金利ある世界の光と影|30年ぶり利上げが銀行・家計に与える影響
はじめに
2025年12月、日本銀行は政策金利を0.75%に引き上げました。これは1995年以来、実に30年ぶりの高水準です。長らく続いた超低金利時代が終わりを告げ、「金利のある世界」が本格的に始まりました。
この金利上昇は、金融機関にとって収益拡大のチャンスである一方、長期にわたる超低金利政策の「後遺症」も浮き彫りにしています。信用金庫や地方銀行が抱える国債の含み損問題、住宅ローン金利の上昇による家計への影響、そしてゾンビ企業の淘汰加速など、様々な課題が表面化しつつあります。
本記事では、金利正常化がもたらす「光と影」の両面を詳しく解説し、今後の見通しについて考察します。
日銀の金利政策転換と背景
30年ぶりの高水準へ
日本銀行は2025年12月18〜19日の金融政策決定会合で、政策金利である無担保コール翌日物金利の誘導目標を0.5%から0.75%へ引き上げることを決定しました。この決定は9人の政策委員の全員一致によるものです。
日銀は2016年から続けていたマイナス金利政策を2024年3月に解除し、その後段階的に金利の正常化を進めてきました。今回の利上げにより、政策金利は約30年ぶりの水準に到達しています。
利上げの背景にある要因
利上げの主な理由として、以下の点が挙げられます。
第一に、賃上げの継続です。日銀は2026年以降も高い賃上げが見込まれ、経済情勢の改善が続くと判断しました。賃金と物価の緩やかな上昇が経済成長を支える好循環が維持できるとの自信を深めています。
第二に、円安対策の側面があります。為替レートは2025年秋以降、円安傾向が続いており、日銀は輸入物価の上昇圧力に対して利上げで対応しようとしています。
今後の利上げ見通し
日銀の推計によれば、中立金利は1.0%から2.5%の間にあると考えられています。現在の0.75%は依然として緩和的な水準であり、今後もさらなる利上げが予想されます。
専門家の予測では、年2回のペースで利上げが続き、政策金利は2026年度に1.25%、2027年度には1.5%程度になる見通しです。最終的な着地点は2027年半ばから2028年半ばと予想されています。
金融機関への影響:光の部分
預貸利ざやの改善
金利上昇は銀行収益にとって追い風となっています。2025年4〜9月期決算では、多くの地方銀行で預貸利ざや(貸出金利回りから預金等利回りを引いた値)が改善しました。
上場地銀のコア業務純益は前年同期比で約3割増加しています。市場金利の上昇を受けた貸出金利の上昇幅は、預金金利の上昇幅を上回る傾向があるためです。
長期的な収益改善期待
金利上昇は、やや長い目でみれば、総じて金融機関の収益を押し上げていく見込みです。銀行株は高値圏で推移しており、市場は利ざや改善への期待を織り込んでいます。
特に長年マイナス金利に苦しんできた地方銀行にとって、金利のある世界への回帰は経営改善の好機となっています。
金融機関への影響:影の部分
信用金庫の含み損問題
金利上昇により、債券価格は下落します。これにより、日本国債を大量に保有している金融機関は含み損を抱えることになります。
全国の信用金庫が保有する有価証券の含み損は、2025年3月期決算で2.5兆円弱に達しました。これは前年度から3倍以上の増加です。金融庁は年度内にも信用金庫の財務状況について集中点検に乗り出す方針を示しています。
地方銀行も含み損拡大
地方銀行も同様の課題を抱えています。2025年4〜9月期決算では、国内債の含み損が前年同期比で2倍に膨らみました。
特に中小規模の地銀では、含み損が経営の重荷となる可能性があります。銀行株のPBR(株価純資産倍率)は8割の銘柄で依然として1倍を下回っており、市場は含み損リスクを警戒しています。
日銀自身も巨額の含み損
日銀が保有する国債の含み損は、2024年度末で約28兆6,000億円と過去最大を記録しました。日銀は国債を償還まで保有する方針のため、直接的な損益への影響はないとしていますが、中央銀行の財務健全性に対する懸念の声もあります。
超低金利の後遺症:ゾンビ企業問題
ゾンビ企業とは何か
ゾンビ企業とは、営業利益だけでは借入金の利払いが困難な状況にある企業のことです。国際決済銀行(BIS)の定義では、「設立10年超で3年以上にわたってインタレスト・カバレッジ・レシオが1を下回る企業」とされています。
