グンゼが聖域アパレルにメス、プラスチック・医療事業へ転換
はじめに
創業128年の老舗下着メーカー、グンゼが大きな転換点を迎えています。2025年8月、同社はアパレル事業の抜本的な構造改革を発表しました。国内4工場の閉鎖、物流拠点の集約、そして希望退職の募集という、聖域とされてきた祖業への大胆なメスです。
かつて「肌着といえばグンゼ」と言われた時代がありました。しかし今、同社はその看板事業から経営資源を引き揚げ、プラスチックフィルムを中心とする機能ソリューション事業と、人工皮膚や縫合糸を手がけるメディカル事業への転換を急いでいます。
なぜ老舗アパレルメーカーは変革を迫られているのか。本記事では、グンゼの構造改革の詳細と、その背景にある業界構造の変化、そして同社が目指す新たな成長の形を解説します。
アパレル事業構造改革の全容
国内4工場の閉鎖を決定
グンゼは2025年8月、アパレル事業の大規模な生産・物流再編を発表しました。閉鎖対象となるのは以下の4拠点です。
2026年3月末閉鎖予定:
- 梁瀬工場(兵庫県朝来市)
- 養父アパレル(連結子会社、兵庫県)
2026年12月末閉鎖予定:
- 東北グンゼ(山形県)
- 矢島通商(秋田県)
これにより、国内のインナーウエア生産は京都府宮津市の宮津工場に集約されます。閉鎖拠点の生産機能は、宮津のほか、タイおよびベトナムの海外関係会社工場に段階的に移管される予定です。
物流拠点も再編
生産拠点だけでなく、物流体制も見直されます。グンゼ物流が運営する京都物流センターでは、綾部事業所が2025年12月末、福知山事業所が2026年12月末にそれぞれ閉鎖されます。生産から物流まで一貫した効率化を図る方針です。
希望退職の実施
人員面でも大きな変化があります。アパレル事業の間接部門と営業部門で勤務する40歳以上の従業員を対象に、希望退職の募集が行われます。具体的な人数は公表されていませんが、工場や物流事業所の閉鎖に伴う退職者も含め、「アパレル事業の全従業員の15〜20%になるのではないか」との見方が示されています。
財務への影響
これらの施策に伴い、グンゼは34億円を特別損失として計上しました。2026年3月期第1四半期決算では、売上高322億4000万円(前年同期比3.4%減)、営業利益18億600万円(同13.3%減)と減収減益となり、最終損益は14億7300万円の赤字に転落しています。
なぜアパレル事業は苦境に陥ったのか
量販店・百貨店チャネルの衰退
グンゼのアパレル事業が苦しんでいる最大の原因は、主要販路の縮小です。同社は長年、量販店や百貨店の「平場」と呼ばれる売り場への卸売りを主な販売チャネルとしてきました。しかし、この平場自体が大幅に減少しています。
百貨店は閉店が相次ぎ、量販店も衣料品売り場を縮小する傾向にあります。グンゼのような卸売り中心のビジネスモデルは、こうした流通構造の変化に直撃されました。
SPAの台頭による競争激化
もう一つの要因が、ユニクロや無印良品に代表されるSPA(製造小売業)の存在感の増大です。これらの企業は、企画から製造、販売までを一貫して手がけることで、高品質な下着を手頃な価格で提供しています。
国内の女性下着市場では、長年トップを争ってきたワコールやトリンプを抑え、ユニクロが首位に躍り出ました。下着大手ワコールホールディングスも業績悪化により希望退職者を募集するなど、業界全体が厳しい状況に置かれています。
収益構造の歪み
2025年3月期連結業績では、アパレル事業は売上高607億円で全社の44%を占めますが、営業利益はわずか7億円で全社の7%に過ぎません。つまり、売上の半分近くを占める事業が、利益にはほとんど貢献していない状態です。佐口敏康社長が「ここ3、4年でいよいよどうしようもならなくなってきた」と語るように、構造改革はもはや避けられない選択でした。
成長を牽引する機能ソリューション事業
プラスチックフィルム分野の強さ
グンゼの成長を支えているのが、機能ソリューション事業です。同事業の売上高は522億円(前期比6.6%増)、営業利益は72億円(同19.5%増)と好調に推移しています。
特にプラスチックフィルム分野は、飲料ボトルの包装用シュリンクフィルムで国内高シェアを堅持しています。ペットボトル飲料のラベルとして使われるこのフィルムは、生活必需品の包装という安定した需要に支えられています。
サーキュラーファクトリーへの転換
注目すべきは、グンゼがプラスチック事業で環境対応を積極的に進めている点です。2023年4月、同社は滋賀県守山市の守山工場を「サーキュラーファクトリー(資源循環型工場)」に転換しました。
