アマゾンがレジなし店舗を全閉鎖、実店舗戦略を転換
はじめに
米アマゾン・ドット・コムは2026年1月27日、レジなしコンビニ「Amazon Go」と生鮮食品店「Amazon Fresh」の全店舗を閉鎖すると発表しました。対象は全米に展開するAmazon Go 14店舗とAmazon Fresh 58店舗の計72店舗です。
この決定は、2018年の一般公開から約8年にわたって展開してきた「レジなし店舗」という実験的な小売モデルからの撤退を意味します。アマゾンは今後、傘下の高級スーパー「ホールフーズ・マーケット」の拡大と食品デリバリー事業に経営資源を集中させる方針です。
本記事では、Amazon Goの歴史と課題、そしてアマゾンの新たな食品小売戦略について解説します。
Amazon Goの8年間:革新と挫折の軌跡
「ジャスト・ウォーク・アウト」技術の誕生
Amazon Goの構想は2015年に始まりました。アマゾンの開発チームがシアトルの倉庫に約1,400平方メートルの模擬スーパーを建設し、ジェフ・ベゾスCEO(当時)にプレゼンテーションを行ったのがきっかけです。
2016年12月にシアトル本社ビル内の社員向け店舗が開店し、2018年1月に一般公開されました。コンピュータビジョン、センサーフュージョン、深層学習を組み合わせた「ジャスト・ウォーク・アウト(Just Walk Out)」技術により、レジに並ばず商品を手に取ってそのまま退店できるという画期的な買い物体験を実現しました。
当時ブルームバーグは、アマゾンが数年以内に3,000店舗の展開を計画していると報じ、小売業界に衝撃を与えました。ウォルマートをはじめ「ほぼすべての大手小売業者」が独自のビジョンベース決済システムの開発を検討し始めたとされています。
コスト問題と技術的限界
しかし、Amazon Goは当初から技術的な課題を抱えていました。開店前のテスト段階では、店内に20人以上が同時に入ると正確な追跡が困難になる問題が発覚しています。
コスト面でも大きな壁がありました。2019年から2020年にかけて、アマゾンは研究開発費と設備投資を合わせて年間約10億ドル(約1,500億円)をこの技術に投じたとされています。天井に設置する大量のカメラやセンサーの導入・維持費用が収益を圧迫し、通常のコンビニと比較して圧倒的に高い運営コストが問題となりました。
さらに2024年4月には、「完全自動化」と謳われていたジャスト・ウォーク・アウト技術が、実際にはインドの約1,000人の作業員が取引を手動で確認していたことが明らかになり、技術の信頼性に疑問が呈されました。
閉鎖の背景と今後の戦略
「独自の顧客体験」を実現できず
アマゾンは閉鎖の理由について、「アマゾンブランドの実店舗で前向きな兆候は見られたものの、大規模な展開に必要な経済性を備えた、真に差別化された顧客体験をまだ生み出せていない」と説明しています。
実際、2023年にはGo店舗の数をほぼ半分に削減し、2024年4月にはAmazon FreshやWhole Foodsの店舗からジャスト・ウォーク・アウト技術を撤去してダッシュカートに置き換える方針を発表するなど、段階的な縮小が進んでいました。
ほとんどの店舗は2026年2月1日を最終営業日とする予定ですが、カリフォルニア州の店舗は州法で求められる事前通知期間を遵守するため、より長い期間営業を続けます。
ホールフーズへの経営資源集中
閉鎖と同時に、アマゾンはホールフーズ・マーケットの大幅な拡大を発表しました。主な計画は以下の通りです。
- 今後数年間で100店舗以上の新規出店
- 小型店舗「Whole Foods Market Daily Shop」を2026年末までに10店舗展開
- 一部のAmazon GoおよびAmazon Freshの店舗をホールフーズに転換
- シカゴ郊外に約20,000平方メートルの大型店舗を出店予定
ホールフーズは2017年のアマゾンによる買収以降、売上が40%以上成長し、現在550以上の店舗を展開しています。アマゾンにとって、投資効率の高いホールフーズに注力することは合理的な判断といえます。
食品デリバリーの強化
実店舗の再編と並行して、アマゾンはオンライン食品配送の強化も進めています。即日配送サービスの対象エリアは全米5,000以上の都市・町に拡大しており、生鮮食品の即日配送売上は2025年1月以降で40倍に成長しました。
さらに、30分以内に食品を届ける超高速配送「Amazon Now」のテストも進行中です。
注意点・展望
ジャスト・ウォーク・アウト技術は継続
重要なのは、アマゾンが直営店舗から撤退しても、ジャスト・ウォーク・アウト技術そのものは放棄していない点です。現在、この技術は360以上のサードパーティの店舗で稼働しており、スタジアム、空港、病院などの施設に導入されています。
アマゾンは自社で店舗を運営するよりも、技術をライセンス供与するビジネスモデルの方が収益性が高いと判断した可能性があります。
従業員への影響
今回の閉鎖により数千人の時給労働者が影響を受けます。アマゾンは社内での再配置を支援するとしていますが、全員の雇用が保証されているわけではありません。
小売業界への示唆
アマゾンほどの資本力と技術力を持つ企業でも、無人店舗の大規模展開は困難だったという事実は、小売業界全体に重要な教訓を残します。レジなし技術の導入コストと収益性のバランスは、今後も業界全体の課題であり続けるでしょう。
まとめ
アマゾンのAmazon GoおよびAmazon Fresh全72店舗の閉鎖は、約8年にわたる「レジなし店舗」実験の終幕を意味します。年間10億ドル規模の投資にもかかわらず、大規模展開に必要な経済性を確立できなかったことが撤退の主因です。
今後アマゾンは、ホールフーズの100店舗以上の新規出店と食品デリバリーの強化という二本柱で食品小売市場に取り組みます。ジャスト・ウォーク・アウト技術は第三者へのライセンス供与として存続するため、無人決済技術自体が消滅するわけではありません。
消費者としては、近隣のAmazon GoやAmazon Fresh店舗を利用している場合、早めにホールフーズや他の代替店舗を確認しておくことをおすすめします。
参考資料:
- Amazon to close Fresh, Go stores, expanding Whole Foods
- Amazon closing all Amazon Fresh and Go stores to focus on Whole Foods
- Amazon is closing its physical Amazon Go and Amazon Fresh stores - TechCrunch
- Amazon converting some Fresh supermarkets, Go stores to Whole Foods - CNBC
- Amazon Go - Wikipedia
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