野村証券が資産運用に軸足移す背景と戦略
はじめに
2025年に創業100周年を迎え、2026年から101年目に突入した野村証券が、大きな転換点を迎えています。株式売買仲介で圧倒的な強みを持つ「証券界のガリバー」が、プライベートアセット(未公開資産)の運用に軸足を移す動きを加速させています。
金利が復活し、物価上昇によって資産運用の重要性が増す中、野村証券は従来の株式・債券売買中心のビジネスモデルから脱却し、未上場株式やインフラ、不動産といった未公開資産を軸とした新たな成長戦略を描いています。この動きは、日本の資産運用業界全体にも大きな影響を与える可能性があります。
本記事では、野村証券がなぜプライベートアセット運用に注力するのか、その背景と具体的な戦略について解説します。
プライベートアセットとは何か
未公開資産の定義と特徴
プライベートアセットとは、証券取引所に上場していない未公開資産のことを指します。具体的には、非上場企業の株式(プライベート・エクイティ)、データセンターや天然ガスのパイプラインといったインフラ、不動産、さらにはプライベート・デット(非上場企業への貸付)などが含まれます。
上場企業の株式や債券のように公開市場で売買される資産とは異なり、プライベートアセットは相場変動の影響を受けにくいという特徴があります。これは、日々の市場価格に左右されないため、短期的な価格変動リスクを抑えられるという利点につながります。
世界的な市場拡大
英プレキンによると、プライベートアセット市場は2010年に3兆ドル規模だった市場が、2024年には13兆ドル超に成長する見通しです。このうちプライベート・エクイティが最も多く6.4兆ドル、ベンチャーキャピタルが1.9兆ドル、不動産が1.7兆ドル、プライベート・デットが1.6兆ドルとなっています。
従来、プライベートアセットへの投資は機関投資家や富裕層に限られていましたが、近年は個人投資家向けの商品も増加しています。Ernst & Youngのレポートによると、46%の運用会社が富裕層や個人投資家からの資金拡大を目指すと回答しています。
野村証券の戦略転換
マッコーリー買収で運用基盤を強化
2025年4月、野村ホールディングスはオーストラリアの大手金融グループであるマッコーリー・グループから、米国子会社などを18億ドル(約2,500億円)で買収すると発表しました。これは野村にとって過去最大の買収案件となります。
買収対象となるマッコーリーの米国資産運用事業は、その前身であるDelaware Investments社の創立(1929年)以来、アクティブ運用において長年の実績を持っています。運用資産残高は約1,800億米ドルにのぼり、米国におけるリテール販売プラットフォームの上位10社のうち9社との間で販売ネットワークを有しています。
この買収により、野村ホールディングスの資産運用事業の残高は5,900億ドルから7,700億ドルに増加します。また、野村とマッコーリー・グループは商品・サービスおよびプラットフォームの活用に向けた協力について基本合意し、野村がマッコーリー・アセット・マネジメントの米国における販売パートナーとなることも決まりました。
国内初の投資一任サービスへの組み込み
2025年12月、野村証券は個人から資産運用を一括で請け負う投資一任サービスに、日本で初めてプライベートアセットを組み込みました。契約額3,000万円からの運用一任サービスで未公開資産への投資が可能になります。
まずは世界最大級のインフラ投資会社であるマッコーリー・アセット・マネジメントのファンドを対象とし、将来は非上場株や不動産にも投資対象を広げる予定です。野村が提供する未公開資産を入れた4本の公募投信では、現在約3万件の契約があります。
野村アセットマネジメントの試算では、伝統資産だけの一般的な投資構成から、2割を未公開資産に割いて約10年運用した場合、収益率が年1%ほど高まったとされています。この数字は長期投資において大きな差を生む可能性があります。
オルタナティブコネクトの提供
野村アセットマネジメントは、オルタナティブ投資ソリューション「野村オルタナティブコネクト(NAC)」の提供を開始しました。このサービスは、世界のオルタナティブ投資プロダクトへワンストップでアクセスを提供するものです。
投資家は、プライベート・エクイティ、プライベート・デット、インフラストラクチャー、不動産といったさまざまなアセットクラスについて、地域や投資戦略、リスク選好度に関するアドバイスを受けながら多様なポートフォリオを構築できます。
NACパートナーには世界の著名な運用会社が名を連ねており、プライベート・エクイティでは資金調達実績の世界上位10社のうち6社が参画しています。2024年8月時点で約40社が参画する見込みとなっています。
転換を促す市場環境の変化
金利復活がもたらす影響
