中国の対日レアアース規制、本気度と日本経済への影響を分析
はじめに
中国政府は2026年1月6日、軍民両用(デュアルユース)品目の対日輸出規制を強化すると発表しました。レアアース(希土類)が対象に含まれるとの見方があり、輸出が滞れば日本のハイテク産業への影響は避けられません。
中国は本気で輸出を止めるつもりなのか。規制の狙いと日本経済への影響、そして日本が取るべき対応策について解説します。
規制の内容と背景
発表された規制措置
中国商務部が発表した公告では、以下の3つの領域への輸出を禁止するとしています。
- 日本の軍事ユーザーへの輸出
- 軍事目的での輸出
- 日本の軍事力強化につながる輸出
対象となるのは「デュアルユース品目」、すなわち軍事用途に転用可能な物品です。レアアースは輸出規制法で指定された禁輸リストに含まれており、半導体製造に必要なレアアース、ドローン部品、航法システム、EV用モーターなどが対象になると見られています。
高市首相発言への反発
中国商務部は規制強化の理由として、「日本の指導者が台湾問題に関して公然と誤った発言を行い、台湾海峡への武力介入の可能性を示唆した」と説明しています。高市早苗首相の台湾有事を巡る国会答弁を念頭に置いた措置とされています。
曖昧な規制範囲
今回の規制で注目すべき点は、具体的な対象品目リストが公表されていないことです。「軍事転用可能」かどうかの判断は中国当局に委ねられており、規制の適用範囲は事実上、中国政府の裁量次第となっています。
この曖昧さは、日本政府の対応次第で規制を強化または緩和する余地を残すための意図的な設計と考えられます。
日本経済への影響
中国依存の実態
日本が輸入するレアアースの中国依存度は、2010年の尖閣諸島問題時の90%から現在は60%程度に低下しました。しかし、特定の用途では依然として中国依存度が極めて高い状況です。
特にEV用モーターに使用されるネオジム磁石の補助材料(ジスプロシウム、テルビウム)は、ほぼ100%を中国に依存しています。また、レアアースの精製・加工では中国が世界の91.7%を占めており、これが構造的なボトルネックとなっています。
経済損失の試算
野村総合研究所の試算によると、レアアース輸出規制による経済損失は以下のように推計されています。
- 3か月間の規制: 生産減少額は約6,600億円、GDPを0.11%押し下げ
- 1年間の規制: 損失額は約2.6兆円、GDPを0.43%押し下げ
影響を受ける産業
自動車産業 EVやハイブリッド車の駆動モーターにはネオジム磁石が必須です。スズキは2025年5月下旬から小型車「スイフト」の国内生産を一時停止するなど、すでに一部の影響が出ています。
電子・半導体産業 スマートフォン、半導体製造装置、HDDなどの電子部品にはレアアースが広く使用されています。蛍光体や磁性材料での代替は技術的に難しく、供給途絶の影響は大きくなります。
中国の本気度を分析
経済的威圧の成功体験
中国は2025年4月、米国のトランプ政権による関税措置への対抗として、レアアース7種の輸出規制を実施しました。その結果、米国内では自動車など幅広い分野で工場が操業停止に追い込まれ、米国は半導体の対中輸出規制の緩和に追い込まれました。
この成功体験を日本にも適用しようとしている可能性があります。
景気回復と強硬姿勢
中国経済が回復基調にあれば、外交的な強硬姿勢を取りやすくなります。レアアースは中国にとって戦略的な外交カードであり、経済状況が改善すれば規制を強化する余力も生まれます。
一方で、中国にとってもレアアース輸出は重要な外貨獲得源であり、全面的な禁輸は中国経済にもダメージを与えます。この点が規制の「本気度」を読み解く鍵となります。
外交交渉のカード
規制範囲を曖昧にしているのは、日本との交渉カードを確保するためと考えられます。日本政府の対応次第で規制を緩和する可能性を残しつつ、台湾問題での発言の抑制や、その他の外交的譲歩を引き出す狙いがあるとみられます。
日本の対応策
調達先の多様化
日本はすでに調達先の多様化を進めています。双日とJOGMEC(石油天然ガス・金属鉱物資源機構)は2011年にオーストラリアのライナス社に出資し、2023年には追加出融資を実施。重希土類の最大65%を日本向けに供給する契約を締結しています。
代替技術の開発
新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が2024年から、レアアースを使用しないモーターの開発に着手しています。部品メーカーや新興企業が2027年から2028年にかけての量産化を目指しており、中長期的には中国依存度の低減が期待されます。
国内資源開発
南鳥島海底には世界需要の数百年分のレアアース泥が存在することが確認されています。2026年1月11日には探査船「ちきゅう」が南鳥島沖で世界初となる深海レアアース泥の試掘を開始しました。商業化は2028年以降になる見込みですが、長期的な供給源として期待されています。
企業の対応
主要自動車部品メーカーは、レアアースについて数か月分の在庫を確保しています。また、磁石メーカーも2010年の尖閣諸島問題での経験から在庫を多めに積んでおり、短期的な供給途絶には対応できる体制を整えています。
今後の展望
短期的な見通し
現時点では、自動車向けレアアースの供給は継続しています。一部の生産停止が報告されましたが、その後再開しており、主な問題は中国側の輸出承認プロセスに時間を要していることと考えられます。
全面的な禁輸ではなく、審査の厳格化による供給の遅延が当面のリスクとなります。
中長期的な課題
サプライチェーンの再構築は一朝一夕には進みません。代替技術の開発や新規調達先の確保には数年単位の時間が必要です。その間、中国からの供給リスクは継続することになります。
一方で、今回の規制は西側諸国のレアアース供給網再構築を加速させる契機となる可能性があります。経済安全保障の観点から、脱中国依存の動きが強まることが予想されます。
まとめ
中国の対日レアアース規制は、台湾問題を巡る外交的な駆け引きの一環と位置づけられます。規制範囲を曖昧にしているのは、交渉カードとしての価値を維持するためであり、全面禁輸に踏み切る可能性は現時点では低いと考えられます。
しかし、中国経済が回復し外交姿勢が強硬化すれば、規制が強化されるリスクは残ります。日本企業と政府は、調達先の多様化、代替技術の開発、国内資源開発を着実に進め、構造的な脆弱性の解消に取り組む必要があります。
レアアースを巡る問題は、経済安全保障の主戦場となっています。短期的な対応だけでなく、中長期的なサプライチェーン戦略の構築が求められています。
参考資料:
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