トランプ大統領就任1年、崩壊寸前の国際秩序と日本の選択
はじめに
トランプ米大統領が2度目の就任を果たしてから、2026年1月20日で1年を迎えます。この1年間、トランプ大統領は第1次政権時を上回る急進的な政策を次々と打ち出し、戦後70年以上にわたって維持されてきたルールに基づく国際秩序を瓦解の瀬戸際に追い込んできました。
66の国際機関からの脱退指示、WTOのルールを無視した一方的な高関税の乱発、ウクライナ問題でのロシア寄りの姿勢など、トランプ政権の政策は国際社会に深刻な衝撃を与えています。日本経済新聞の社説は「トランプ米大統領はこれ以上世界壊すな」と警鐘を鳴らし、世界の多くの人々が「あるべき規範が損なわれ、ルールに基づく国際秩序は瓦解の瀬戸際に立つ」と感じています。
この記事では、トランプ大統領が就任1年で引き起こした国際秩序の動揺の実態と、日本が直面する課題について詳しく解説します。
国際機関からの大量脱退が意味するもの
66機関脱退の衝撃
2026年1月7日、トランプ大統領は66の国際機関から米国が脱退するよう指示する覚書に署名しました。対象は31の国連関連機関と35の国際機関で、その中には国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)、国連女性機関(UNウィメン)、東京に本部を置く国連大学、気候変動に関する政府間パネル(IPCC)などが含まれています。
ホワイトハウスは「残留したり支持したりすることは国益に反する」と説明し、これらの組織が「急進的な気候政策、グローバル・ガバナンス、米国の主権と経済力に対立するイデオロギー的プログラム」を推進していると批判しました。
気候変動枠組み条約からの脱退
特に注目されるのは、国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)からの脱退です。この条約は1994年に発効し、これまでに198カ国・地域が批准していますが、米国が条約から脱退すれば世界で初めてのケースとなります。
UNFCCCから脱退すれば、米国は年次気候サミットへの公式参加ができなくなるだけでなく、将来の大統領がパリ協定に復帰することが難しくなる可能性があります。トランプ政権はパリ協定からの離脱にとどまらず、条約そのものから脱退することで、米国の気候変動対策からの完全な撤退を不可逆的なものにしようとしています。
国家安全保障戦略の転換
第2次トランプ政権の国家安全保障戦略(NSS)は「米国が世界秩序を支えてきた時代は終焉した」と明記しました。これは、第二次世界大戦後に米国が主導してきた国際協調主義からの決別を宣言するものです。
米国は長らく国際機関の設立と維持に中心的な役割を果たし、資金面でも大きな貢献をしてきました。その米国が一斉に国際機関から離脱することは、これらの機関の運営に深刻な影響を与えるだけでなく、国際社会の協調体制そのものを弱体化させる恐れがあります。
WTOを無視した関税政策の暴走
相互関税の導入と世界経済への打撃
2025年1月の再任以降、トランプ大統領は一連の強硬な関税措置を次々と導入してきました。2月から3月にかけて、中国、カナダ、メキシコからの輸入品に対して国別に異なる追加関税を課し、その後、鉄鋼、アルミニウム、自動車および自動車部品といった特定産業を対象とする産業別追加関税を導入しました。
さらに4月には「相互関税」政策を発表し、各国の対米関税率に応じて米国も同等の関税を課すという政策を打ち出しました。これらの措置は、WTOの基本原則である「最恵国待遇」(全加盟国を平等に扱う)や「約束した関税上限を超えない」というルールに明確に違反しています。
世界貿易体制の崩壊リスク
オバマ政権で米通商代表部(USTR)代表を務め、現在は外交問題評議会(CFR)会長のマイケル・フロマン氏は、トランプ政権の相互関税を巡り、「『GATTも、WTOも忘れろ』と言っているのに等しい。各国と2国間ベースで独自のルールを確立するという趣旨だ」と解説しました。
