フレックスタイム制の壁、二者択一が阻む柔軟な働き方
はじめに
日本の働き方改革が叫ばれて久しいですが、フレックスタイム制の導入率は依然として8.3%にとどまっています。その大きな要因の一つが、「フレックスか通常勤務か」という二者択一の制度設計です。育児や介護を抱える労働者が増える中、日によって勤務形態を柔軟に切り替えたいというニーズは高まっています。しかし、現行の労働基準法では一つの労働時間制度を選択する必要があり、この「壁」が普及の妨げとなっています。
本記事では、フレックスタイム制の現状と課題、企業側のニーズ、そして制度改革に向けた動きを解説します。
フレックスタイム制の現状と低い導入率
導入率8.3%の実態
フレックスタイム制は、1988年の労働基準法改正で導入された制度です。労働者が始業・終業の時刻を自ら決められる仕組みとして、柔軟な働き方の実現を目指して設けられました。しかし、導入から約40年が経過しても、採用率は8.3%と1割に満たない水準です。
企業規模別に見ると、従業員1,000人以上の大企業では約35%と一定の導入率がある一方、中小企業では数パーセント程度にとどまっています。業種別では、IT・情報通信業やコンサルティング業など、個人裁量で業務を進めやすい業種で導入率が高い傾向があります。一方、製造業やサービス業では、チームでの連携やシフト管理の必要性から導入が進みにくい状況です。
二者択一の壁
現行の労働基準法では、フレックスタイム制と通常の固定時間勤務は、基本的に同一の労働者に対して同時に適用できません。企業がフレックスタイム制を導入する場合、対象となる労働者はフレックスタイム制の下で勤務することになり、「月曜日はフレックス、火曜日は通常勤務」といった日単位での切り替えは制度上想定されていないのです。
この制約が実務上の大きな障壁となっています。例えば、チーム全体での会議が必要な日は全員が揃う固定時間勤務が望ましい一方、個人作業の日はフレックスタイムで効率的に働きたいというニーズがあります。しかし現行制度では、こうした柔軟な運用が難しいのが現状です。
企業の5割が求める「併用」への道
併用ニーズの高まり
フレックスタイム制を導入している企業の約5割が、通常勤務との併用を望んでいるとの調査結果があります。背景には、コロナ禍以降のテレワーク普及による働き方の多様化があります。在宅勤務の日はフレックスタイムで、出社日は通常勤務でといった使い分けを求める声が高まっています。
育児中の社員が子どもの送迎に合わせて勤務時間を調整したい日もあれば、プロジェクトの締め切り前に全員で集まって作業したい日もあります。こうした日常的なニーズに対応するには、勤務形態の柔軟な切り替えが不可欠です。
トヨタ自動車の問題提起
2025年11月、厚生労働省の労働政策審議会分科会で、トヨタ自動車の鬼村洋平・人事部労政室長がフレックスタイム制の見直しを訴えました。トヨタは約3万8,000人の社員を対象とした多様な勤務制度を導入しており、週休3日制の検討も進めるなど、働き方改革に積極的に取り組んでいます。
トヨタのような大企業でさえ、現行のフレックスタイム制の枠組みに課題を感じている事実は、制度改革の必要性を強く示しています。「労働者一人一人のニーズに合うような勤務形態をいかに実現していくかが課題」という同社の主張は、多くの企業の声を代弁するものです。
制度改革の方向性
厚生労働省の検討状況
厚生労働省は「労働基準関係法令研究会」を設置し、労働基準法の見直しに向けた検討を進めています。フレックスタイム制に関しては、「コアデイ」の設定により、1日単位でフレックスタイム制と通常勤務を切り替えられる仕組みが議論されています。
コアデイとは、特定の曜日や日をフレックスタイム制の適用日として設定し、それ以外の日は通常勤務とする考え方です。これにより、企業は業務の特性に応じて柔軟に勤務形態を組み合わせることが可能になります。
海外の先進事例
欧米諸国では、労働時間制度の柔軟性がより進んでいます。ドイツでは「労働時間口座制度」により、労働者が時間の貯蓄と引き出しを行えます。オランダでは「労働時間調整法」により、労働者に勤務時間の変更を請求する権利が認められています。
日本でも、副業・兼業の広がりや高齢化といった社会変化に対応するため、労働基準法の制度設計と実態とのギャップを解消する議論が活発化しています。
注意点・展望
導入拡大に向けた課題
制度が改正されても、導入が自動的に進むわけではありません。企業が併用制度を活用するためには、勤怠管理システムの対応、就業規則の改定、労使協定の締結といった実務的な準備が必要です。また、管理職の意識改革も重要な課題です。部下の勤務形態が日によって異なる状況を適切にマネジメントするスキルが求められます。
今後のスケジュール
労働基準法の改正に向けた議論は進行中ですが、具体的な改正内容や時期はまだ確定していません。研究会での議論を経て、法案の策定・国会提出というプロセスを踏むことになります。企業としては、改正の動向を注視しつつ、自社の勤務制度の見直しに着手することが望ましいです。
まとめ
フレックスタイム制の導入率が8.3%にとどまる背景には、通常勤務との二者択一を強いる現行制度の壁があります。企業の5割が併用を求める中、トヨタ自動車をはじめとする企業が制度改革を訴え、厚生労働省もコアデイの設定など柔軟な運用を可能にする見直しを検討しています。
今後の法改正の動向を注視するとともに、自社の働き方の現状を分析し、柔軟な勤務制度の導入準備を進めることが、企業の人材確保・定着戦略において重要です。
参考資料:
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