インドの家事代行アプリが急成長、15分で到着する新サービス
はじめに
インドでは、スマートフォンアプリを通じて家事代行や美容サービスを注文できる「ホームサービス」市場が急速に成長しています。注文から15分以内にスタッフが自宅に到着するという即時性が、忙しい都市生活者の心をつかんでいます。
この市場拡大の背景には、インドの中間層の急増があります。2025年時点でインドの中間層は約5億8,300万人に達し、これは総人口の約41%を占める規模です。経済成長と都市化が進む中、時間を節約したいというニーズが高まり、家事代行サービスへの需要が急増しています。
この記事では、インドのホームサービス市場の現状と成長予測、主要プレイヤーの競争、そしてこの市場が注目される理由について詳しく解説します。
インドのホームサービス市場の現状
市場規模と成長予測
インドのホームサービス市場は現在、大規模な変革期を迎えています。2025年度の市場規模は約5,100〜5,210億ルピー(約60億米ドル)と推定されています。この市場は年平均10〜11%の成長率で拡大し、2030年度には8,400〜8,580億ルピー(約100億米ドル)に達すると予測されています。
特にオンラインを通じたホームサービス市場は、さらに高い成長率を示しています。Redseerの調査によると、オンラインホームサービス市場は年平均18〜22%で成長し、2030年度には850〜880億ルピーに達する見込みです。
成長を支える社会的背景
この市場拡大を支えているのは、インドの社会構造の変化です。共働き世帯の増加は特に重要な要因となっています。インドの女性労働参加率は2018年の23.3%から2023年には37%へと急上昇しました。共働き世帯は家事に割ける時間が限られるため、便利で時間節約につながるサービスを求める傾向が強まっています。
また、核家族化の進行も需要を押し上げています。かつてのインドでは大家族が一般的で、家事は家族内で分担されていました。しかし都市部を中心に核家族が増加し、外部のサービスに頼る世帯が増えています。
デジタル決済の普及も市場拡大を後押ししています。インドのUPI(統合決済インターフェース)は2025年1月に約170億件の取引を記録し、取引総額は23.48兆ルピーを超えました。このデジタル決済インフラの整備により、アプリを通じたサービス利用がより身近になっています。
主要プレイヤーの競争
Urban Companyの戦略
インドのオンラインホームサービス市場で最大のシェアを持つのがUrban Companyです。同社はオンライン市場の60〜65%を占めると推定されており、2025年度には黒字化を達成しました。過去2年間で売上は45%増加し、都市展開と新サービスの追加が成長を牽引しています。
2025年3月、Urban Companyは「Insta Maid」(後に「Insta Help」に改称)というサービスを開始しました。これは15分以内に家事代行スタッフを派遣するクイックコマース型のサービスです。ムンバイでパイロット展開され、食器洗い、モップ掛け、掃き掃除、調理補助などのサービスを提供しています。導入価格は1時間49ルピー(通常価格245ルピー)と、非常に手頃な設定となっています。
新興勢力Snabbitの台頭
Urban Companyの独占に挑戦しているのが、2024年創業のSnabbitです。同社は元Zepto幹部のAayush Agarwal氏が設立し、Lightspeed、Nexus Venture Partners、Bertelsmann India Investmentsから約5,600万ドルを調達しています(2025年10月のシリーズC完了時点)。
Snabbitの差別化ポイントは「10分以内の到着」という約束です。これを実現するため、同社は純粋なギグエコノミーモデルではなく、最低保証制度を導入してワーカーを確保しています。また、都市内の密集エリア(マイクロマーケット)にワーカーを配置することで、受諾時間をほぼゼロに近づけています。
Snabbitの月間ジョブ数は、2025年8月の約10万件から急増し、50万件を突破しました。一方、Urban Companyの月間ジョブ数は12月時点で約60万件とされており、両社の差は急速に縮まっています。
価格競争とサービス内容
両社のサービス内容は類似しており、キッチン清掃、窓清掃、洗濯、調理補助などが主なメニューです。価格面では、Snabbitが最大240分のサービスを169〜499ルピー(約2〜6米ドル)で提供しています。Urban Companyも導入価格を49ルピーに設定するなど、顧客獲得のための価格競争が激化しています。
市場の課題と論争
労働環境への懸念
Urban Companyの「Insta Maid」サービス発表時には、労働環境に関する批判が起きました。「Maid(メイド)」という名称が差別的だという指摘や、即時派遣というコンセプトが労働者を「商品化」しているという批判がありました。同社はこれを受けてサービス名を「Insta Help」に変更しています。
こうしたアプリサービスについては、「制服を着せ、取引的で、人間関係のない」形で家事労働を「衛生化」しているという見方もあります。一方で、プラットフォームを通じた仕事の機会が増え、最低保証などの制度によって収入が安定するという肯定的な側面も指摘されています。
都市部への偏重
現時点では、オンラインホームサービスの需要は都市部に大きく偏っています。全体の85〜90%がインドの8大都市で消費されているとされ、Delhi-NCR、ベンガルール、プネー、ムンバイがSnabbitの主な展開地域となっています。
