御手洗冨士夫氏に見る日本経営者の原点と家族の絆
はじめに
日本経済新聞の名物連載「私の履歴書」に、キヤノン会長兼社長CEOの御手洗冨士夫氏が登場しています。1935年生まれ、89歳を迎えた御手洗氏は、キヤノンを世界有数の精密機器メーカーへと成長させ、2006年から2010年まで日本経済団体連合会会長も務めた日本を代表する経営者です。連載第2回「水軍の末裔」では、医師の父の姿と瀬戸内水軍の血筋という二つのルーツが描かれています。この記事では、御手洗氏の生い立ちと、その後のキヤノン経営改革に至る原点を探ります。
医師の父が示した献身の姿
夜中の往診と学び続ける姿勢
連載によると、御手洗氏が幼少期に目にしたのは、夜中に雨戸を激しく叩かれ「先生、先生」と呼ばれて飛び起きる父・信夫氏の姿でした。急患だと分かると、真冬だろうが大雨だろうが往診に出かけ、帰宅後は電灯をつけて医学書を読む──この光景が、幼い御手洗氏の記憶に深く刻まれています。
御手洗氏が誕生したのは1935年9月23日。父・信夫氏は45歳、母・ソノ氏は33歳の時の8番目の子どもでした。医師一族の家系に生まれた御手洗氏にとって、父の献身的な姿勢は人生の規範となったと考えられます。
医師の家系とキヤノン創業者
御手洗家は代々医師の旧家として知られています。キヤノン創業者の御手洗毅氏は御手洗冨士夫氏の伯父にあたり、毅氏自身も医師であり実業家でした。医療という人の命に向き合う職業の家系で育ったことが、後の経営者としての使命感や責任感の基盤となったことは想像に難くありません。
父・信夫氏が往診から帰宅後も医学書を読み続けた姿勢は、「学び続けること」の重要性を無言で教えていました。この姿勢は、御手洗氏が後にキヤノンで実践した「毎朝4時起きの学習習慣」につながっています。
瀬戸内水軍の末裔という誇り
水軍の歴史と村上氏
連載のタイトルにもなっている「水軍の末裔」という言葉は、御手洗氏が瀬戸内水軍の血を引いていることを示しています。瀬戸内水軍は、中世から近世にかけて瀬戸内海で活躍した海上勢力で、特に村上水軍は「日本最大の海賊」として知られ、2016年には日本遺産にも認定されました。
村上水軍は因島村上氏、来島村上氏、能島村上氏の三家で構成され、平安時代から室町時代にかけて瀬戸内海一円の制海権を掌握していました。河内源氏の庶流信濃村上氏を起源とする説が有力で、村上定国が1160年に越智大島に居を移し、伊予村上氏の祖となったとされています。
末裔としてのアイデンティティ
瀬戸内水軍の末裔という出自は、単なる家系の話にとどまりません。水軍は海という予測不可能な環境で生き抜くために、高度な航海技術、情報収集力、そして組織的な連携を必要としました。こうした先祖の気質が、御手洗氏のグローバルな視野や果敢な経営判断の源泉となっている可能性があります。
実際、御手洗氏は1961年にキヤノン入社後、アメリカ勤務が23年間に及び、海を越えた異文化の中で経営手腕を磨きました。瀬戸内という海洋文化圏で育った水軍の末裔が、太平洋を越えて世界市場で戦う──このストーリーには歴史的な必然性すら感じられます。
キヤノン経営改革への布石
医師の献身と水軍の戦略性
父の医師としての献身と、水軍の末裔としての戦略性──この二つの要素は、御手洗氏のキヤノン経営に色濃く反映されています。
1995年、御手洗氏は59歳でキヤノン第6代社長に就任しました。当時のキヤノンは8400億円を超える負債を抱えていましたが、御手洗氏はキャッシュフロー経営を導入し、事業の「選択と集中」を実践。液晶ディスプレイや光ディスク、PC事業から撤退し、プリンター、カメラ、半導体製造装置に経営資源を集中させました。
セル生産方式とグローバル経営
生産現場では、セル生産方式を導入して生産効率を大幅に向上させました。また、23年間のアメリカ駐在経験を活かし、海外の販売会社を全て現地法人化して独立性を持たせる改革を実施。キヤノンの売上高の78%が海外という状況を作り出しました。
これらの改革により、デフレ不況の中でも純利益で3期連続の過去最高を達成し、2003年には米ビジネスウィーク誌の「世界の経営者25人」に選出されています。
終身雇用と実力主義の両立
御手洗氏が掲げた「終身雇用の実力主義」という経営哲学は、日本流の運命共同体としての結束力と、米国流の競争原理を融合させたものです。この発想は、医師の父が示した「共同体への献身」と、水軍が実践した「実力による生存競争」の両立とも言えるでしょう。
経営者の原点としての家族史
なぜ「私の履歴書」は家族から始まるのか
日本経済新聞の「私の履歴書」は、多くの経営者が幼少期の家族の話から始めます。これは単なる慣習ではなく、経営者の価値観や判断基準の根幹が、幼少期の体験にあることを物語っています。
御手洗氏の場合、深夜の往診に向かう父の後ろ姿は、「困っている人を見捨てない」という使命感の原点です。また、水軍の末裔という出自は、「広い世界で戦う覚悟」を幼い頃から育んだと考えられます。
現代経営者が学ぶべき視点
現代の経営者にとって、御手洗氏の履歴書から学べるのは、「自分のルーツを知ることの重要性」です。グローバル化が進み、経営手法が標準化される中でも、最終的な判断を下すのは経営者個人の価値観です。その価値観は、多くの場合、家族史や地域の文化に根ざしています。
