カーニー首相「古い秩序は戻らない」ダボス演説の衝撃
はじめに
スイスで開催中の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、カナダのマーク・カーニー首相が1月20日に行った演説が世界的な注目を集めています。カーニー氏は「古い秩序は戻らない」と断言し、法に基づく国際秩序は「もう機能しない」と衝撃的な現状認識を示しました。
この演説は、トランプ米大統領によるグリーンランド領有構想や関税政策によって米欧関係が緊張する中で行われました。カナダを含む中堅国(ミドルパワー)は大国間の対立にどう向き合うべきか。本記事では、カーニー演説の内容と背景、そして日本を含む各国への示唆について解説します。
カーニー演説の核心
「世界秩序は破裂した」
カーニー首相は演説の冒頭で、世界が直面している現実を率直に語りました。「世界秩序の破裂、美しい物語の終焉、そして大国間の地政学が一切の制約を受けない残酷な現実の始まりについて話したい」と述べ、従来の国際秩序が根本的に変容していることを指摘しました。
米国主導の世界統治システムは、大国間の競争とルールに基づく秩序の「衰退」を特徴とする「断絶」に直面していると分析。法に基づく国際秩序について「もう機能しない。われわれは断絶のさなかにいる」と明言しました。
「適応」や「服従」への警告
カーニー氏は、多くの国が陥りがちな姿勢を批判しました。「波風を立てない」「適応する」「従えば安全が買えるかもしれない」という考え方では、もはや国の安全は守れないと警告しています。
「中堅国が服従で安全を買える時代は終わった」という言葉は、カナダ自身がトランプ政権の関税政策や「51番目の州」発言に直面してきた経験を踏まえたものです。大国の意向に合わせるだけでは、中堅国の利益は守れないという強いメッセージが込められています。
新しい秩序への呼びかけ
一方でカーニー氏は、悲観論に終始したわけではありません。「古い秩序に戻ろうとは言わない。必要なのは新しい秩序の創造であり、正直さと協力を基盤にした未来の再構築だ」と前向きなビジョンを提示しました。
「カナダのような中堅国は決して無力ではない。人権の尊重、持続可能な開発、連帯、主権、そして国家の領土的一体性といった価値を体現する新たな秩序を築く力を持っている」と述べ、ミドルパワーの連携による新秩序構築を呼びかけました。
カーニー首相の経歴と背景
金融界の異色経歴
マーク・カーニー氏は1965年生まれのカナダの経済学者・銀行家です。ハーバード大学で経済学学士号、オックスフォード大学で修士号・博士号を取得後、ゴールドマン・サックスで13年間勤務しました。
2008年、42歳の若さでカナダ銀行(中央銀行)総裁に就任。同年発生したリーマン・ショックでカナダ経済を崩壊から救った手腕を買われ、2013年にはイングランド銀行総裁に起用されました。300年を超える同行の歴史で、外国人の総裁はカーニー氏だけです。
首相就任への道のり
カーニー氏は2025年3月14日、カナダ第24代首相に就任しました。ジャスティン・トルドー前首相の後継として、下院や上院の議員経験なしに首相の座に就いた異例の人物です。こうした経歴は1867年就任の初代首相を除いて初めてのことでした。
2025年のカナダ総選挙では自由党が政権維持に成功し、カーニー自身もオタワのネピアン選挙区から立候補して勝利、庶民院議員に初当選しています。
トランプ政権との対峙
カーニー首相は就任直後からトランプ政権と対峙してきました。報復関税を辞さない強硬姿勢を示す一方、2025年5月と10月にはホワイトハウスを訪問してトランプ大統領と直接会談しています。
トランプ大統領が「カナダをアメリカの51番目の州にする」と発言した際も、決定的な対立は避けながらも毅然とした姿勢を崩しませんでした。アメリカはカナダからの輸出品に合計35%の高率関税を課していますが、関税引き下げの交渉は継続中です。
グリーンランド問題への言及
デンマークへの明確な支持
演説でカーニー氏は、トランプ大統領がデンマーク自治領グリーンランドの領有を主張していることにも言及しました。「カナダはグリーンランドとデンマークをしっかりと支持し、グリーンランドの将来を決定する彼ら固有の権利を全面的に支持する」と述べ、トランプ政権の姿勢に明確に反対する立場を示しました。
この発言は、カーニー氏が唱える「主権と国家の領土的一体性」という価値観を具体的に示したものです。大国による領土的野心に対し、中堅国が連携して対抗する姿勢の象徴的な表明でした。
ダボス会議2026の文脈
「対話の力」がテーマ
2026年のダボス会議は1月19日から23日まで開催され、テーマは「対話の力(Spirit of Dialogue)」でした。地政学的変動と経済構造の大きな変革、テクノロジーの急速な進歩という状況下で、迅速性を重視した協調的・分野横断的な思考の必要性が強調されています。
G7リーダーのうち6カ国が集まり、トランプ大統領もダボス会議で演説を行いました。カーニー演説はこうした文脈の中で、トランプ政権の政策に対する「別の声」として注目を集めました。
日本からの参加
日本からは小泉進次郎防衛大臣、赤澤経済産業大臣、松本デジタル大臣が参加し、「日本国家の戦略的対話」というセッションが行われました。カーニー演説が投げかけた「中堅国の役割」という問いは、日本にとっても無関係ではありません。
日本への示唆
ミドルパワーとしての自覚
カーニー氏の演説は、日本を含む中堅国に重要な問いを投げかけています。「ミドルパワーは、もはや大国に世界の安定を任せることはできない。日本も例外ではない。自ら備え、同盟を広げ、不確実性に向き合う責任がある」という指摘は、日本の外交・安全保障政策にも当てはまります。
米中対立が深まる中、日本は日米同盟を基軸としながらも、欧州やオーストラリア、インドなど志を同じくする国々との連携を強化してきました。カーニー演説は、こうした「ミドルパワー外交」の重要性を改めて示唆しています。
経済安全保障への影響
カーニー氏が指摘した「経済統合を強制の武器として用いる大国間競争の時代」という認識は、日本の経済安全保障政策とも密接に関わります。サプライチェーンの多元化、重要鉱物の確保、半導体産業の強化など、日本が進める施策の方向性とも合致しています。
まとめ
カーニー首相の演説は、「ルールに基づく国際秩序」という従来の枠組みが機能しなくなった現実を直視し、中堅国が連携して新しい秩序を築くべきだと訴えるものでした。トランプ政権の政策によって米欧関係が緊張する中、カナダは独自の立場を鮮明にしています。
「古い秩序は戻らない」というカーニー氏の言葉は、日本を含む多くの国に向けられたメッセージでもあります。大国の意向に「適応」するだけでなく、自らの価値観に基づいて行動し、志を同じくする国々と連携していくことの重要性が、改めて問われています。
参考資料:
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