レタスが高級品に?温暖化で産地が山を登る危機
はじめに
「標高800メートルなのにレタスの葉が枯れる」——長野県の農家からはこんな悲鳴が上がっています。冷涼な気候を好むレタスにとって、夏の高温は大敵です。しかし近年の温暖化により、従来の高冷地でさえ栽培が難しくなるケースが出てきました。
日本の農業は今、高齢化と温暖化という二重の危機に直面しています。2050年には農業従事者が現在の7割減となる見通しの中、栽培適地の移動に対応できる農家は限られています。供給が減れば価格は上がる——レタスをはじめとする野菜が「高級品」となる食卓の未来が、現実味を帯びてきました。
レタス価格高騰の背景
2025年の価格動向
2025年8月、レタスの卸売価格は前週比35%高の1キログラム558円を記録しました。主産地の長野県で7月中下旬に集中豪雨と高温が続き、収穫量が大幅に減少したことが原因です。レタスに腐敗や傷が発生し、出荷できない状態のものが増えました。
2024年も野菜全体が高値で推移し、レタスは7月以降、直近2年を大幅に上回る価格水準となりました。年間入荷量は6万9千トン(前年比95.9%)と前年より減少しています。
気候の不安定化
近年の気候変動により、野菜の生育や流通量が不安定になりやすく、相場の急変リスクが高まっています。異常気象の頻発は、農産物価格の予測をより困難にしています。
レタスと温暖化の関係
冷涼な気候を好む作物
レタスは15℃から20℃が最も生育に適した気温です。25℃を超える高温が続くと生育や結球が不良となります。高温そのものが光合成に及ぼす影響は比較的小さいものの、「抽だい」(花芽を付けた茎が伸びてくること)が早まることで結球が乱れ、商品価値が下がってしまいます。
長野県の高冷地栽培
現在、夏場のレタス生産を支えているのが長野県を中心とした高冷地栽培です。JA長野八ヶ岳の管内は標高1,000〜1,500メートルに位置し、年平均気温は8℃前後。盛夏でも30℃を超えることはほとんどなく、この冷涼な気候を活かして高原野菜を生産しています。
夏場(8月)のレタス出荷において、長野県のシェアは8割以上に達します。暑さに弱い作物だからこそ、この時期に出荷できる地域は限られているのです。
栽培適地の移動
しかし、温暖化の進行により従来の高冷地でも気温上昇の影響が出始めています。農林水産省の調査では、40以上の都道府県において既に気候変動の影響が現れており、露地野菜では生育障害の発生頻度が増加しています。
温州みかんの栽培適地が2060年代にかけて北上・内陸部へ広がると予測されているように、野菜の栽培適地も今後大きく変化する可能性があります。農家の中には温暖化の影響を受けて、より標高の高い地域や涼しい気候の場所に移動して栽培を行う事例も見られます。
高齢農家が直面する壁
深刻な高齢化問題
日本の農家の平均年齢は68.4歳と非常に高齢です。農林水産省の統計によると農業従事者の約60%が65歳以上であり、この比率は今後も増加すると見られています。
全国各地で7割の農家が、5年以内に農業を引き継ぐ後継者を確保していないという調査結果も出ています。後継者不在のため手伝う人がおらず、農作業中の事故も増加傾向にあります。
新しい農地への移転の困難さ
栽培適地が高地へ移動するとしても、高齢農家がそれに追いつくのは容易ではありません。新しい農地の確保には多額の資金が必要であり、標高の高い場所での作業は体力的にも負担が大きくなります。
これまで培ってきた土地の特性を熟知した農業技術が、新しい場所では通用しない可能性もあります。気温や日照、土壌の違いに適応するには時間と経験が必要です。
インフラの問題
高地への農地移転には、灌漑設備や道路などのインフラ整備も必要となります。中山間地域では整備コストが高く、行政の支援なしには実現が困難なケースが多いのが現状です。
2050年の農業はどうなるか
農業従事者の激減
JA全中の推計によると、2020年に136万人だった基幹的農業従事者は、2030年には83万人、2050年には36万人へと30年間で100万人減(7割減)となる見通しです。農地面積も2020年の437万ヘクタールから2050年には304万ヘクタールへと3割減少すると予測されています。
生産額への影響
三菱総合研究所の推計では、2050年の経営体数は2020年比84%減の18万に、生産額は52%減の4.3兆円になる見込みです。いずれも個人農家の急激な減少によるもので、法人経営体の増加や規模拡大を加味しても、生産額の激減は免れません。
供給減少と価格上昇
生産量が減れば、当然ながら価格は上昇します。特にレタスのように栽培条件が限られる作物は、供給の不安定化と価格高騰の影響を受けやすくなります。「レタスが高級品になる」という未来は、決して大げさな表現ではありません。
対策と課題
品種改良と技術開発
農林水産省は2015年に「気候変動適応計画」を策定し、高温条件に適応する品種の開発・普及を進めています。レタスについても、暑さに強い品種の開発が進められています。
また、山地でも温暖化の影響を受ける中、ハウスでAIを用いた夏場の高温対策を行う実験的な取り組みも始まっています。
法人経営の拡大
三菱総合研究所は、2050年時点で農業生産額8兆円を確保するためには、法人経営体の数を7.2万に増やし、経営体あたりの産出額を2020年比1.5倍の約9,500万円にする必要があるとしています。
高齢化した各地の生産部会や集落営農組織の法人化、新世代への事業承継が重要な課題となっています。
中規模農家の維持
日本の総土地面積の約7割を占める中山間地域では、大規模法人だけで全国をカバーするには限界があります。生産性の高い中規模農家を維持・育成する対策も同時に必要です。
若者の就農支援
農家の高齢化問題に対する根本的な解決策は、若者の農業参入促進です。政府や地方自治体による新規就農者への資金援助、教育プログラムの提供、技術革新への投資を通じて、農業の魅力と競争力を高めることが求められています。
異なる見解
一方で、「農家の減少」と「農業生産の減少」は必ずしも連動しないという見方もあります。農業生産額は農業就業者ほど減っておらず、一人当たりの生産額は大幅に上昇しているという指摘です。
実際、規模が比較的大きい5ヘクタール層が耕作する田の面積シェアは2015年の42.9%から2020年には53.1%に増加しており、効率化・大規模化による生産性向上の余地はまだあるとも考えられます。
まとめ
レタスの価格高騰は、温暖化と農家の高齢化という二つの構造的問題が重なり合った結果です。栽培適地が山を登っても、高齢農家がそれに追いつくのは困難であり、2050年に向けて供給減少と価格上昇が進む可能性が高まっています。
品種改良、法人化、若者の就農支援など、複合的な対策が必要ですが、いずれも即効性のある解決策ではありません。私たちの食卓の未来は、今後数十年の農業政策と社会の選択にかかっています。
参考資料:
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