米市場トリプル安の衝撃 グリーンランド関税が引き金に
はじめに
2026年1月20日、米国の金融市場で株式・債券・ドルが同時に売られる「トリプル安」が発生し、投資家に衝撃を与えました。ダウ工業株30種平均は前週末比870ドル安と大幅に下落し、米国債も売られて利回りが急上昇、ドルも主要通貨に対して下落しました。
この混乱の引き金となったのは、トランプ大統領によるグリーンランド取得を巡る関税表明です。デンマーク自治領であるグリーンランドを米国が取得するまで欧州8カ国に追加関税を課すと宣言したことで、米欧関係は急速に悪化。一部の専門家からは「スエズ危機以来、最も低い水準の大西洋関係」との指摘も出ています。本記事では、この事態の背景と市場への影響を詳しく解説します。
グリーンランド関税問題とは何か
トランプ大統領の関税発動表明
トランプ大統領は1月17日、デンマーク自治領グリーンランドの「完全かつ全体的な購入」に関する合意が成立するまで、欧州8カ国に追加関税を課すと表明しました。対象国はデンマーク、フィンランド、フランス、ドイツ、オランダ、ノルウェー、スウェーデン、英国の8カ国です。
関税のスケジュールは、2月1日から10%の関税を発効させ、6月1日には25%に引き上げるというものでした。トランプ大統領はソーシャルメディアで「この神聖な土地は誰にも手を出させない」と投稿し、グリーンランド取得への強い意欲を示しました。
軍の配備が関税の引き金に
この関税表明の背景には、1月15日に8カ国がグリーンランドへの軍事要員派遣を発表したことがあります。デンマーク政府は14日に部隊増強を明らかにし、フランスは仏軍の派遣を、スウェーデンも将校らを送る計画を表明していました。
トランプ政権はこれを自国への挑発と受け止めたとみられます。関税対象となった8カ国はいずれもNATO加盟国であり、同盟国間での異例の緊張状態となりました。
グリーンランドの戦略的重要性
トランプ大統領がグリーンランドの取得にこだわる理由は、その戦略的・資源的価値にあります。グリーンランドには豊富なレアアースや資源が眠り、北極圏の安全保障上の要衝でもあります。また、中国やロシアの北極圏進出を牽制する観点からも、米国にとって重要な地域と位置づけられています。
欧州の反発と外交摩擦
8カ国の共同声明
関税表明を受けて、対象となった8カ国は1月18日に共同声明を発表しました。声明では「デンマークとグリーンランドの人々との完全な連帯」を表明し、軍事要員の派遣は事前調整済みで北極圏の安全保障強化に必要なものだと説明しました。
デンマークのメッテ・フレデリクセン首相は「欧州は脅迫に屈しない」と強調。ドイツのラース・クリンクバイル副首相は欧州側も対抗措置を準備していると述べ、フランスのローラン・ルスキュール財務相は「250年来の同盟国間での脅迫は受け入れられない」と非難しました。
EU緊急会合と報復関税の検討
EUは日曜日に緊急の大使会合を開催し、27カ国首脳による臨時会合も実施されました。EUは930億ユーロ(約17兆900億円)相当の米国産品に対する報復関税を検討していると報じられています。
EUのカヤ・カラス外交安全保障上級代表は「中国とロシアは大喜びしているに違いない。同盟国間の分断から利益を得るのは彼らだ」と述べ、米国の行動が地政学的なバランスを損なうことへの懸念を表明しました。
グリーンランドとデンマークの立場
グリーンランドのイェンス・フレデリック・ニールセン首相は「今ここで米国とデンマークのどちらかを選ばなければならないなら、我々はデンマークを選ぶ」と明言しました。デンマークのラーシュ・ローケ・ラスムセン外相も「グリーンランドの米国への譲渡に関する交渉には応じない」との立場を示しています。
市場への影響
ダウ平均870ドル安の大幅下落
1月20日のニューヨーク株式市場では、ダウ工業株30種平均が前週末比870ドル74セント(1.76%)安の4万8488ドル59セントで取引を終えました。S&P500は143ポイント安、ナスダック総合指数は561ポイント安と、主要3指数すべてが大幅に下落しました。
個別銘柄では、四半期決算を発表したスリーエム(3M)が7%近く下落。AI半導体「H200」の中国向け出荷を巡る不透明感からエヌビディアも売られました。一方、ユナイテッドヘルス・グループやコカ・コーラなどのディフェンシブ銘柄には買いが入りました。
米国債利回りの急上昇
米国債市場では売りが加速し、30年債利回りは一時4.95%近くまで上昇して2025年9月以来の高水準を記録しました。10年債利回りも4.31%と約4カ月ぶりの高水準に達し、心理的節目である5%への接近が意識されています。
デンマークの職域年金基金が今月末までに米国債投資から撤退する計画を発表したことも、債券売りの一因となりました。グリーンランド問題を巡る米欧対立が、金融面でも具体的な影響を及ぼし始めています。
ドル安の進行
為替市場ではドルが主要通貨に対して下落しました。円は対ドルで一時157円48銭と0.4%高をつけた後、158円台前半での推移となりました。ユーロも対ドルで上昇し、市場では「安全資産」としての米国の地位に疑問を呈する声が上がっています。
関税撤回と今後の展望
NATO事務総長との会談で関税撤回
その後、事態は急展開を見せました。トランプ大統領は1月21日、NATOのマルク・ルッテ事務総長との会談を経て、欧州8カ国への関税計画を撤回すると発表しました。「グリーンランドと実際には北極圏全体に関する将来の合意の枠組み」でルッテ氏と合意したためだと説明しています。
NATOの報道官は「ロシアと中国がグリーンランドで経済的にも軍事的にも足場を築くことがないよう、デンマーク、グリーンランド、米国間の交渉が進められる」との声明を出しました。デンマークのラスムセン外相は「今日は始まったときより良い形で終わっている」と歓迎の意を示しました。
残された課題
関税は撤回されたものの、今回の事態が米欧関係に残した傷跡は深いとの見方があります。トランプ大統領は一連の過程で、ノルウェーの首相に対しノーベル平和賞を逃したことへの不満をグリーンランド問題と結びつける発言をしたほか、軍事力の行使を排除しない姿勢も示していました(後に撤回)。
一部の地政学専門家は、今回の事態を「1956年のスエズ危機以来、大西洋関係が最も低下した局面」と評しています。同盟国間の信頼関係の回復には時間がかかるとの指摘もあります。
市場への示唆
今回のトリプル安は、地政学リスクが金融市場に与える影響の大きさを改めて示しました。特に注目すべきは、従来は地政学リスク発生時に「逃避先」として買われてきた米国債が、今回は売られた点です。
「米国が不確実性の避難先ではなく、不確実性の発生源になっている」との市場関係者の指摘は、投資家にとって重要な視点となります。今後も米国の政策動向が世界市場に与える影響を注視する必要があります。
まとめ
トランプ大統領によるグリーンランド取得を巡る関税表明は、米国市場にトリプル安をもたらし、米欧関係を大きく揺さぶりました。関税自体はNATO事務総長との会談を経て撤回されましたが、同盟国間で見せた深刻な対立は、国際秩序の不安定さを浮き彫りにしています。
市場参加者にとっては、地政学リスクと金融市場の連動性がかつてないほど高まっていることを認識し、柔軟なリスク管理を行うことが求められます。グリーンランドを巡る交渉の行方、そして米欧関係の修復過程は、今後も注目すべきテーマとなるでしょう。
参考資料:
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