
円安が輸出企業の追い風に
円安は日本の輸出企業にとって直接的な収益押し上げ要因です。1ドル=158円台という為替水準は、自動車や電機など輸出比率の高い企業の円建て売上高を大きく増加させます。
日経平均株価を構成する企業の多くは海外売上高比率が高いため、円安は株価指数全体を押し上げる効果があります。また、外国人投資家にとっては、円安時の日本株購入は割安感があり、海外からの資金流入も活発化しています。
衆院選での政権安定への期待
市場は政治の安定を好みます。高市首相が衆院選で勝利し、参議院とねじれのない安定政権を確立すれば、政策の実行力が高まります。世論調査で高い支持率を維持している現状は、選挙での勝利可能性を示唆しており、これも株式市場にとってはプラス材料です。
債券市場が「売り」と判断する理由
財政悪化への根強い懸念
債券市場が積極財政を警戒する最大の理由は、日本の財政状況です。日本は先進国の中で最も債務残高が大きく、対GDP比で250%を超えています。この状況でさらに支出を増やせば、国債発行額は膨らみ、需給悪化で金利上昇圧力が強まります。
2026年度予算案では、国債の元本償還と利払いにかかる費用が過去最高の31兆2,758億円に達する見込みです。このうち利払い費だけで13兆371億円と、前年度から大幅に増加しています。
金利上昇の「悪循環」リスク
長期金利が上昇すると、新規発行の国債の利率も上がり、利払い費がさらに増加します。これが財政を圧迫し、さらなる国債発行が必要になるという悪循環に陥るリスクがあります。
財務省は2026年度予算案の想定金利を3.0%に設定しました。これは前年度の2.0%から大幅な引き上げです。金利上昇を前提にした予算編成は、財政当局自身がリスクを認識していることの表れと言えます。
日銀の利上げ継続観測
日銀は2025年12月に政策金利を0.5%から0.75%に引き上げました。これは1995年以来30年ぶりの高水準です。市場では2026年中にさらなる利上げが行われるとの観測が広がっており、これも債券売り(金利上昇)の要因となっています。
中央銀行が利上げを続ける環境では、既存の低金利の債券を保有し続けるより、将来発行される高金利の債券を待つ方が有利です。この「待ち」の姿勢が債券売りを加速させています。
円安の「両刃の剣」
35年ぶりの実力低下
日本円の購買力を示す「実質実効為替レート」は、50年以上ぶりの低水準にまで下落しています。これは、名目の為替レートだけでなく、日本と貿易相手国のインフレ率の差も考慮した指標で、円の「本当の実力」を示すものです。
円の実質的な価値が低下しているということは、同じ金額の円で買える海外製品や海外旅行が以前より少なくなっているということを意味します。これは国民生活にとって直接的なマイナス要因です。
輸入インフレの長期化リスク
円安は輸入物価を押し上げます。エネルギーや食料の多くを輸入に依存する日本では、円安はガソリン代、電気代、食料品価格の上昇に直結します。高市政権が掲げる物価高対策と、積極財政がもたらす円安は、本質的に矛盾を含んでいます。
野村総合研究所は、高市総裁の下で日銀の利上げに障害が生じるとの見方が広がれば円安が進み、輸入物価上昇を通じて物価高が長期化する懸念を指摘しています。
市場が注視する今後のポイント
衆院選の日程と結果
通常国会冒頭での解散が実現すれば、衆院選は「2月3日公示・15日投開票」または「1月27日公示・2月8日投開票」が候補日程とされています。選挙結果次第で、高市政権の政策実行力は大きく変わります。
与党が安定多数を確保すれば、積極財政路線は加速する可能性が高く、株高・債券安のトレンドは継続するでしょう。逆に議席を減らせば、政策の修正を迫られる可能性があります。
長期金利の次の節目
現在の長期金利(10年物国債利回り)は2.18%前後で推移しています。次の節目は1999年2月につけた2.44%とされていますが、一部のアナリストは2026年中に3%台への上昇も視野に入ると予測しています。
金利が急上昇すれば、住宅ローン金利や企業の借入金利にも影響が波及し、景気の足かせとなるリスクがあります。
為替介入の可能性
ドル円が160円を超えて円安が進行すれば、政府・日銀による為替介入の可能性が高まります。2024年には実際に介入が実施されており、市場はその水準を意識しています。
ただし、介入は一時的な効果にとどまることが多く、根本的な円安要因(日米金利差、財政懸念)が解消されなければ、円安トレンドの反転は難しいでしょう。
まとめ
「高市トレード」で株式市場と債券市場が異なる反応を示す背景には、それぞれの市場が重視する時間軸の違いがあります。株式市場は短期的な景気刺激効果に注目する一方、債券市場は中長期的な財政の持続可能性を重視しています。
積極財政は短期的には経済を活性化させる可能性がありますが、財政悪化と金利上昇という代償を伴います。27年ぶりの長期金利高水準は、債券市場が「責任ある積極財政」という政権のスローガンに対して、懐疑的な評価を下していることの表れです。
今後は衆院選の結果、日銀の金融政策、そして実際の財政運営が、市場の評価を左右する重要な要素となります。投資家にとっては、株式市場の熱狂と債券市場の警告、両方のシグナルを冷静に読み解く姿勢が求められます。
参考資料:
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