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by nicoxz

ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏死去、93歳の生涯

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はじめに

イタリアのファッションデザイナーで、高級ブランド「ヴァレンティノ」の創業者であるヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏が2026年1月19日、ローマの自宅で死去しました。享年93歳でした。

ガラヴァーニ氏は、フランス・パリが本場だったオートクチュール(高級注文服)をイタリアで開花させた立役者です。エリザベス・テイラー、オードリー・ヘプバーン、ジャッキー・ケネディなど、20世紀を代表するセレブリティたちを顧客に持ち、「ヴァレンティノ・レッド」と呼ばれる鮮やかな緋色のドレスで世界中の女性を魅了しました。

この記事では、約半世紀にわたりファッション界の頂点に君臨し続けた巨匠の生涯と功績を振り返ります。

パリで学び、ローマで開花

若き日のパリ留学

ヴァレンティノ・ガラヴァーニは1932年5月11日、イタリア北部ミラノ近郊のヴォゲーラで生まれました。幼少期からファッションに強い関心を持ち、1949年にミラノのサンタ・マルタ専門学校でファッションスケッチを学びました。

転機となったのは1950年、17歳でパリに渡ったことです。オートクチュール組合学校サンディカに入学し、服作りの基礎を徹底的に習得しました。在学中には国際羊毛事務局(IWS)主催のコンテストで優勝を果たし、早くからその才能を認められていました。

卒業後は、ジャン・デッセやギ・ラロッシュといったパリの一流アトリエでアシスタントとして約10年間働き、オートクチュールの技術と美学を身につけました。この経験が、後にイタリアのファッション界を変革する土台となります。

ローマでの独立とブランド創業

1959年、27歳のガラヴァーニはローマに戻り、コンドッティ通りに小さなアトリエを開設しました。翌1960年には、後に40年以上にわたるビジネスパートナーとなるジャンカルロ・ジャンメッティと出会い、「ヴァレンティノ」を創業しました。

1962年、フィレンツェのピッティ宮殿で開催した初のファッションショーが大きな転機となります。このショーは世界中のメディアの注目を集め、イタリア発のオートクチュールブランドとして国際的な地位を確立するきっかけとなりました。

「ヴァレンティノ・レッド」の誕生

赤に魅せられた原点

ガラヴァーニ氏のトレードマークとなった鮮やかな緋色は、「ヴァレンティノ・レッド」として業界で広く知られています。この色への情熱は、若き日にオペラで見たドレスに着想を得たとされています。

1968年には象徴的な「V」ロゴが導入され、ブランドのアイデンティティがより明確になりました。エレガントでありながら官能的、クラシックでありながら革新的という、ガラヴァーニ独自の美学が確立されたのです。

世界のセレブリティを魅了

ガラヴァーニ氏の顧客リストは、20世紀のファッション史そのものといえます。

最初の著名な顧客の一人は女優エリザベス・テイラーでした。1960年にローマで開催された映画『スパルタカス』のプレミアで彼女が身につけた白いコラムドレスは大きな話題を呼びました。

1967年には、ジャッキー・ケネディに捧げた「白のコレクション」を発表し、世界的な名声を得ます。ジャッキーはヴァレンティノの熱心な顧客となり、1968年にギリシャの海運王アリストテレス・オナシスとの結婚式でもヴァレンティノのドレスを着用しました。

オードリー・ヘプバーン、ソフィア・ローレン、グレース・ケリーといった銀幕のスターたちも、ガラヴァーニのデザインを愛用しました。映画の授賞式でヴァレンティノのドレスが頻繁に見られたことから、「レッドカーペットのブランド」という呼び名が定着しました。

イタリアファッション界への貢献

オートクチュールのイタリア化

ヴァレンティノの功績は、単なる一ブランドの成功にとどまりません。フランス発祥のオートクチュール文化をイタリアに根付かせ、「メイド・イン・イタリー」の価値を世界に示した点で、ファッション史における先駆者といえます。

イタリアにはグッチやブルガリといった老舗ブランドが存在しましたが、オートクチュール分野を本格的に展開したのはヴァレンティノが最初でした。1968年には米国の業界紙『Women Wear Daily』から「イタリアファッションの王様」と称され、1967年にはニーマン・マーカス賞を受賞しています。

プレタポルテへの展開

1975年には、他に先駆けてプレタポルテ(高級既製服)に進出し、パリでもショーを開催しました。イタリア人デザイナーとしてフランスでも認められる稀有な存在となり、ヨーロッパのファッション界における架け橋の役割を果たしました。

2001年にはディフュージョンライン「ヴァレンティノローマ」、2003年にはカジュアルライン「レッド ヴァレンティノ」を展開し、ブランドの裾野を広げました。

引退とその後のブランド

2007年の引退表明

2007年、ガラヴァーニ氏は75歳で引退を表明しました。ブランド創設から48年、2008年春夏コレクションを最後に、現役デザイナーとしてのキャリアに幕を下ろしました。パリで開催された最後のショーには、世界中から関係者やファンが集まり、輝かしいキャリアを称えました。

この引退の様子は、2008年にマット・ティルナウアー監督によるドキュメンタリー映画『ヴァレンティノ:ラストエンペラー』として記録されています。

ブランドの継承

ガラヴァーニ引退後、クリエイティブディレクターにはマリア・グラツィア・キウリとピエールパオロ・ピッチョーリが共同で就任しました。2016年にキウリがディオールに移籍した後は、ピッチョーリが単独でブランドを率いています。

所有権についても変遷がありました。1998年にHDPグループへ売却された後、2002年にマルゾットグループ、2007年に投資ファンドのペルミラへと渡り、2012年にはカタールの投資会社メイフーラに買収されました。2023年にはケリンググループがメイフーラから株式30%を約2,635億円で取得しています。

カタール王族の資本力とピッチョーリの創造性により、ヴァレンティノは現在も世界的なラグジュアリーブランドとして君臨し続けています。

追悼と葬儀

世界からの追悼

ガラヴァーニ氏の訃報を受け、世界中から追悼の声が寄せられています。イタリアのジョルジア・メローニ首相は声明で同氏を「イタリアン・オートクチュールの永遠の象徴」と称え、その貢献に感謝の意を表しました。

ファッション業界からも多くの追悼メッセージが発信されています。グウィネス・パルトロウやジュリア・ロバーツなど、かつてヴァレンティノのドレスを身にまとったセレブリティたちも、SNSで哀悼の意を表明しています。

葬儀日程

ガラヴァーニ氏は「ローマの自宅で、家族の愛に見守られながら安らかに息を引き取った」と財団が発表しています。

一般弔問は2026年1月21日と22日の11時から18時まで、ローマのミニャネッリ広場23にあるPM23で行われます。葬儀は1月23日11時より、ローマの共和国広場にあるサンタ・マリア・デッリ・アンジェリ・エ・デイ・マルティリ聖堂で執り行われる予定です。

まとめ

ヴァレンティノ・ガラヴァーニ氏は、イタリアのオートクチュール文化を世界レベルに押し上げた巨匠でした。パリで技術を磨き、ローマで花開かせた彼のキャリアは、約半世紀にわたり世界のファッション界を牽引しました。

「ヴァレンティノ・レッド」に象徴される華やかで優雅なデザインは、ジャッキー・ケネディからハリウッドスターまで、時代を超えて多くの女性を魅了し続けました。引退後もブランドは世界的なラグジュアリーメゾンとして存続しており、ガラヴァーニ氏の遺産は今後も受け継がれていくでしょう。

参考資料:

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