東レ発ベンチャーが挑む国内縫製工場の再生戦略
はじめに
撤退・縮小が相次ぐ国内の繊維産業で、復活に向けた新たな動きが注目を集めています。東レ発のスタートアップ「MOONRAKERS(ムーンレイカーズ)」が、国内縫製工場を束ねたクラスター「ムーン・クラスター」を結成し、宇宙用素材など高度な技術と無在庫経営の仕組みで収益を上げているのです。
日本の繊維産業は輸入浸透率が98.5%に達し、国内縫製工場の数は過去15年で半分以下に減少しました。この厳しい環境の中、MOONRAKERSは「海外に流れていた注文を日本に取り戻し、地域に雇用を創出したい」というビジョンを掲げ、産業の立て直しに挑戦しています。
深刻化する国内繊維産業の空洞化
縫製工場の急減
日本の繊維工業の事業所数は、2005年には約23,000あったものが、2020年には約9,400まで減少しました。就業者数も2007年の68万人から2022年には35万人へと、ほぼ半減しています。
この背景には、1980年代後半からのプラザ合意による円高、1990年代の継続的な円高、そして2000年代のWTO加盟を契機とした中国への生産移転があります。「世界の工場」として急速に台頭した中国をはじめ、ベトナム、バングラデシュなど人件費の安い新興国への工場移転が加速しました。
分断されたサプライチェーン
国内の繊維産業は、原糸の製造、生地の製造、染色加工、縫製の各工程が分業構造となっています。日本の素材は海外ブランド等から高く評価される一方で、アパレル製品は中国・東南アジア等からの輸入依存が強まり、国内繊維産業との結びつきが希薄化しています。
この結果、日本で開発された優れた素材が海外で縫製され、逆輸入されるという構造が定着してしまいました。サプライチェーンの分断は、技術の海外流出や国内雇用の減少を招いています。
MOONRAKERSの革新的アプローチ
東レ発のスピンオフベンチャー
MOONRAKERS TECHNOLOGIES(ムーンレイカーズ・テクノロジーズ)は、「TECHNOLOGY FUTURE, ALTERNATIVE FASHION」をテーマとする東レ発のスピンオフベンチャーです。代表の西田誠氏は1993年に東レに入社し、フリースの新規事業立案からユニクロとの超大型契約締結まで、新規事業の開拓に携わってきた人物です。
MOONRAKERSは、日本が誇る先端テクノロジーを搭載した「進化した服」を通じ、快適で便利で美しい「未来の生活」の創造を目指しています。単なるアパレルブランドではなく、繊維産業全体の課題解決に正面から向き合うプロジェクトです。
宇宙用素材を日常着に
MOONRAKERSの製品に搭載されている先端素材は、JAXA(宇宙航空研究開発機構)と東レが共同開発した技術がベースになっています。国際宇宙ステーションで活動する宇宙飛行士のウェルネス向上を目指して開発された素材で、高レベルな消臭機能、速乾性、UVカット、ストレッチ性、耐久性、防汚性など、あらゆる機能性を最高レベルで実現しています。
このような高機能素材を使用することで、価格競争ではなく「価値競争」で勝負できます。海外の低価格製品と正面から価格で競うのではなく、日本の技術力でしか実現できない付加価値で差別化を図る戦略です。
縫製クラスター「ムーン・クラスター」の展開
地域の縫製工場を束ねる
MOONRAKERSが始めた「ムーン・クラスター」は、地域の縫製工場を束ねるプロジェクトです。物づくりを国内に戻す目的で、まずは九州からスタートし、四国、中国地方へと展開を予定しています。
縫製の生産は、長崎県のアパレルオオタや熊本県のサトウ繊維など、日本が誇る技術を持つ協力縫製工場に依頼しています。これらの工場は高い技術力を持ちながらも、従来は大手アパレルの下請けとして低い利益率に甘んじてきました。
共創による新たなビジネスモデル
MOONRAKERSのビジネスモデルの特徴は、業務のほとんどを東レも含め外部企業との連携で実行している点です。自社で工場を持たず、素材開発は東レグループ、縫製は協力工場というネットワーク型の生産体制を構築しています。
この「共創」モデルにより、設備投資リスクを抑えながら、各社の強みを活かした高品質な製品づくりが可能になります。縫製工場にとっても、高付加価値製品の受注により利益率の向上が期待できます。
無在庫経営による収益モデル
受注生産のメリット
MOONRAKERSは基本的に受注生産(プレオーダー)方式を採用しています。これにより、従来のアパレル産業の大きな課題であった過剰在庫と廃棄ロスの問題を解消できます。
アパレル産業では、売れ残った在庫の処分が大きなコスト負担となっていました。特にファストファッションの台頭により、大量生産・大量廃棄のビジネスモデルへの批判が高まっています。無在庫経営は、サステナビリティの観点からも時代の要請に応える手法といえます。
D2Cによる直接販売
MOONRAKERSはD2C(Direct to Consumer)モデルを採用し、自社ECサイトを通じて消費者に直接販売しています。中間マージンを削減することで、高品質な製品を適正な価格で提供しながら、縫製工場への適正な対価の支払いも可能になります。
従来の繊維産業では、素材メーカー→生地メーカー→アパレルメーカー→卸売→小売という多層構造により、各段階でマージンが発生していました。D2Cモデルはこの構造を変革し、作り手と買い手を直接つなぐことで、産業全体の効率化に貢献しています。
産業再生に向けた課題と展望
人材確保の壁
国内繊維産業の最大の課題は人材確保です。賃金水準の低さや成長性への不安から、若年層の他産業への流出が進んでおり、従事者の過半数が50歳以上という産地も少なくありません。
MOONRAKERSは福岡県を拠点に人材採用を積極的に行い、「日本が誇る先端素材で服作り」という魅力を発信しています。宇宙開発という先端技術との接点は、繊維産業への新たな関心を呼び起こす可能性があります。
国のバックアップ
経済産業省も繊維産業の国内回帰を支援しています。「繊維産地ネットワーク協議会」を活用した国・他産地と一体となった事業者支援や、新たな国内需要創出、環境配慮や人権対応等のサステナビリティの取組が推進されています。
2030年に向けた「繊維ビジョン」では、国内のバリューチェーン再構築の必要性が指摘されており、紡績や染色等の工程を国内に回帰させる動きも検討されています。
まとめ
MOONRAKERSの取り組みは、単なるアパレルビジネスの成功事例ではありません。空洞化が進む国内繊維産業において、先端技術とネットワーク型の生産体制、無在庫経営という新しいビジネスモデルで復活の道筋を示す挑戦です。
縫製工場を束ねた「ムーン・クラスター」は九州から始まり、四国・中国地方へと拡大予定です。海外に流出した生産を国内に取り戻し、地域に雇用を創出するというビジョンが実現すれば、日本の繊維産業に新たな好循環が生まれる可能性があります。高付加価値の「メイド・イン・ジャパン」製品で世界と勝負する、その挑戦の行方が注目されます。
参考資料:
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