冨山和彦氏が語る複合経営の要諦「負け犬事業を捨てよ」
はじめに
「経営者は成長分野が生まれてから『負け犬』の事業から撤退しようと考えがちですが、なかなかうまくいきません」。産業再生機構で40社以上の企業再生を手がけた冨山和彦氏は、日本企業の事業ポートフォリオ・マネジメントの課題をこう指摘します。
冨山氏は現在、日本共創プラットフォーム(JPiX)会長としてIGPIグループを率い、パナソニックホールディングスやメルカリの社外取締役も務める経営のプロフェッショナルです。
この記事では、冨山氏が提唱する事業ポートフォリオ・マネジメントの要諦と、日本企業が陥りがちな課題について詳しく解説します。
事業ポートフォリオ・マネジメントとは
企業体としての新陳代謝
冨山氏は事業ポートフォリオ・マネジメントを「企業体としての新陳代謝」と定義しています。企業は常に付加価値を生み出し、顧客に評価されるものへシフトする、製品レベルの新陳代謝が必要です。
さらに顧客レベルの新陳代謝も重要です。力のある顧客と商売しないと収益が上がりません。製品と顧客をセットにしたものが「事業」であり、事業単位での入れ替えが企業の持続的成長には不可欠だと冨山氏は説きます。
PPMフレームワークの基本
事業ポートフォリオ分析の代表的なツールが、ボストンコンサルティンググループ(BCG)が開発した成長・シェアマトリクス(PPM)です。市場成長率と相対シェアによって事業を4象限に分類します。
- スター(Star): 高成長・高シェア。将来の「金のなる木」候補
- 金のなる木(Cash Cow): 低成長・高シェア。安定したキャッシュを生む
- 問題児(Problem Child): 高成長・低シェア。投資判断が難しい
- 負け犬(Dog): 低成長・低シェア。売却・撤退の対象
GEのジャック・ウェルチが実践した「業界のNo.1、No.2でなければ撤退する」という戦略は、まさにこのポートフォリオ戦略の応用例です。
「負け犬」事業を先に捨てる理由
資金循環の逆転
冨山氏の主張で特に重要なのが、事業撤退と成長投資の順序です。多くの経営者は「成長分野が見つかったら、負け犬事業から撤退しよう」と考えます。しかし、この順序では成功しないと冨山氏は断言します。
「足を引っ張る事業があると投資の原資をつくれず、成長事業は生まれないんですよ。既存事業の収益力があるからこそ成長投資ができる。資金循環の観点から言えば、順序が逆なのです」
つまり、低収益の「負け犬」事業にリソースを取られている限り、新たな成長分野への投資余力は生まれません。まず足元を整理することが、成長への第一歩だというのが冨山氏の考えです。
日本企業特有の課題
日本企業には、事業撤退を阻む構造的な問題があります。冨山氏は「共通固定費」の問題を指摘しています。日本企業はホワイトカラーの人件費など販管費が大きく、これが事業入れ替えの障壁になっています。
限界利益を稼いでいる事業をやめようとすると、共通固定費の負担が残るため最終利益が減ってしまいます。結果として、低収益の事業を温存せざるを得ない状況に陥ります。ポートフォリオ経営を徹底するには、まず共通固定費を軽くする必要があると冨山氏は主張しています。
コングロマリット・ディスカウントの問題
日本企業の低評価
多くの日本企業は事業の多角化によって、企業価値が各事業の価値の合計よりも低くなる「コングロマリット・ディスカウント」に陥っています。個々の事業が独立して運営され、複合体としてのシナジー効果が生み出されていないのです。
本来、多角化は事業間のシナジー効果を期待して行われます。しかし、日本企業ではマイナスのシナジー効果(アナジー効果)が起きているケースが少なくありません。「見えない資本」(非財務資本)を上手くマネジメントできていないことが原因とされています。
カーブアウトによる解決
コングロマリット・ディスカウントを解消する有力な方法として、カーブアウトが注目されています。企業グループの一部事業や子会社を切り出して独立させる、または第三者に譲渡する手法です。
日立製作所は代表的な成功事例です。2009年以降、段階的に事業構造の転換を進め、2017年から2022年にかけて日立マクセル、クラリオン、日立化成、日立建機、日立物流、日立金属といった上場子会社を次々に売却・整理しました。これにより、デジタルソリューションを核とした事業構造への転換を実現しています。
成功事例に学ぶ
ソニーの復活
コングロマリット・プレミアムを創出した例としてソニーが挙げられます。同社は創業理念に立ち戻り、「感動」や「量より質」といったグループ共通のキーワードを打ち出しました。
事業ポートフォリオの見直しとともに、イノベーション促進の仕組みを構築。社内に眠る新規事業の種を掘り起こして事業化する取り組みを推進しました。現在、ゲーム、音楽、映画、エンタテインメント・テクノロジー、イメージング・センシング、金融という6つのセグメントすべてが売上1兆円を超える規模に成長しています。