日本銀行は2025年に2回の利上げを行い、短期金利は0.75%と1995年9月以来の高水準となっています。専門家の予測では、今後も年2回のペースで利上げが続き、政策金利は2026年度に1.25%、2027年度には1.5%程度になると見込まれています。
長期金利も2%が目前に迫り、2%台を付けるとおよそ19年ぶりとなります。金利上昇は政府の利払い増加につながる一方、預金金利の上昇などを通じて資産運用には追い風となります。
こうした「金利のある世界」への移行は、証券会社のビジネスモデルにも変革を迫っています。投資商品の構成を考えたり、投資戦略に幅が出てくる局面となり、従来のような画一的なアドバイスでは顧客満足度を維持できなくなっています。
株式売買手数料依存からの脱却
野村証券が資産運用事業に注力する背景には、株式売買委託手数料に依存するビジネスモデルの限界があります。1999年に株式売買委託手数料が完全自由化されて以降、証券会社間の競争が激化し、手数料率は大幅に低下しました。
特にインターネット証券会社の台頭により、対面営業を主とする大手証券会社は手数料収入の面で厳しい競争にさらされています。株式相場に左右される長年の弱点を克服するため、野村は未上場株や不動産、インフラといった未公開資産を軸に運用資産残高を40兆円増やす計画を立てています。
個人投資家にとっての意味
投資機会の拡大
野村グループは個人投資家向けプライベート・アセット主要4種(プライベート・エクイティ、プライベート・デット、REIT、インフラ)の投資信託を日本で初めて提供しています。オルタナティブ運用資産残高は過去最高の約2.9兆円に達しています。
従来は機関投資家や富裕層を対象にしていたプライベートアセットの投資商品ですが、今後は個人でも手が届く商品が増える見込みです。野村アセットマネジメントが設定した公募投資信託は、1口1万円前後から投資可能です。
投資信託協会が2025年2月にルールを改正し、キャッシュフローや類似企業との比較などで非上場株の価値を算出する基準を示しました。これによって純資産総額の15%を上限に、プライベート・エクイティを組み込みやすくなっています。
留意すべきリスク
プライベートアセットへの投資には、特有のリスクがあることを理解しておく必要があります。最も重要なのは流動性リスクです。未公開資産は取引所で売買できないため、売りたい時にすぐ買い手がつくとは限りません。
また、ファンドの基準価額は第三者の鑑定評価に基づいており、評価は毎月または四半期ごとなど非常に限られた頻度で行われます。上場株などの伝統資産は基本的に日々価格が算出されますが、未公開資産は算出頻度が低いため、リバランスが困難になる場合があります。
日本証券業協会の調査によると、「プライベートアセットに投資する投資信託」の認知率は28.3%にとどまっています。個人年収1,000万円以上および保有資産3,000万円以上の層は全体に比べ認知率が高くなっていますが、投資教育や情報提供が重要な課題となっています。
今後の展望
業界全体への波及効果
野村証券の動きは、日本の資産運用業界全体に波及効果をもたらす可能性があります。大手運用会社のApolloは2018年以降、個人投資家から年平均100億米ドル規模を受託しており、2026年には年150億米ドルまで拡大することを見込んでいます。
日本でも同様のトレンドが進めば、他の証券会社や運用会社もプライベートアセット商品の提供を強化することが予想されます。競争が活発化することで、より多様な商品が登場し、手数料の低下や投資家向けサービスの向上につながる可能性があります。
デジタルインフラへの投資機会
2026年のオルタナティブ投資において、デジタルインフラは強力な成長テーマとして注目されています。AI導入の加速とクラウドの拡大が、データセンター開発に大きなビジネス機会をもたらしています。
インフラ投資は安定した収益源であるだけでなく、経済の近代化が進展する中で、長期的な資本価値の上昇を促す役割も果たします。野村が提携するマッコーリーは、インフラ投資において世界最大級の実績を持つ会社であり、この分野での野村の競争力強化が期待されます。
まとめ
野村証券のプライベートアセット運用への注力は、創業101年を迎えた老舗証券会社の大きな転換点を示しています。株式売買仲介中心のビジネスモデルから、資産運用を軸とした新たな収益基盤の構築を目指す動きは、金利復活や市場環境の変化に対応した戦略的な判断といえます。
個人投資家にとっては、従来は手が届かなかったプライベートアセットへの投資機会が広がることを意味します。ただし、流動性リスクや価格算出頻度の低さといった特有のリスクを理解した上で、自身の投資目的やリスク許容度に合った判断が求められます。
日本の資産運用業界は今、大きな変革期を迎えています。野村証券の取り組みは、その象徴的な事例として今後も注目されるでしょう。
参考資料:
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