円154円台急伸の裏側、日米協調介入は本当に起きたのか
はじめに
2026年1月23日から26日にかけて、外国為替市場で円相場が急伸しました。1ドル=159円台前半で推移していた円相場が、わずか数日で154円台まで約5円も上昇したのです。
この急激な動きの引き金となったのは、「日米協調介入」への思惑でした。日米両国の通貨当局が「レートチェック」を実施したとの観測が広がり、コンピューターによるアルゴリズム取引が一斉に反応。市場は大きく揺れ動きました。
本記事では、今回の円急伸の背景にある「レートチェック」とは何か、日米協調介入の可能性、そして為替介入の仕組みと効果について詳しく解説します。
レートチェックとは何か
為替介入の前段階となる市場調査
レートチェックとは、通貨当局が為替市場に介入する前段階として行う市場調査のことです。具体的には、財務省や中央銀行が主要銀行に対し、現在の為替レートや取引状況について照会を行います。
通常、レートチェックが行われると、市場参加者は「近く為替介入が実施されるのではないか」と警戒します。そのため、レートチェックの情報が広まるだけで、相場が大きく動くことがあります。
日本当局のレートチェック
日本の通貨当局によるレートチェックは、最近の円安けん制強化の流れから、市場にとっては想定内の動きでした。片山さつき財務相は1月16日に「あらゆる手段を含めて断固たる措置を取らせていただく」と発言し、口先介入を行っていました。
そのため、日本側のレートチェックに対する市場の反応は限定的でした。
米国当局のレートチェックがサプライズに
一方、米国当局のレートチェックは市場にとって大きなサプライズとなりました。ニューヨーク時間の23日、ニューヨーク連銀が主要銀行に対し、参考となる為替レートの提示を求めたとの情報が市場に広まりました。
この「米国側もレートチェックを実施した」という情報が、円急伸の最大の引き金となりました。市場参加者は「日米協調介入」の可能性を警戒し、一斉にドル売り・円買いに動いたのです。
アルゴリズム取引が増幅した急変動
市場の9割を占めるアルゴリズム取引
今回の円急伸で注目されたのが、アルゴリズム取引の影響です。2019年の調査では、外国為替市場における取引量の約92%がアルゴリズム取引とされています。
アルゴリズム取引とは、人工知能やプログラムが市場データを分析し、自動的に売買を行う手法です。特に「HFT(高頻度取引)」と呼ばれる超高速取引は、1秒間に数千回もの取引を執行することが可能です。
レートチェック観測で一斉に反応
23日のニューヨーク市場では、レートチェックの情報が流れた瞬間、アルゴリズムが一斉に反応しました。わずか10分ほどで3円以上も急落するという、人間のトレーダーでは考えられないスピードの値動きが発生しました。
このような急激な変動は、アルゴリズム取引の特性によるものです。プログラムは感情に左右されず、設定された条件に従って機械的に取引を執行します。そのため、一度トレンドが発生すると、多くのアルゴリズムが同じ方向に動き、値動きが増幅される傾向があります。
フラッシュクラッシュのリスク
アルゴリズム取引には、急激な相場変動を引き起こすリスクがあります。2010年の米国株式市場では、ダウ工業株30種平均が一時1000ドル近く暴落し、その後1分半で元の水準まで急騰する「フラッシュクラッシュ」が発生しました。原因はHFTだと言われています。
今回の円急伸も、アルゴリズム取引が相場の振れ幅を大きくした可能性があります。
日米協調介入の可能性
過去に例のない日米協調での円買い介入
今回の円急伸では、「日米協調介入」という言葉が市場で注目を集めました。日本と米国が協力して円買い・ドル売り介入を行うという観測です。
しかし、日米が協調して円買い介入を行った例は過去にありません。1998年には日米欧が協調して円買い介入を実施したことがありますが、それ以来、日米だけでの協調介入は実現していません。
ベッセント財務長官の姿勢
実際に日米協調介入が実施される可能性は、現時点では低いと見られています。ベッセント米財務長官は「日本の裁量に委ねる」との姿勢を示しており、米国が積極的に介入に参加する意向は示していません。
ただし、レートチェックを実施したこと自体が、米国の円安ドル高への懸念を示すシグナルとなり、市場に大きな影響を与えました。
日本単独介入の可能性は残る
一方、日本単独での為替介入の可能性は依然として残っています。日本銀行の金融政策決定会合後、植田和男総裁の会見を受けて円相場は一時159円台をつけましたが、その後急落しました。野村證券は、この値動きについて「日本当局による為替介入が疑われる」と指摘しています。
為替介入の仕組みと効果
財務省と日銀の役割分担
日本における為替介入は、財務大臣の権限において実施されます。日本銀行は、財務大臣の代理人として、その指示に基づいて介入の実務を遂行します。
為替介入の原資となるのは、財務省所管の外国為替資金特別会計(外為特会)と日銀が保有する外貨準備です。円買い・ドル売り介入を行う場合は、外貨準備のドル資金を売却して円を買い入れます。
介入の効果と限界
為替介入の効果については、学術的には懐疑的な見方が優勢です。しかし、日本が2022年以降に実施した円買い介入では、介入が相場の「介入前の水準への回帰」を約13カ月遅らせたケースも観察されました。
適切なタイミングで実施される介入は、一定の持続的効果を持つ可能性があります。ただし、介入効果が持続するかどうかは、日米の経済指標や金融政策、需給などのファンダメンタルズの変化に依存します。円買い介入は、基本的には「時間稼ぎ」という位置づけが妥当でしょう。
金融政策との連動が重要
為替介入の有効性は、金融政策との整合性に大きく依存するとの見方が学術的に広く知られています。日銀の利上げは財務省の介入余地を高めた可能性があります。
市場ではすでに2026年4月の利上げの可能性を7割近く織り込んでおり、日銀の利上げペースが加速するかどうかも、円高への転換を見通す上で重要なポイントとなります。
注意点・今後の展望
159円台では実弾介入への警戒が必要
今後のドル円相場を見通す上で、159円台は重要な水準です。この水準では、レートチェックに加え、実際の為替介入(実弾介入)への警戒が必要となります。
政府の「断固たる措置」という表現を踏まえると、159円台を超える円安が進行した場合、実際の介入が実施される可能性は高いと考えられます。
今後の注目ポイント
今後の為替相場を占う上で、注目すべきポイントは以下の3つです。
1つ目は、米国当局者の発言です。ベッセント財務長官をはじめとする米国の要人が、為替相場についてどのような発言をするかが注目されます。
2つ目は、日銀の金融政策です。追加利上げのタイミングと幅が、円相場を大きく左右します。
3つ目は、日米の金利差です。FRBの利下げペースと日銀の利上げペースの組み合わせが、中長期的な円相場のトレンドを決定します。
まとめ
2026年1月23日から26日にかけての円急伸は、日米両国でのレートチェック実施観測がアルゴリズム取引を刺激し、相場が大きく動いた結果でした。「日米協調介入」という言葉がキラーワードと化し、市場参加者の警戒心を一気に高めました。
実際に日米協調介入が実施される可能性は現時点では低いものの、レートチェックの実施自体が市場に大きなインパクトを与えることが改めて証明されました。
今後は、159円台が為替介入の警戒ラインとなり、この水準での攻防が続く可能性があります。日米の金融政策や経済指標を注視しながら、相場の動向を見守る必要があるでしょう。
参考資料:
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