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by nicoxz

桑田真澄氏が説く「人材育成主義」、指導者改革の提言

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はじめに

2025年まで読売ジャイアンツの二軍監督を務めた桑田真澄氏が、スポーツ指導者向けセミナーで自身の指導哲学を語りました。「勝利至上主義を脱却して人材育成主義へ」というメッセージは、現役時代から一貫して主張してきた桑田氏の信念です。

日本のスポーツ界では、依然として暴力やパワハラが後を絶ちません。2022年度の日本スポーツ協会への相談件数は過去最多の373件を記録し、被害者の4割が小学生という深刻な状況です。こうした中、選手としてもコーチとしても豊富な経験を持つ桑田氏の提言は、指導者の意識変革を促す重要な指針となります。

本記事では、桑田氏のセミナーでの発言内容と指導哲学、そして部活動の地域移行が進む中での指導者のあり方について解説します。

桑田真澄氏のスポーツ指導者セミナー

セミナーの概要

2026年1月18日、スポーツ事業を展開する株式会社アーシャルデザイン(東京・渋谷)が主催する部活動指導者向けセミナーが開催されました。イベント名は「桑田真澄氏によるスポーツ・部活動指導者向けセミナー『教えるから導くへ』のスポーツ指導哲学」で、会場とオンラインのハイブリッド形式で行われました。

桑田氏のほか、元ハンドボール日本代表主将で北國銀行女子ハンドボール部監督を務めた東俊介氏、日本部活指導研究協会代表理事の中屋晋氏も登壇。「勝利至上主義」から「育成主義」へをテーマに、「生徒を”これからの社会を担う大人”へどう育てるか」について実践的な議論が展開されました。

桑田氏の指導哲学「心・技・体・知」

セミナーで桑田氏は、スポーツ科学や脳科学の知見を交えた「心・技・体・知」の指導論について講演しました。従来の「心・技・体」に「知」を加えた考え方は、桑田氏が現役引退後に早稲田大学大学院や東京大学大学院で研究を重ねてきた成果です。

桑田氏の指導哲学の根底にあるのは「プレイヤーズ・ファースト」の精神です。「アマとプロは切り離して考えるべきで、プロは勝利至上主義でいい。でもアマは人材育成主義が大事。プレイヤーズ・ファーストの理念が理解できないと指導者はやってはいけない」と強調しています。

勝利至上主義の弊害と日本スポーツ界の課題

暴力・パワハラが絶えない現実

日本のスポーツ指導における暴力やパワハラは深刻な問題です。2013年に日本スポーツ協会など5団体が「暴力行為根絶宣言」を採択しましたが、いまだに問題は解消されていません。

その背景には、手段を選ばず勝利のみを追求する姿勢や、指導者の知識・技術不足があります。2014年の調査では、約4割の部活動顧問が未経験の競技を担当しており、指導に不安を感じているという結果が出ています。指導技術が不十分な場合、威圧的な態度に走りやすく、最終的に暴力へとエスカレートするケースもあります。

桑田氏はこの問題について、「日本中、何百というチームを見てきたけど、子供達を怒鳴り散らしている指導者ばかり。怒鳴らないと理解してもらえないほど、私には指導力がないんですと、周りに言っているようなもんだよね」と厳しく指摘しています。

「不正のトライアングル」と勝利への圧力

勝利至上主義が暴力を生む構図には、「不正のトライアングル」と呼ばれるメカニズムがあります。強豪校の監督やコーチは「結果」を求められます。大会で勝つことで学校の名前を広め、生徒を集める。この構図が変わらない限り、現場の指導者に重圧がかかり続けます。

柔道五輪金メダリストの高藤直寿選手は「子どもたちが『勝ちたい』と思う気持ちと、大人たちが『勝たせたい』と思う気持ちはまったく別もの。今、問題になっている勝利至上主義は、親や指導者の『勝たせたい』という気持ちが強すぎて生まれたもの」と、大人の問題であることを指摘しています。

全日本柔道連盟の英断

2022年8月、全日本柔道連盟は毎年恒例だった「全国小学生学年別柔道大会」を廃止しました。連盟は「小学生の大会においても行き過ぎた勝利至上主義が散見される。心身の発達途上にあり、事理弁別の能力が十分でない小学生が勝利至上主義に陥ることは、好ましくない」と説明しています。こうした動きは、スポーツ界全体で育成重視への転換が始まっていることを示しています。

