致死率最大75%のニパウイルス、インドでの感染状況と対策
はじめに
2026年1月、インド東部の西ベンガル州でニパウイルスの感染者が2人確認されました。ニパウイルスは致死率40〜75%とされる極めて危険な病原体で、現在のところ承認済みのワクチンや特効薬が存在しません。
WHOはこのウイルスを「将来パンデミックを引き起こす可能性のある病原体」としてリストアップしており、世界的な注目を集めています。タイやマレーシアなど周辺国では空港での検疫を強化する動きも広がっています。本記事では、ニパウイルスの基本情報から今回の感染状況、予防策まで包括的に解説します。
インドでの感染状況
今回の感染事例
感染が確認されたのは、西ベンガル州ノース24パルガナス県バラサット地区の民間病院に勤務する25歳の看護師2人です。男性と女性の各1人で、2025年12月下旬に初期症状が現れ、急速に神経学的な合併症へと進行しました。
2026年1月初旬に2人は隔離され、1月11日にニパウイルス感染の疑いが報告されました。プネーにある国立ウイルス学研究所が1月13日に感染を確定しています。1月27日時点で男性患者は回復に向かっていますが、女性患者は依然として重篤な状態にあります。
封じ込め対応
インド当局は迅速な対応を行いました。確定症例の接触者196人を特定し追跡調査を実施した結果、全員が無症状かつ検査陰性でした。1月27日以降、新たな感染者は確認されておらず、インド保健省は「適時に封じ込めを達成した」と発表しています。
インドにおける過去の流行
今回はインドで記録された7回目のニパウイルス流行です。西ベンガル州では2001年のシリグリ、2007年のナディアに続く3回目の発生となります。また、ケーララ州でも2018年、2019年、2021年、2023年に感染が確認されています。
ニパウイルスの基礎知識
ウイルスの特徴
ニパウイルスはパラミクソウイルス科ヘニパウイルス属に分類される1本鎖RNAウイルスです。1998〜1999年にマレーシアで原因不明の脳炎が流行した際に初めて発見されました。ウイルス名はマレーシアのスンガイニパ村に由来しています。
自然宿主はオオコウモリ(フルーツバット)で、コウモリ自体は感染しても症状を示しません。オオコウモリの生息域は南アジアから東南アジアにかけて広がっており、バングラデシュやインドが特に流行リスクの高い地域です。
感染経路
ニパウイルスの感染経路は主に3つあります。
第一に、感染動物との直接接触です。オオコウモリの唾液や尿などの体液に触れることで感染します。ブタも中間宿主となり、マレーシアでの最初の流行では養豚農家を中心に感染が拡大しました。
第二に、汚染された食品の摂取です。コウモリが食べた果物やナツメヤシの樹液を生のまま摂取することで感染するケースが、バングラデシュで多く報告されています。
第三に、ヒトからヒトへの感染です。患者の血液や体液との濃厚接触により感染が広がることが確認されています。今回のインドの事例でも、医療従事者である看護師が感染しています。
症状と経過
潜伏期間は通常4日から14日ですが、最長で45日間に及ぶ例も報告されています。初期症状は発熱、頭痛、嘔吐、筋肉痛など、一般的なウイルス感染症と区別がつきにくいものです。
その後、意識障害やけいれんなどの神経症状が現れ、重症化すると急性脳炎に至ります。呼吸器症状を伴うケースもあります。無症候性感染(不顕性感染)から致死性の脳炎まで、臨床症状の幅は広いことが特徴です。
特に注意すべき点として、治癒後も数か月から数年にわたる潜伏感染や再発の可能性があることが報告されています。
治療法とワクチンの現状
現時点で承認されたワクチンや特効薬はありません。治療は対症療法が中心で、抗ウイルス薬リバビリンが用いられることがありますが、その効果は十分に立証されていません。
ワクチン開発は複数の機関で進められています。オックスフォード大学はバングラデシュでニパウイルスワクチンの臨床試験を実施しており、2025年12月に第2相試験を開始しました。米国NIHやモデルナ、東京大学医科学研究所なども開発に取り組んでいます。
各国の対応と日本への影響
周辺国の水際対策
インドでの感染確認を受け、アジア各国は迅速に対応しています。タイ、インドネシア、ネパール、マレーシアが国際空港での検疫を強化しました。ミャンマー保健省は西ベンガル州への不要不急の渡航を控えるよう勧告しています。中国も国境地域での疾病予防措置を強化しました。
欧州疾病予防管理センター(ECDC)は、欧州の渡航者に対するリスクを「非常に低い」と評価しています。
WHOの評価
WHOは、西ベンガル州レベルのリスクを「中程度」と評価しています。インドとバングラデシュの国境地域にオオコウモリの生息地が存在することが理由です。一方で、国レベル、地域レベル、世界レベルでのリスクは「低い」としています。
日本での感染リスク
日本国内ではニパウイルスの感染例は過去に確認されていません。日本の外務省は、渡航先の最新情報を事前に収集するよう呼びかけています。ニパウイルス感染症は感染症法で四類感染症に指定されており、国内で発見された場合は直ちに届出が必要です。
注意点・展望
予防のポイント
流行地域への渡航者は以下の予防策を徹底してください。野生動物、特にコウモリやブタとの接触を避けること。コウモリが触れた可能性のある生の果物やナツメヤシの樹液を摂取しないこと。感染者との濃厚接触を避け、医療施設では個人防護具を使用すること。手洗い・手指消毒をこまめに行うことです。
パンデミックリスクの可能性
ニパウイルスはWHOが「研究開発のための優先疾病」に指定しています。現在の流行は限定的ですが、ウイルスが変異してヒト間の感染力が高まった場合、パンデミックに発展するリスクが指摘されています。ワクチン開発の加速が国際的な課題です。
まとめ
インド西ベンガル州でのニパウイルス感染は2人にとどまり、現時点では封じ込めに成功しています。しかし、致死率40〜75%という危険性、ワクチンや特効薬が存在しないという現状を考えると、決して油断はできません。
流行地域への渡航を予定している方は、最新の感染状況を確認し、動物や汚染食品との接触を避ける基本的な予防策を徹底してください。ニパウイルスの脅威に対しては、早期発見と迅速な封じ込めが最大の防御策です。
参考資料:
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