消費税減税競争の危うさ、与野党ポピュリズムが招く財政リスク
はじめに
2026年2月8日投開票の衆院選を前に、与野党がそろって消費税減税を公約に掲げるという、かつてない事態が生じています。高市早苗首相は食料品の消費税を2年間ゼロにする方針を表明し、野党各党も同様の減税策を打ち出しました。
自民党が国政選挙で消費税減税を公約にするのは党史上初めてです。かつて「消費税は社会保障の財源」と位置づけ、財政規律を重視してきた自民党の姿勢は大きく変わりました。
しかし、財源の裏付けがないまま減税を競い合う「ポピュリズム」には厳しい批判が向けられています。2022年に英国で起きた「トラス・ショック」は、財政規律を無視した減税策がいかに市場の信認を失墜させるかを世界に示しました。日本は同じ轍を踏むのでしょうか。
消費税減税をめぐる与野党の動向
高市首相の食料品消費税ゼロ構想
高市首相は1月19日の記者会見で、「物価高に苦しむ中所得・低所得の皆さまの負担を減らす」として、飲食料品の消費税を2年間に限りゼロにする方針を表明しました。現在、飲食料品には軽減税率8%が適用されていますが、これを一時的に撤廃するというものです。
この構想は、高市首相の長年の持論でした。昨秋の首相就任前は「国の品格として食料品の消費税は0%にすべきだ」と公言していましたが、財政規律派の麻生太郎副総裁から支援を得る必要があった総裁選以降、封印してきた経緯があります。
しかし、野党新党「中道改革連合」が食料品消費税ゼロを掲げたことで、選挙の争点化を避けるため自ら公約に盛り込む判断をしたとみられています。
野党各党の減税公約
野党も消費税減税で足並みをそろえています。立憲民主党と公明党が結成した新党「中道改革連合」は、食料品の消費税率ゼロを基本政策に掲げつつ、赤字国債に頼らない財源確保を前提にしています。
国民民主党は消費税率を一律5%に引き下げることを主張し、日本維新の会も食料品の消費税率を0%にする方針を示しています。さらに急進的な参政党やれいわ新選組は、消費税そのものの廃止を訴えています。
自民党内の戸惑い
党内論議が十分に行われないまま打ち出された減税方針に、自民党内からは戸惑いの声が上がっています。ベテラン議員からは「いったん下げれば2年で区切れなくなる」という懸念が示され、麻生派関係者は「首相は連立合意以上のことを言うべきではなかった」と批判しています。
時事通信によると、高市首相の発言は自民党と日本維新の会の連立政権合意を逸脱しているとの指摘もあり、党内に「いら立ち」が広がっています。
財源なき減税の危うさ
年間5兆円の歳入減
飲食料品の消費税率をゼロにした場合、政府の歳入は年間約5兆円減少します。これは日本の年間教育予算にほぼ匹敵する規模です。
高市首相は財源やスケジュールについて「国民会議で検討を加速する」と述べるにとどまり、具体的な財源措置は示していません。「2年間の時限措置」としていますが、専門家からは「期限が来たときに増税を決めることになるため、約束の履行はほぼ不可能」との指摘が出ています。
2026年度予算の厳しい現実
日本の財政状況は決して楽観できるものではありません。日経アジアによると、2026年度の国債利払い費は過去最高の32兆円(約2190億ドル)を超える見通しです。社会保障費なども増加し、省庁からの予算要求総額は初めて122兆円を超えました。
政府債務残高のGDP比は200%を優に超え、世界でも際立って高い水準にあります。令和国民会議(令和臨調)は、10年以内に債務残高のGDP比を25〜30ポイント引き下げるよう求めていますが、減税はこの目標に逆行します。
プライマリーバランス目標への影響
内閣府の試算では、名目GDP成長率が3%前後で推移する「成長移行ケース」において、日本のプライマリーバランス(基礎的財政収支)は2026年度にGDP比0.5%程度の黒字化が見込まれていました。
しかし高市首相は、「単年度ごとのプライマリーバランス黒字化目標の達成状況を見ていくのではなく、数年単位でバランスを確認する」と目標を柔軟化する方針を示しています。財政健全化の旗印を降ろしつつあるとも受け取れる発言です。
トラス・ショックの教訓
44日で退陣した英首相
2022年9月、英国のリズ・トラス首相は財源を明確にしないまま大規模な恒久減税策を打ち出しました。市場はこれを財政悪化のリスクと受け止め、ポンドは急落、国債金利は急騰し、株価も下落する「トリプル安」が発生しました。
10年物国債利回りは、減税案発表からわずか数取引日で1%以上も急騰するという歴史的な変動を記録しました。年金基金が運用していたLDI(負債連動型投資)が金利急騰で巨額の損失を被り、資産の投げ売りがさらなる金利上昇を招く負の連鎖が起きました。