御手洗氏が医師の父から学んだ献身の精神と、水軍の末裔としての挑戦的な気質は、キヤノンという企業文化にも浸透しています。2025年には海外生産委託の検討など、自前主義からの転換を表明するなど、89歳になっても変革を恐れない姿勢は、まさに水軍の血筋を感じさせます。
注意点と今後の展望
連載全体を通して理解する重要性
「私の履歴書」は連載形式のため、第2回「水軍の末裔」だけでは御手洗氏の全体像は把握できません。今後の連載では、キヤノン入社の経緯、アメリカでの23年間、社長就任時の苦悩、経団連会長時代の政策提言などが語られるはずです。
特に注目すべきは、医師の息子として育ちながらなぜキヤノンに入社したのか、そしてアメリカ駐在が23年間という長期に及んだ背景です。これらのエピソードが、経営者としての御手洗氏をより立体的に理解する鍵となるでしょう。
家族の影響と個人の選択
御手洗氏の事例は、「家族の影響は大きいが、最終的な人生は個人の選択で決まる」という教訓も示しています。医師の家系に育ちながらも製造業の道を選び、日本を離れてアメリカで長年働き、そしてキヤノンをグローバル企業へと変革させた──これらは全て御手洗氏自身の選択です。
家族史や出自は経営者の土台となりますが、それをどう活かすかは本人次第です。御手洗氏は、父の献身精神を「顧客への奉仕」に、水軍の戦略性を「グローバル経営」に昇華させました。
まとめ
御手洗冨士夫氏の「私の履歴書」第2回は、一見すると個人的な家族史の話ですが、実は経営者の価値観形成を理解する上で極めて重要な内容です。深夜の往診に向かう医師の父の姿からは「献身と学び続ける姿勢」を、瀬戸内水軍の末裔という出自からは「広い世界で戦う覚悟と戦略性」を学び取ることができます。
これらの要素は、後のキヤノン経営改革において、キャッシュフロー経営、セル生産方式、グローバル展開、そして「終身雇用の実力主義」という独自の経営哲学として結実しました。89歳になった現在も会長兼社長CEOとして経営の第一線に立ち続ける御手洗氏の原動力は、幼少期に刻まれたこれらの体験にあると言えるでしょう。
経営者を志す人、組織のリーダーとして悩む人にとって、御手洗氏の履歴書は「自分のルーツを見つめ直し、そこから価値観を再構築する」重要性を教えてくれます。続きの連載にも注目し、一人の経営者がどのようにして形成されていくのか、その全体像を学ぶことをお勧めします。
参考資料:
関連記事
キヤノン御手洗会長、米国23年間の営業最前線での苦闘
キヤノン御手洗冨士夫会長が「私の履歴書」で語る米国時代。1973年のカメラ直接販売再開から始まった苦労の連続、現地営業マンとの奮闘、そして妻・千鶴子さんの支えとは。
御手洗冨士夫氏が語るキヤノン米国開拓の原点
キヤノン会長兼社長の御手洗冨士夫氏の私の履歴書から、米国市場での奮闘を振り返ります。最下位だったキヤノンがいかにしてトップブランドに成長したのか、その挑戦の歴史を解説します。
キヤノン御手洗会長が綴る「私の履歴書」、蒲江での幼少期
日経新聞に連載中の御手洗冨士夫キヤノン会長の自伝「私の履歴書」。大分県蒲江町での幼少期から見える、日本を代表する経営者の原点とは。
御手洗冨士夫の原点:水軍の末裔から世界的経営者へ
キヤノン会長・御手洗冨士夫氏の回顧録が明かす、大分県蒲江の医師の家に生まれた少年時代。水軍の末裔という家系、医療に尽くした父の姿、そして3人の兄とは異なる道を選んだ経緯について詳しく解説します。
御手洗冨士夫氏の私の履歴書に学ぶキヤノン下丸子工場とモノづくりの原点
キヤノン会長・御手洗冨士夫氏が語る下丸子工場での新入社員時代。キヤノネット組立ラインで体験した挫折と成長、そして23年の米国勤務を経て実現した合理的経営の源流を探ります。
最新ニュース
南鳥島でレアアース試掘開始・中国依存脱却への挑戦
探査船「ちきゅう」が南鳥島沖でレアアース泥の試掘を開始。水深6000メートルからの世界初の採掘試験と、日本の経済安全保障における意義を解説します。
1年4カ月で国政選挙3回、頻繁な選挙が招く政策停滞
高市首相が通常国会冒頭での衆院解散を検討。国政選挙が短期間に3回目となり、社会保障改革など長期的視点の政策が後回しになる懸念が高まっています。
第174回芥川賞・直木賞が決定、3氏が受賞の栄誉
第174回芥川賞に鳥山まこと氏「時の家」と畠山丑雄氏「叫び」、直木賞に嶋津輝氏「カフェーの帰り道」が決定。前回の両賞該当なしから一転、充実の受賞作が揃いました。受賞作の魅力と作家の経歴を詳しく解説します。
日本人創業のアルパカがユニコーンに、米国初の快挙
証券取引APIを提供するフィンテック企業アルパカが企業価値10億ドルを突破。日本人だけで創業した新興企業として米国初のユニコーン達成の背景を解説します。
三六協定の締結率5割どまり、残業規制緩和の是非を問う
三六協定を締結している事業所は5割にとどまり、残業規制緩和の議論が活発化しています。働き方改革の効果と今後の労働政策の方向性について、最新データをもとに解説します。