主要経済国である米国が国際ルールを逸脱することは、制度の信頼性および予見可能性を著しく損ないます。その結果、世界貿易の縮小、さらには世界経済全体の停滞を招くリスクを孕んでいます。
米中貿易戦争の激化
2018年の第1次トランプ政権下で始まった米中貿易戦争は、第2次政権でさらに激化しています。中国に対する高関税は、単なる貿易摩擦にとどまらず、技術覇権をめぐる戦略的競争の側面を強めています。
2020年のコロナ禍によるサプライチェーンの寸断、2022年のロシアのウクライナ侵攻に伴う国際的な制裁など、東西冷戦の終結以降続いてきた世界経済のグローバル化に逆行する動きが続いていますが、トランプ関税政策はこうした流れをさらに加速させています。
ウクライナ問題とNATOへの揺さぶり
ロシア寄りの停戦交渉
トランプ政権は、ロシアによるウクライナ侵攻において、ロシア側に立つ姿勢を示してきました。2024年11月20日、トランプ政権は28項目からなる和平案を提示しましたが、ウクライナ東部2州のロシアへの割譲、ウクライナの保有軍備の制限、ウクライナのNATO非加盟など、ロシアに有利な項目が多く含まれていました。
トランプ陣営内で検討されているNATO加盟の保留期間は20年とされています。大統領特使のケロッグ氏は「安全の保証を含む包括的で検証可能な和平合意と引き換えに、ウクライナによるNATO加盟を長期にわたって保留」することを提案しています。
リベラルな国際秩序の棄損
トランプ政権のウクライナ政策は、1945年以降のルールに基づく自由で開かれた国際秩序(リベラルな国際秩序)の棄損と、多国間主義の決裂を招いたと評価されています。
国際法では、武力による領土変更は認められていません。しかし、トランプ政権の和平案は、ロシアによる領土併合を事実上容認する内容となっており、これは戦後国際秩序の根幹である「力による現状変更を認めない」という原則を覆すものです。
NATOの動揺と欧州の自立化
トランプ大統領はNATOへの残留を明言せず、ウクライナへの支援を就任後「確実に」減らすと表明してきました。2026年に入り、欧州各国はトランプ政権の方針に対応するため、独自の安全保障体制の構築を急いでいます。
2025年2月17日、マクロン仏大統領が欧州8カ国の首脳を招集してパリで緊急会議を開き、停戦実現後にロシアの再侵略を防ぐため、欧州がウクライナへの「安全の保証」提供で主体的な役割を果たす方針で一致しました。
トランプ政権は「安全の保証は欧州主導でなされるべき」として、米軍の直接関与を否定しています。これにより、欧州の安全保障における米国の役割が大幅に縮小する可能性が高まっています。
トランプ外交の本質と2026年の展望
ディール重視の権力政治
トランプ政権の基本理念は、ディール(取引)を重視する権力政治です。国際法や多国間の合意よりも、二国間の取引を優先し、米国の短期的な利益を最大化しようとする姿勢が顕著です。
この姿勢は、同盟国との関係にも影響を与えています。従来の米国外交が重視してきた「自由」「民主主義」「人権」といった価値観よりも、経済的・軍事的な実利を優先する姿勢は、同盟国の間に不信感を生んでいます。
中国との関係と米欧の離開
2026年には、トランプ氏と習近平中国国家主席の首脳会談と相互訪問が予定されています。専門家の間では、トランプ外交が結果的に米国と欧州との離開を引き起こし、ロシアの立場を優位にするとの指摘があります。
トランプ政権は中国に対しては貿易面で強硬な姿勢を取る一方、地政学的な駆け引きの中で、時に中国やロシアとの取引を優先する可能性があります。こうした予測不可能性が、同盟国の戦略立案を困難にしています。
2026年中間選挙への影響
2026年11月には中間選挙を迎えます。経済格差に対する不満の矛先が現政権に向かう可能性があることから、トランプ政権は政策の重点を低中所得層の生活改善にシフトする公算が大きいとされています。
