マンション総会、決議のワナ 法改正で無関心はリスクに
はじめに
区分所有法など分譲マンション関連法が改正され、2026年4月に大半の規定が施行されます。この改正は、マンションの高経年化と居住者の高齢化という「2つの老い」に対応し、管理に無関心な所有者を減らすことで重要事項を決めやすくすることを目的としています。
しかし専門家からは「法律の想定と違う使われ方をされる可能性がある」との懸念の声も出ています。特に注目すべきは、総会決議のルールが「全体の多数決」から「出席者の多数決」に変わる点です。この変更により、これまで以上に総会への出席や議決権行使が重要になります。
本記事では、区分所有法改正の主なポイント、新たな決議ルールがもたらすリスク、そしてマンション所有者が取るべき対策について解説します。
区分所有法改正の主なポイント
背景にある「2つの老い」
日本のマンションストックは約694万戸に達し、そのうち築30年以上のマンションは約249万戸と全体の36%を占めます。さらに10年後には約425万戸、20年後には約557万戸と急増する見込みです。建物の老朽化が進む一方、居住者の高齢化も深刻化しており、管理組合の運営が困難になるケースが増えています。
特に問題となっているのは、所有者が外国人や高齢者、所在不明、非居住などの理由で管理に無関心なケースです。こうした所有者の存在により、必要な修繕や建て替えの決議が進まず、マンションの資産価値が低下する事態が各地で発生しています。
改正の3本柱
2025年5月に成立した改正法は、以下の3つの柱で構成されています。
1. 管理の円滑化
- 集会決議のルール変更(出席者多数決制度の導入)
- 所在不明所有者の決議からの除外
- 裁判所による管理人の選任制度
2. 再生手段の拡充
- 建て替え決議要件の緩和(5分の4から4分の3へ)
- 一括売却、一棟リノベーション、取壊しを多数決(5分の4)で可能に
- 被災マンションの建て替え要件を3分の2に緩和
3. 地方公共団体の関与強化
- 外壁剥落等の危険がある場合の報告徴収・勧告
- 専門家のあっせん
これらの改正により、停滞していたマンション管理や建て替えが前進することが期待されています。
決議ルール変更の詳細と影響
「全体の多数決」から「出席者の多数決」へ
最も重要な変更は、普通決議(大規模修繕など区分所有権の処分を伴わないもの)の要件が変わることです。
改正前:
- 区分所有者全体の過半数の賛成が必要
- 欠席者は実質的に反対票としてカウント
改正後:
- 出席した区分所有者の過半数の賛成で可決
- 欠席者・無回答者は分母に含まれない
この変更により、無関心層や連絡が取れない所有者が意思決定を妨げる状況が解消されます。例えば、100戸のマンションで30戸しか総会に参加しなかった場合、改正前は全体の50戸以上の賛成が必要でしたが、改正後は出席した30戸のうち16戸の賛成で決議が成立します。
特別決議も緩和
特別決議(大規模な共用部分の変更など)についても、「全体の4分の3」から「出席者の4分の3」に変更されます。さらに、バリアフリー化による共用部分の変更などは「出席者の3分の2」に緩和されました。
建て替え決議については、耐震性能不足など客観的理由がある場合は「全体の5分の4」から「全体の4分の3」に緩和され、大規模災害で被災した場合は「全体の3分の2」まで緩和されます。
法改正が生むリスクと懸念
少数派による重要決定のリスク
出席者多数決制度の導入により、決議は容易になりますが、一方で少数の出席者が全体に影響する決定を行うリスクも生じます。
例えば、100戸のマンションで総会出席者が20戸、委任状提出者が15戸の計35戸だけだった場合、出席者の過半数である18戸の賛成で決議が成立します。これは全体の18%に過ぎず、残り82%の所有者の意向が反映されない可能性があります。
特に大規模修繕の内容や費用負担、管理委託先の変更など、全所有者の財産に関わる重要事項でも、この仕組みが適用されます。無関心だった所有者が後から「知らなかった」「反対だった」と主張しても、決議は有効です。
利益相反の懸念
専門家が特に警戒しているのは、利益相反が生じやすくなる点です。例えば以下のようなケースが考えられます。
- 管理会社と関係の深い理事が、高額な管理委託契約を出席者だけの賛成で成立させる
- 特定の業者と利害関係のある所有者グループが、有利な条件で工事を発注する
- 一部の所有者に有利な規約変更を、低い出席率の総会で通す
改正前は全体の過半数や4分の3という高いハードルがあったため、こうした恣意的な決議は困難でした。しかし改正後は、出席率が低い総会であれば、組織的に票を集めることで想定外の決議が通る可能性があります。
マンション管理士の指摘