2047年までにインド人口の60%以上が都市部に居住すると予測される中、この市場は今後も都市部を中心に拡大していくと見られます。ただし、ティア2・ティア3都市への展開が今後の成長の鍵となるでしょう。
今後の展望
15兆円市場への道
インドのホームサービス市場は、2030年に15兆円規模に達するとの予測があります。これは2025年比で約60%の成長を意味します。この成長を支えるのは、引き続き拡大する中間層、都市化の進行、そしてデジタルサービスへの慣れです。
UBSによると、インドは2026年までに米国、中国に次ぐ世界第3位の消費市場になると予測されています。年収1万米ドル以上の富裕層は2023年の4,000万人から2028年には8,800万人へと倍増する見込みで、サービス消費への支出も増加していくでしょう。
テクノロジーとサービスの進化
今後は、AIを活用したマッチングの最適化や、サービス品質の標準化が進むと予想されます。また、清掃だけでなく、美容、修理、介護など、より幅広いカテゴリーへの展開も見込まれます。
Urban CompanyはIPOを控えており、Snabbitも急成長を続けています。両社の競争は、サービス品質の向上と価格の適正化を通じて、最終的には消費者に恩恵をもたらすことが期待されます。
まとめ
インドのホームサービス市場は、中間層の拡大と都市化を背景に急成長しています。15分で家事代行スタッフが到着するというサービスは、時間に追われる現代の都市生活者のニーズにマッチしています。
Urban CompanyとSnabbitを中心とした競争は激化していますが、市場全体のパイは拡大し続けています。2030年に向けて、この市場は日本円で15兆円規模に成長する見込みです。
インドの事例は、デジタル技術と社会構造の変化が生み出す新しいサービス市場の可能性を示しています。今後、類似のサービスが他の新興国でも広がっていく可能性があり、グローバルなトレンドとして注目に値します。
参考資料:
- India’s Online Home Services Market to Hit ₹88 Bn by FY30
- Urban Company – India’s leading online home services player
- India’s Home Services Market: A Snapshot
- On-demand house help market becomes two-horse race in urban India
- Lightspeed backs Indian home services startup Snabbit
- Urban Company Introduces 15-Min ‘Insta Maid’ Service
- Rising Middle Class To Define India’s Next Golden Consumption Decade
- How India will consume in 2030: 10 mega trends
関連記事
インドのロシア原油購入停止はウクライナ停戦につながるか
トランプ大統領が発表したインドのロシア産原油購入停止合意。ウクライナ停戦交渉が進む中、この動きがロシア経済に与える影響と、和平実現への実効性を検証します。
22歳起業家が開発「トイレ版食べログ」の革新性
中学時代から4万カ所のトイレを調査してきた原田怜歩氏が率いるUN&Co.。全国10万件超のトイレ情報を集約したアプリ「Ezloo」が、バリアフリー社会実現に向けて注目を集めています。
JALが成田ハブ戦略を加速、インドと北米の乗り継ぎ需要へ
JALが成田空港を拠点にインド・北米間の乗り継ぎ需要を狙う戦略を解説。2029年の新滑走路供用開始を見据えた鳥取社長の成長戦略とは。
致死率最大75%のニパウイルス、インドでの感染状況と対策
インド西ベンガル州でニパウイルス感染者2人を確認。致死率40〜75%の危険なウイルスの感染経路、症状、予防策、各国の対応を詳しく解説します。
メガバンクが新興融資を変革、みずほと三井住友の新戦略
みずほ銀行が地銀連携でスタートアップ融資を拡大し、三井住友銀行はファンド活用で資金供給を強化。メガバンクの新たな新興企業向け融資手法を詳しく解説します。
最新ニュース
ビットコイン7万ドル台急落、テック株売りが暗号資産に波及
ビットコインが約1年3カ月ぶりの安値となる7万2000ドル台に急落しました。米ハイテク株の売りが暗号資産市場に波及した背景と、MicroStrategyの含み損問題について解説します。
日銀の量的引き締め出遅れと円安の関係を解説
日銀のマネタリーベース縮小が米欧に比べ緩やかな理由と、それが円安に与える影響について解説します。FRB新議長候補ウォーシュ氏の金融政策姿勢にも注目が集まっています。
書店600店の在庫を一元化|返品率30ポイント削減の新システム
紀伊国屋書店、TSUTAYA、日販が出資するブックセラーズ&カンパニーが、56社603店の在庫を横断管理するデータベースを始動。返品率6割減を実現した事例と、出版業界の構造改革を解説します。
中国海警局の尖閣周辺活動が過去最多に、日中の緊張続く
2025年、中国海警局の船舶が尖閣諸島周辺の接続水域に357日出没し過去最多を更新。日本の対応策と偶発的衝突防止の課題を解説します。
中国の土地売却収入がピーク比半減、地方財政に深刻な打撃
中国の地方政府の土地売却収入が2025年も前年比14.7%減少し4年連続の減少を記録。ピークの2021年から52%減となり、不動産不況が地方財政を圧迫し続けています。