中間選挙が近づくにつれ、議会の影響力は増してくるでしょう。議会が外交政策にブレーキをかける可能性もありますが、トランプ大統領は大統領令を多用しており、議会の制約を受けにくい体制を築いています。
日本が直面する課題と対応策
同盟国としてのジレンマ
日本は米国の最も重要な同盟国の一つですが、トランプ政権の政策は日本に難しい選択を迫っています。米国との同盟関係を維持しながら、国際秩序の安定にも貢献するという二重の課題に直面しています。
日本経済新聞の社説が指摘するように、「日本もまた同志国と手を携え、世界の安定へつながる行動を米国から引き出すために力を尽くすべきだ」という認識が重要です。
関税交渉と経済安全保障
トランプ政権は日本に対しても、自動車や農産品などの分野で高関税を課す可能性を示唆してきました。日本は米国との二国間交渉において、WTOのルールに基づいた公正な貿易体制の重要性を主張し続ける必要があります。
同時に、米国への過度な依存を減らすため、環太平洋パートナーシップ協定(TPP)や日EU経済連携協定(EPA)など、多国間の経済連携を強化することも重要です。
安全保障体制の再構築
ウクライナ問題におけるトランプ政権の姿勢は、東アジアの安全保障にも影響を与えます。もし米国が同盟国への関与を減らせば、中国の台湾への圧力が強まる可能性があります。
日本は、日米同盟を基軸としながらも、オーストラリア、インド、欧州諸国との安全保障協力を強化し、多層的な防衛体制を構築する必要があります。QUAD(日米豪印)やAUKUS(米英豪)など、既存の枠組みをさらに発展させることが求められます。
国際機関における日本の役割
米国が66の国際機関から脱退する中、日本は国際協調主義を維持する国として、より大きな役割を果たす機会を得ています。気候変動対策、国連改革、WTOの機能回復など、多国間の枠組みにおいて日本のリーダーシップが期待されます。
特に気候変動分野では、米国の脱退により生じる資金不足や技術協力の空白を、日本や欧州が補う必要があります。途上国への支援を継続することで、国際社会における日本の存在感を高めることができます。
価値観外交の推進
トランプ政権が「自由」「民主主義」「人権」といった価値観よりも実利を優先する中、日本はこれらの価値観を共有する国々との連携を強化すべきです。G7(主要7カ国)の枠組みを活用し、欧州諸国やカナダとの協調を深めることが重要です。
また、東南アジア諸国連合(ASEAN)や太平洋島嶼国など、地域の中小国との関係も重視すべきです。これらの国々は、大国間の競争に巻き込まれることを懸念しており、日本のような中堅国のリーダーシップを歓迎する可能性があります。
まとめ
トランプ大統領の就任から1年、戦後国際秩序は瓦解の危機に瀕しています。66の国際機関からの脱退、WTOルールを無視した関税政策、ウクライナ問題でのロシア寄りの姿勢など、トランプ政権の政策は国際社会に深刻な衝撃を与えてきました。
第2次トランプ政権の国家安全保障戦略が「米国が世界秩序を支えてきた時代は終焉した」と明記したように、米国主導の国際秩序は大きな転換点を迎えています。この変化は、残りの任期3年でさらに加速する可能性があります。
日本は、米国との同盟関係を維持しながら、国際秩序の安定にも貢献するという難しい舵取りを求められています。同志国との連携を強化し、多国間の枠組みにおいてリーダーシップを発揮することで、世界の安定に貢献する道を探るべきです。
2026年11月の中間選挙は、トランプ政権の政策に一定の修正をもたらす可能性があります。しかし、国際秩序の再構築には長い時間がかかります。日本は長期的な視点に立ち、ルールに基づく国際秩序を守るための努力を続ける必要があります。
参考資料:
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