あるマンション管理士は「法改正で、停滞していた話し合いが前に進むかもしれない」と期待を示す一方、「無関心な所有者が多いマンションでは、一部の熱心な所有者や理事だけで重要事項が決まるリスクがある。総会への関心がさらに薄れると、逆に問題が深刻化する可能性もある」と警告しています。
所有者が取るべき対策
総会への積極的な参加
改正法の下では、総会への出席や議決権行使がこれまで以上に重要になります。欠席した場合、自分の意思が反映されないだけでなく、少数の出席者による決定に従わざるを得なくなります。
特に以下の議案が出される総会には、可能な限り出席すべきです。
- 大規模修繕工事の実施と費用負担
- 管理委託先の変更
- 管理規約の改定
- 共用部分の大幅な変更
やむを得ず欠席する場合は、議決権行使書や委任状を必ず提出し、自分の意思を明確に示すことが重要です。
事前の情報収集と質問
総会前に配布される議案書や資料をよく読み、不明点や疑問点があれば事前に管理組合や理事会に質問しましょう。総会当日に初めて内容を知るのではなく、事前に理解を深めておくことで、適切な判断ができます。
特に大規模修繕や管理委託先変更など、金額の大きい議案については以下の点を確認すべきです。
- 複数の業者から見積もりを取ったか
- 選定基準は適切か
- 理事や特定の所有者と業者の間に利害関係はないか
- 費用の妥当性はどう検証したか
情報開示の要求
管理組合には、所有者に対する情報開示義務があります。総会の議案や理事会の議事録、会計帳簿などの閲覧を請求できますし、不透明な点があれば説明を求める権利があります。
特に出席者多数決制度の下では、透明性の確保が一層重要です。決議内容が一部の所有者の利益に偏っていないか、適切な手続きを経ているか、所有者自身が監視する必要があります。
管理規約の見直し
マンション標準管理規約も2025年10月に改正されています。自分のマンションの管理規約が法改正に対応しているか確認し、必要に応じて見直しを提案することも重要です。
特に以下の点を確認しましょう。
- 総会の定足数や決議要件が改正法に対応しているか
- 利益相反取引に関する規定は十分か
- 議決権行使の方法(書面投票、電子投票など)は整備されているか
注意点と今後の展望
すぐに建て替えが進むわけではない
法改正により建て替え決議要件が緩和されましたが、大手ディベロッパーは「費用負担や転居に伴う負担を強いることになるため、即時に建て替えが進むというわけではない」と冷静に評価しています。
建て替えには膨大な費用と時間がかかり、所有者間の合意形成も容易ではありません。法改正は決議のハードルを下げるものの、実際の建て替え実現には依然として多くの課題があります。
専門家の活用が鍵
改正法では、裁判所による管理人の選任制度が創設され、弁護士や司法書士などの専門家が管理に関与しやすくなりました。また、地方公共団体が専門家をあっせんする仕組みも整備されます。
管理組合の運営に不安がある場合、こうした専門家の助言を受けることで、適切な意思決定が可能になります。特に、理事のなり手不足や高齢化で運営が困難なマンションでは、外部専門家の活用が有効です。
新築マンション購入者への影響
これからマンションを購入する人にとっても、この法改正は重要です。管理組合の運営状況や所有者の参加率は、将来の資産価値に直結します。
購入前に以下の点を確認することをお勧めします。
- 過去の総会の出席率
- 管理組合の運営状況(理事会の開催頻度、議事録の整備など)
- 大規模修繕の計画と修繕積立金の状況
- 管理規約の内容
まとめ
2026年4月施行の区分所有法改正は、マンション管理の停滞を解消し、老朽化への対応を促進する目的で導入されます。無関心な所有者が意思決定を妨げる状況を改善するため、総会決議が「全体の多数決」から「出席者の多数決」に変わることが最大のポイントです。
この変更により決議は容易になりますが、一方で少数の出席者による重要決定や、利益相反のリスクも生じます。専門家が「法律の想定と違う使われ方をされる可能性がある」と警告するように、制度の濫用を防ぐためには所有者の積極的な関与が不可欠です。
改正法の下では、総会への出席や議決権行使がこれまで以上に重要になります。無関心でいることは、自分の財産に関わる重要決定を他人に委ねることを意味します。議案の内容を事前に確認し、疑問点があれば質問し、総会に参加して自分の意思を示すことが、マンション所有者の責務となります。
マンション管理は、所有者全員の財産と生活に関わる重要な問題です。法改正を機に、管理への関心を高め、適切な意思決定に参加することが求められています。
参考資料:
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