冨山氏自身の再生実績
冨山氏は産業再生機構COOとして、三井鉱山やカネボウなどの再生を手がけました。その後設立したIGPIでも、関東自動車・茨城交通・福島交通などの地域交通会社や、パイオニアなど多くの企業再生支援を実施しています。
冨山氏は「企業破綻の原因は経営にあり、特に経営者やリーダーシップの欠如が重大な問題」と分析しています。経営者は冷徹に財務と事業を両立させる必要があり、ヒトとカネの論理を統合する能力が求められると述べています。
実践のポイント
まず撤退から始める
事業ポートフォリオ改革を成功させるための第一歩は、「負け犬」事業からの撤退です。成長事業を探す前に、足を引っ張っている事業を特定し、売却・撤退の計画を立てることが重要です。
撤退には勇気が必要ですが、それなしには成長投資の原資が生まれません。経営者は「捨てる力」を持つことが求められます。
共通固定費の削減
事業入れ替えを円滑に進めるため、本社機能のスリム化が必要です。間接部門の効率化、シェアードサービスの活用、DXによる業務自動化などを通じて、共通固定費を軽くすることで、事業撤退のハードルを下げられます。
非財務資本への注目
コングロマリット・プレミアムを実現するには、財務的なシナジーだけでなく、ブランド価値や人材、技術力といった非財務資本の活用が重要です。各事業が共有できるコアコンピタンスを明確にし、グループ全体での価値創造を目指す必要があります。
まとめ
冨山和彦氏が説く事業ポートフォリオ・マネジメントの核心は、「成長投資の前に、まず負け犬事業を捨てよ」という点にあります。資金循環の観点から、低収益事業を温存したままでは成長投資の原資は生まれません。
日本企業は共通固定費の重さや、撤退への心理的抵抗から事業入れ替えが進まず、コングロマリット・ディスカウントに陥りがちです。日立製作所やソニーのように、思い切った事業再編で価値創造を実現した企業に学ぶべき点は多くあります。
経営者に求められるのは「捨てる力」です。成長分野を探す前に、まず足元の事業を冷静に見つめ直すことが、企業再生への第一歩となります。
参考資料:
関連記事
キヤノン御手洗氏のM&A戦略と事業多角化の全貌
カメラと複写機の二本柱から医療・監視カメラ・産業機器へ。キヤノン御手洗冨士夫氏が主導したM&A戦略と「相手を尊重する買収」の実態を解説します。
クスリのアオキがイオンに突きつけた独立宣言の真意
クスリのアオキがイオン岡田会長に社外取締役の退任を要求。20年以上続いた資本業務提携に亀裂が入った背景と、ドラッグストア業界再編の中での独立路線の行方を解説します。
大手証券5社が13%増益、株高とM&A活況で好調な4〜12月期決算
野村、大和、SMBC日興など大手対面証券5社の2025年4〜12月期純利益が7294億円に。株高を背景とした預かり資産収益の増加と、活発なM&Aによる投資銀行業務の好調が寄与しました。
経産省がM&A指針を補強、買収判断で価格偏重から企業価値重視へ
経済産業省が企業買収に関する行動指針の補足文書を作成。買収提案の諾否判断で価格だけでなく、従業員や将来の成長も考慮した経営判断を促します。
三田証券元幹部逮捕、同意なき買収の代理人が犯した重大違反
同意なき買収の代理人として台頭した三田証券の元取締役らがインサイダー取引容疑で逮捕されました。事件の経緯と日本のM&A市場への影響を解説します。
最新ニュース
ビットコイン7万ドル台急落、テック株売りが暗号資産に波及
ビットコインが約1年3カ月ぶりの安値となる7万2000ドル台に急落しました。米ハイテク株の売りが暗号資産市場に波及した背景と、MicroStrategyの含み損問題について解説します。
日銀の量的引き締め出遅れと円安の関係を解説
日銀のマネタリーベース縮小が米欧に比べ緩やかな理由と、それが円安に与える影響について解説します。FRB新議長候補ウォーシュ氏の金融政策姿勢にも注目が集まっています。
書店600店の在庫を一元化|返品率30ポイント削減の新システム
紀伊国屋書店、TSUTAYA、日販が出資するブックセラーズ&カンパニーが、56社603店の在庫を横断管理するデータベースを始動。返品率6割減を実現した事例と、出版業界の構造改革を解説します。
中国海警局の尖閣周辺活動が過去最多に、日中の緊張続く
2025年、中国海警局の船舶が尖閣諸島周辺の接続水域に357日出没し過去最多を更新。日本の対応策と偶発的衝突防止の課題を解説します。
中国の土地売却収入がピーク比半減、地方財政に深刻な打撃
中国の地方政府の土地売却収入が2025年も前年比14.7%減少し4年連続の減少を記録。ピークの2021年から52%減となり、不動産不況が地方財政を圧迫し続けています。