日本では長期の超低金利政策により、本来であれば市場から退出すべき企業が延命を続けてきました。東京商工リサーチによると、ゾンビ企業は日本の上場企業の約14%を占めています。
金利上昇による淘汰の加速
金利上昇は、これらゾンビ企業にとって死活問題となります。分析によれば、金利が0.1%上昇しただけでも、ゾンビ企業率は1.36ポイント悪化するとの試算があります。
2023年度時点でゾンビ企業は約22万8,000社存在し、そのうち経常赤字企業は約14万2,000社(62.4%)に上ります。コロナ禍でのゼロゼロ融資で膨らんだ過剰債務を抱える中小企業にとって、金利上昇は大きな負担となります。
経済全体への影響
ゾンビ企業の淘汰は、短期的には倒産件数の増加や雇用の喪失をもたらします。特にレストラン、ホテル、運輸、観光など、すでに労働力不足が深刻な業界にゾンビ企業が集中しているため、影響は広範囲に及ぶ可能性があります。
一方で、長期的には経済の新陳代謝が進み、生産性の向上や健全な企業への資源配分が促進されるというプラス面もあります。
家計への影響:住宅ローン金利上昇
変動金利の上昇見通し
住宅ローンの変動金利は、多くの銀行で「短期プライムレート」をベースに決められています。2025年12月の日銀利上げを受け、2026年4月に変動金利の基準金利が0.25%上昇し、2026年7月以降の返済に反映される見込みです。
三菱UFJ銀行、三井住友銀行、みずほ銀行の3メガバンクは、2026年1月適用分の住宅ローン10年固定金利を一斉に引き上げています。三菱UFJは2.68%、三井住友は2.65%、みずほは2.55%となりました。
家計負担の増加
変動型で4,500万円を借りたケースで試算すると、2024年7月以降の利上げにより、毎月の返済額は借り入れ当初に比べ合計で約1万4,000円増加します。
さらに、借入4,000万円、返済期間35年、元利均等返済の条件で金利が1%上昇すると、月々の返済額は約2万円増加し、総返済額では約700万円の差が生じます。
今後の対応策
「5年ルール」や「125%ルール」が適用される金融機関では、返済額が当面変わらない場合もあります。ただし、利息負担は確実に増えるため、早めの家計見直しが重要です。
固定金利への借り換えを検討する場合は、現在の金利水準と今後の見通しを十分に比較検討する必要があります。
今後の注意点と展望
金融システムへの影響
金融庁は、金利上昇の影響を踏まえた早期警戒制度の見直しを検討しています。特に信用金庫や中小地銀の財務健全性について、監視を強化する方針です。
日銀も金融システムレポートで、人口減少などを背景に企業の借入需要が構造的に減少する状況が続いた場合、金融機関の収益力や損失吸収力が低下し、金融仲介活動の停滞につながる可能性を指摘しています。
長期金利の動向
2026年1月には、長期金利の指標となる10年物国債利回りが一時2.125%まで上昇し、約27年ぶりの高水準を記録しました。財政悪化懸念も長期金利上昇の背景にあります。
2026年度当初予算が過去最大規模の120兆円超になる見込みとの報道も、債券市場の不安要因となっています。
金融機関の経営課題
「金利のある世界」を経験した渉外担当者が少ないという課題も浮上しています。貸出金利の引き上げ交渉において、どの程度の上昇であれば顧客に受け入れられるか、手探りの状況が続いています。
まとめ
日銀の30年ぶりの金利正常化は、日本経済にとって大きな転換点です。金融機関にとっては預貸利ざやの改善という恩恵がある一方、保有債券の含み損拡大という課題も抱えています。
長期の超低金利政策がもたらした「後遺症」として、ゾンビ企業の淘汰加速や、住宅ローン金利上昇による家計負担増加といった影響が今後本格化する見込みです。
金利のある世界への移行は避けられない流れです。金融機関、企業、そして家計それぞれが、この変化に適応していく準備を進めることが重要となります。特に住宅ローンを抱える世帯は、今後の金利上昇を見据えた家計の見直しを検討すべきでしょう。
参考資料:
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