トラス首相は就任からわずか44日で退陣に追い込まれ、「財政規律を無視した減税」が市場からいかに厳しい審判を受けるかを世界に示しました。
日本で同様の危機は起きるか
日本と当時の英国には違いもあります。日本は経常収支黒字国であり、対外純資産は世界最大規模です。国債の海外投資家保有比率は約6.5%と、英国の約31%に比べて低い水準にあります。
また、日本銀行は依然として大量の国債を保有しており、金利が急上昇した場合には機動的に買い入れを増やす姿勢を示しています。この点は市場の安定を下支えしています。
しかし、警戒すべき要素もあります。第一生命経済研究所のレポートは、「財政規律を度外視した大型減税を発表した市場対話の失敗」と「国債の最大の買い手であった中銀が量的引き締めを開始するタイミングと重なったこと」は日本でも起こり得ると指摘しています。
実際、40年物国債利回りが4%を突破し、超長期債の安定的な買い手が減少している現状は、市場が日本の財政に対して警戒感を強めていることを示しています。
ポピュリズムへの批判
「減税ポピュリズムと戦う」
労働組合連合体JAMの会長は、日本経済新聞のインタビューで「減税ポピュリズムと戦う」と明言しました。将来世代にツケを回す形での減税には、労働界からも批判の声が上がっています。
立憲民主党の枝野幸男元代表も、党内の減税派に対して「参院選目当てとしか言いようがない、無責任なポピュリズムだ」と批判し、「減税ポピュリズムに走りたいなら、別の党をつくってください」と厳しくけん制しました。
国民の不満を背景に
とはいえ、減税を求める声が高まる背景には、物価高に苦しむ国民の切実な不満があります。食料品やエネルギー価格の上昇で家計は圧迫され、賃金上昇が追いつかない層からは減税を求める声が根強くあります。
2025年7月の参院選で与党が大敗した背景にも、こうした国民の不満がありました。政治家が「選挙に勝てる政策」として減税を掲げたくなる誘惑は理解できます。
問題は、財源の裏付けなく減税を競い合えば、最終的には将来世代が増税や社会保障の削減という形でツケを払うことになる点です。
注意点と今後の展望
時限措置が恒久化するリスク
「2年間の時限措置」という枠組みには懐疑的な見方が多くあります。過去の経験上、いったん導入された減税を元に戻すことは政治的に極めて困難です。専門家は「時限的という減税論は、必ず恒久的減税へと流される公算が極めて高い」と警告しています。
仮に減税が恒久化すれば、年間5兆円の歳入欠陥が継続することになります。他の増税か歳出削減で穴埋めしない限り、国債発行額は膨らみ続けます。
市場の反応に注目
衆院選の結果と、その後の政権がどのような財政運営を行うかによって、国債市場の反応は大きく異なるでしょう。すでに40年債利回りは4%を突破し、市場は財政への警戒感を強めています。
中道改革連合が掲げる「赤字国債に頼らない財源確保」が実現可能なのか、あるいは与野党の減税競争が財政規律のさらなる弛緩を招くのか。投資家にとって重要な判断材料となります。
まとめ
与野党がそろって消費税減税を公約に掲げる2026年衆院選は、日本の財政運営の転換点となる可能性があります。物価高に苦しむ国民への配慮は必要ですが、財源の裏付けがないまま減税を競い合う「ポピュリズム」には大きなリスクが伴います。
英国のトラス・ショックは、財政規律を無視した政策が市場からいかに厳しい審判を受けるかを示しました。日本の国債市場はすでに警戒信号を発しています。
有権者は、目先の減税という「甘い果実」だけでなく、その先にある財政の持続可能性にも目を向ける必要があります。選挙後に待ち受ける現実を直視した政策論議が求められています。
参考資料:
- Japan’s snap election and tax pledge keep the nation’s finances in the spotlight - CNBC
- Japan Tax Cut for Food Purchases in Focus as Election Approaches - Bloomberg
- 高市解散で「消費税減税」の財政ポピュリズム再燃 - ダイヤモンド・オンライン
- 日本でトラス・ショックは起きるのか? - 第一生命経済研究所
- 消費減税「無責任なポピュリズム」 立民枝野氏 - 時事ドットコム
- 新党「中道改革連合」 食品消費税ゼロを基本政策に - 日本経済新聞
- 債務残高GDP比25〜30ポイント下げを 令和臨調 - 日本経済新聞
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