対米5500億ドル投融資、人工ダイヤと送配電が浮上
はじめに
2025年7月の日米関税合意で約束された5500億ドル(約82兆円)規模の対米投融資について、第1号案件の候補が具体化しつつあります。浮上しているのは、人工ダイヤモンドの米国内生産と、日立製作所が関わる送配電設備のプロジェクトです。
いずれも中国依存からの脱却という経済安全保障上の課題と深く結びついた案件です。人工ダイヤモンドは半導体製造に不可欠な素材であり、送配電設備はAIデータセンターの急増で需要が逼迫しています。本記事では、両案件の背景と対米投融資の全体像を解説します。
5500億ドル対米投融資の枠組み
日米関税合意の概要
2025年7月、トランプ大統領と石破首相(当時)の間で日米経済・貿易分野の合意が成立しました。日本は基準関税率15%を受け入れる代わりに、2029年1月までに5500億ドル規模の対米投融資を行うことで合意しています。
投資対象分野には、半導体、医薬品、金属、重要鉱物、造船、エネルギー(パイプライン含む)、AI・量子コンピューティングなどが含まれます。了解覚書に基づき、日米両政府が案件の選定と詳細を詰めている段階です。
認識のずれと課題
この合意を巡っては、日米間で認識のずれが指摘されています。米国側は5500億ドルが米国の裁量で投資されると発表した一方、日本側は投資・融資・融資保証を組み合わせて提供すると説明しています。野村総合研究所の木内登英氏は「米国が9割の利益を得る」構図について、正式な合意文書の作成が必要だと指摘しています。
投資先の絞り込みでは、エネルギー分野(特に原子力関連)が圧倒的なボリュームを占め、続いてAIインフラ(データセンターや電源関連投資)が主要分野となっています。
人工ダイヤモンド:中国依存脱却の戦略物資
なぜ人工ダイヤモンドが重要なのか
人工ダイヤモンドは宝飾品のイメージが強いですが、産業用途での重要性が急速に高まっています。半導体製造で使用する研磨・切断工程に不可欠な素材であり、次世代パワー半導体の基板材料としても「究極の半導体」と呼ばれています。
ダイヤモンド半導体は、シリコンやSiC(炭化ケイ素)、GaN(窒化ガリウム)を超える性能を持ち、6G通信、生成AI用データセンター、宇宙開発の分野で「代えのきかない素材」になりつつあります。電気自動車では航続距離の延長や充電時間の短縮にも貢献します。
中国が世界生産の9割を支配
工業用人工ダイヤモンドの世界生産は、約90%以上を中国が占めています。米国が使用する半導体製造向けダイヤモンド原料の70%以上は中国からの輸入です。米国の国内生産量は世界の約3%にすぎません。
中国は2025年以降、平均粒径50マイクロメートル以下の人工ダイヤモンド微粉末を輸出規制の対象に追加しました。全面禁輸ではなく審査制(ライセンス制)を採用し、半導体製造・軍需用途のダイヤ微粉を精密に制限しています。この規制により、米国では深刻な供給不足が懸念されています。
対米投融資の候補案件
対米投融資のファクトシートでは、重要鉱物分野にエレメントシックス・ホールディングスによる5億ドルの投資案件が記載されています。エレメントシックスはデビアスグループ傘下の企業で、工業用人工ダイヤモンドの大手です。
同社はすでに米オレゴン州にCVD(化学気相成長法)による人工ダイヤモンド製造施設を保有しています。日本企業との連携も進んでおり、Orbray(旧アダマンド並木精密宝石)との戦略的提携により、大口径単結晶ダイヤモンドの量産を目指しています。
国内では、京セラが産総研発ベンチャー「大熊ダイヤモンドデバイス」と協力し、福島県に世界初のダイヤモンド半導体量産工場を建設中で、2026年中の稼働開始を予定しています。
日立の送配電設備:AIが生む巨大需要
10億ドル超の米国投資
日立製作所の子会社・日立エナジーは、2025年9月に米国の送配電機器製造への10億ドル超の投資を発表しました。米国の電力業界史上で最大規模の民間投資です。
このうち4億7500万ドルは、バージニア州サウスボストンに建設する大型変圧器製造施設に充てられます。完成すれば米国最大の大型変圧器製造拠点となり、2028年の操業開始を目指しています。
背景:データセンターによる電力需要の急増
変圧器市場は2024年の480億ドルから2030年には670億ドルへ急成長すると予測されています。主な要因はAIデータセンターの急増です。生成AIの普及に伴い、大規模なコンピューティングを支える電力インフラの整備が急務となっています。
現在、大型変圧器の納期は80〜120週間にまで延びており、需給の逼迫が深刻です。日立エナジーの2024年度の受注残は476億ドル(約7兆円)に達し、向こう6年分の契約が積み上がっている状況です。
日米関税合意との関連
共同ファクトシートでは、エネルギー分野で「GEベルノバ日立(最大1000億ドル)」、AIインフラ分野で「日立製作所」が企業名として挙げられています。日立エナジーは米国での現地生産比率がすでに約8割に達しており、関税の影響を受けにくい体制を構築しています。
売上高は前期比3割増の2兆3955億円、調整後営業利益は1.7倍の2576億円と急成長しており、日立グループ全体の調整後営業利益の約26%を占める虎の子事業に成長しています。
注意点・展望
5500億ドルの実現可能性
5500億ドルという数字の達成に向けては、まだ多くの不透明要素があります。投資・融資・保証をどのように組み合わせるか、日米間の認識のずれをどう解消するかが課題です。正式な合意文書の不在が、将来的なトラブルの種になる可能性も指摘されています。
脱中国依存の現実
人工ダイヤモンドの中国依存度は極めて高く、短期間で代替サプライチェーンを構築することは困難です。米国内での生産拠点整備は重要な一歩ですが、中国の生産規模に追いつくには長期的な取り組みが必要です。
送配電設備についても、世界的な電力需要の増大に対し、人材育成や素材調達を含めたサプライチェーン全体の整備が求められます。
まとめ
日米関税合意に基づく5500億ドルの対米投融資は、単なる貿易摩擦の解決策ではなく、経済安全保障に直結する戦略的投資としての性格を持っています。人工ダイヤモンドの米国生産は中国の輸出規制に対抗する動きであり、日立の送配電設備投資はAI時代の電力インフラを支える取り組みです。
今後は第1号案件の正式決定と、5500億ドル全体の投資計画の具体化が注目されます。日本企業にとっては巨大な商機である一方、投資の条件や利益配分について日米間で認識をすり合わせることが不可欠です。
参考資料:
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