桑田氏の実践「量より質」の指導法

巨人二軍監督としての取り組み

桑田氏は2024年から2025年まで読売ジャイアンツの二軍監督を務めました。その指導は「桑田流」と呼ばれ、やらされる練習ではなく自ら考え、主体的に取り組む練習を重視するものでした。

具体的には「量より質」の方針を掲げ、グラウンドでの練習時間を従来より短縮し、空いた時間をウェートトレーニングなどに充てる方式を導入しました。この発想はPL学園時代から持っていたもので、下級生の頃から当時の指導者に全体練習を減らし、自主練習の時間を増やすよう進言していたという逸話があります。

若手育成の成果

桑田氏の指導のもと、森田駿哉投手、宮原駿介投手、中山礼都内野手など複数の選手が一軍で戦力になりました。2025年シーズンはイースタン・リーグで80勝44敗2分と圧倒的な成績を残し、2位西武に8ゲーム差をつけての優勝を達成しています。

不振で二軍再調整となった戸郷翔征投手や田中将大投手に対しても、現状打破のための的確なアドバイスを行い、再生への手助けをしました。卓越した野球理論に裏付けされた指導は、選手の特性を見極め、対話を重ねながら能力を伸ばすスタイルで高い評価を受けています。

退団の背景

しかし、一軍がリーグ優勝を逃したことを受け、桑田氏は2025年シーズン終了をもって退団しました。球団側は若手、特に高卒選手の成長がなかなか進んでいないと指摘した一方、桑田氏は育成に一定の手応えをつかんでいたといいます。この「若手育成」に関する認識の違いが退団の背景にあったとされています。

部活動改革と指導者に求められるもの

地域移行の現状

2023年度から、文部科学省とスポーツ庁のガイドラインに基づき、公立中学校の休日の運動部活動を段階的に地域に移行する取り組みが始まりました。背景には教員の過重労働があります。2016年度の調査では、月80時間を超える残業をした中学校教員が約6割に上り、部活動顧問としての指導責任がその一因となっていました。

国は2023年度、自治体が指導員に支払う報酬などを支援するために28億円の予算を確保し、全国339市区町村がモデル事業に参加しています。

指導者不足という課題

一方で、地域移行には指導者不足という深刻な課題があります。中山間地域や離島では外部人材が不足し、地域移行を希望しても指導者を見つけられない自治体が多い状況です。「平日の夕方から空いている人なんてなかなかいない」という現場の声もあります。

桑田氏がセミナーを行ったアーシャルデザインは、こうした課題に取り組む企業の一つです。同社は全国45自治体で年間15,000回の指導実績を持ち、部活動指導員のマッチングや研修プログラムの提供を行っています。日本部活指導研究協会と連携し、指導品質を担保するための検定も実施しています。

「教える」から「導く」へ

桑田氏のセミナータイトル「教えるから導くへ」は、これからの指導者に求められる姿勢を端的に表しています。一方的に知識や技術を教え込むのではなく、選手が自ら考え、成長していく過程を支援する。そのためには、指導者自身が学び続け、科学的根拠に基づいた指導法を身につける必要があります。

スポーツ庁も、指導者への教育・研修の強化や相談窓口の整備を推進しています。部活動の地域移行が進む中、質の高い指導者をいかに育成・確保するかが、日本のスポーツ界の重要な課題となっています。

まとめ

桑田真澄氏が提唱する「勝利至上主義から人材育成主義へ」という考え方は、日本のスポーツ指導が抱える問題の本質を突いています。暴力やパワハラが絶えない現状を変えるには、指導者一人ひとりの意識改革が不可欠です。

「プレイヤーズ・ファースト」の理念に基づき、選手の成長を第一に考える指導。自ら考え、主体的に取り組む姿勢を育む「導く」指導。桑田氏が実践してきたこれらの指導法は、部活動の地域移行が進む今、より多くの指導者に求められるものになっています。

選手としても指導者としても実績を残してきた桑田氏の言葉には説得力があります。スポーツを通じて「これからの社会を担う大人」を育てる。その視点を持つ指導者が増えることが、日本のスポーツ界の健全な発展につながるはずです。

参考資料:

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