2030年までにプラスチック廃材を出さないゼロ・エミッションの実現を目指し、2027年までに使用原料の50%を、2030年には100%をリサイクルおよびバイオマス由来の循環型原料に置き換える計画です。脱プラスチックの流れの中で、環境配慮型の製品開発を通じて競争力を維持しようとしています。
「衣料から医療へ」メディカル事業の成長
繊維技術を医療に応用
グンゼのもう一つの成長エンジンがメディカル事業です。同事業の売上高は129億円(前期比10.7%増)、営業利益は24億円(同22.0%増)と二桁成長を続けています。
このメディカル事業は、「衣料から医療へ」というコンセプトのもと、衣料分野で培った繊維技術を医療機器に応用したものです。1980年代、グンゼは京都大学医用高分子研究センターとの共同研究をきっかけに、生体吸収性材料の開発に乗り出しました。
日本初の生体吸収性縫合糸
1986年、グンゼは日本で初めて生体吸収性縫合糸の事業化に成功しました。この縫合糸は、体内で加水分解され、約8週間で強度が半減。最終的には炭酸ガスと水になって体外へ排出されます。抜糸が不要なため、患者の負担を大幅に軽減できる画期的な製品です。
人工皮膚「ペルナック」
もう一つの主力製品が、人工皮膚「ペルナック」です。アテロコラーゲン(ブタ腱由来)を材料とするこの製品は、深い傷で失われた真皮層を2〜3週間で再生させることができます。1996年以前は困難とされていた真皮層の再生を可能にした革新的な医療機器です。
グローバル展開の加速
メディカル事業は中国を含む海外市場でも成長しています。高額医療規制の影響はあるものの、組織補強材を中心に販売が伸長。今後は耳や膝の軟骨を再生させる再生医療の研究も加速させる方針です。
グンゼ128年の歴史と転換点
郡是製絲から始まった歴史
グンゼの歴史は1896年(明治29年)、京都府綾部市での創業に遡ります。「グンゼ」という社名は「郡是製絲株式会社」に由来し、創業地である何鹿郡の地場産業である蚕糸業を振興することが「郡の方針(郡是)」であるという考えから名付けられました。
創業者の波多野鶴吉は、養蚕農家の子どもたちが暮らす劣悪な環境に衝撃を受け、蚕糸業の振興を通じて地域との共存共栄を図ろうとしました。
肌着メーカーへの転換
第二次世界大戦後、グンゼは肌着事業に参入します。1946年、宮津工場が「国有綿の処理指定工場」として肌着生産に着手したことがきっかけでした。当時の肌着は洗うとすぐ縮むものが一般的でしたが、グンゼは「洗っても縮みにくい」品質にこだわり、信頼を獲得していきました。
1987年には祖業の蚕糸業から完全撤退。以降、肌着・インナーを主力とするアパレルメーカーとしての道を歩んできました。そして今、再び大きな転換点を迎えています。
今後の展望と注意点
中期経営計画の方向性
グンゼは中期経営計画「VISION 2030」で、アパレル事業の構造改革を2025年から2026年に完遂することを掲げています。営業キャッシュフローと政策保有株式の売却で得た資金は、プラスチックフィルム分野の「サーキュラーファクトリー計画」や、成長事業であるメディカル・エンジニアリングプラスチックス分野への投資に充当される方針です。
構造改革の課題
一方で、課題もあります。アパレル事業の縮小は、長年グンゼを支えてきた従業員や地域経済への影響が避けられません。特に閉鎖対象となる兵庫、山形、秋田の工場は地域の雇用を支えてきた存在です。
また、アパレル事業は収益性が低いとはいえ、依然として売上の44%を占めています。この事業を縮小しながら、機能ソリューションとメディカルで成長を維持できるかが問われます。
日本の製造業が直面する転換
グンゼの事例は、日本の老舗製造業が直面する構造転換の一例といえます。既存事業の競争力低下に直面した企業が、培ってきた技術を新分野に応用して生き残りを図る。グンゼの繊維技術が医療機器に姿を変えたように、「技術の転用」が日本企業の生存戦略として注目されています。
まとめ
グンゼの構造改革は、128年の歴史を持つ老舗企業が、聖域であった祖業に大胆なメスを入れた決断として注目されています。量販店チャネルの衰退とSPAの台頭により苦境に立たされたアパレル事業を縮小し、好調なプラスチックフィルムと成長著しいメディカル事業に経営資源を集中させる戦略です。
「衣料から医療へ」という転換は、単なる事業ポートフォリオの入れ替えではありません。繊維加工で培った技術を生体吸収性材料に応用し、人々の健康に貢献する新たな価値を創造しようとする挑戦です。グンゼの変革が成功するかどうかは、日本の老舗製造業が直面する構造転換の試金石となるでしょう。
参考資料:
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