給付付き税額控除「クロヨン」の壁 所得捕捉の格差が実現を阻む
はじめに
2026年1月27日公示の衆院選で、与野党がこぞって掲げる「給付付き税額控除」。所得税の控除と現金給付を組み合わせた制度で、中低所得層の支援策として期待されています。
しかし、この制度の導入には「クロヨン」と呼ばれる大きな壁が立ちはだかります。会社員は9割、自営業者は6割、農業従事者は4割と言われる所得捕捉率の格差があるままでは、一部の人を過大に支援し、不公平感を強める結果になりかねません。本記事では、給付付き税額控除の仕組みと課題を解説します。
給付付き税額控除とは何か
減税と給付を組み合わせた新制度
給付付き税額控除とは、所得税の減税と現金給付を組み合わせた経済支援制度です。所得税額から一定額を控除し、控除しきれない部分を現金で給付する仕組みで、低所得者層への支援と中間層の負担軽減を同時に実現できます。
重要な違いは、従来の定額減税は「控除しきれなければ終了」だったのに対し、給付付き税額控除は「控除しきれない分を現金給付」する点です。これにより、非課税世帯にも確実に支援が届きます。
海外の先行事例
日本で議論されている給付付き税額控除のモデルの一つが、1975年にフォード政権下で導入された米国の勤労所得税額控除(EITC)です。勤労所得の増加に応じて税額控除を与え、控除しきれない額については給付を行う制度で、50年近い実績があります。
EITCは勤労意欲を高める効果があるとされ、左派・右派双方から支持を得ています。中低所得者への支援という側面が左派に、労働意欲向上という側面が右派に支持されやすいのが特徴です。
2026年衆院選での各党の主張
自民党・維新の会の連立政権合意
自民党と日本維新の会の連立政権合意には、「税・社会保険料負担を軽減し、所得に応じて手取りが増えるように制度設計を進める」と明記されています。給付付き税額控除の導入を念頭に置いた文言と解釈されています。
政府と与野党は2026年1月にも有識者を交えた「国民会議」を設置し、同年中に具体案をまとめる方針です。所得減税の恩恵が及ばない中低所得層に支援できる仕組みをつくることを目指しています。
立憲民主党・公明党の「中道改革連合」
立憲民主党と公明党による新党「中道改革連合」は、消費税の逆進性対策として給付付き税額控除の導入を主張してきました。軽減税率制度に代えて、中低所得者が負担する消費税の一部を税額控除し、控除しきれない分は給付する方針です。
立憲民主党は、消費税率の単純な引き下げについては「高所得者が最も恩恵を受ける」として慎重な姿勢を示し、特定の所得層を支援する現実的なアプローチとして給付付き税額控除を選択しています。
検討されている給付額
立憲民主党は、国民1人あたり4万円の負担軽減を提案しています。この4万円という数字の根拠は、食料品等の年間消費税負担額(約4万円/人)を基準としたものです。全体で約5兆円規模の財源が必要と試算されています。
「クロヨン」問題とは何か
所得捕捉率の業種間格差
給付付き税額控除の導入に立ちはだかるのが「クロヨン」問題です。クロヨン(9・6・4)とは、税務署による課税所得の捕捉率に関する業種間格差を表す言葉です。
捕捉率は業種によって大きく異なり、給与所得者は約9割、自営業者は約6割、農業・林業・水産業従事者は約4割であると言われています。さらに「トーゴーサン」という語もあり、給与所得者約10割、自営業者約5割、農林水産業者約3割という、より厳しい見方を示しています。
格差が生じる構造的要因
なぜこのような格差が生じるのでしょうか。サラリーマンは源泉徴収制度によって、ほぼすべての所得が税務署に把握されています。給与から自動的に税金が差し引かれ、会社が税務署に報告するため、所得を隠すことは困難です。
一方、自営業者は申告納税制度を採用しており、自分で所得の計算を行います。プライベートな支出を必要経費に加えて所得を減らしている人がいたとしても、税務署が1つ1つ調べることは現実的に不可能です。
特に事業所得は、家屋、車両、交際費など事業と私生活の区別がつきにくく、私的支出が必要経費に算入されやすい構造があります。
給付付き税額控除への影響
クロヨン問題が解消されないまま給付付き税額控除を導入すると、深刻な不公平が生じます。所得を正確に申告している会社員と、所得の一部を隠しやすい自営業者の間で、給付額に不公平が生じるのです。
例えば、実際には同じ所得の会社員と自営業者がいた場合、自営業者の方が「低所得」と認定され、より多くの給付を受けられる可能性があります。これは制度の公平性を根本から損なう問題です。
解決に向けた取り組み
インボイス制度の導入
クロヨン問題の解決策の一つとして、2023年10月から「インボイス(適格請求書)制度」が導入されました。取引の透明度が増すだけでなく、取引の詳細が記録として残るため、納税額が適切であるかどうかの検証がしやすくなります。
ただし、インボイス制度の導入は主に消費税の適正化を目的としており、所得税の捕捉率改善への効果は限定的との見方もあります。
キャッシュレス決済の普及
キャッシュレス決済の普及も、所得捕捉率の改善に寄与する可能性があります。電子マネーで決済すると記録が残るため、売り上げの把握が容易になります。現金取引が減少すれば、所得を隠すことが難しくなります。
しかし、日本のキャッシュレス比率は諸外国と比較してまだ低く、特に中小事業者への普及には課題が残っています。
マイナンバー制度の活用
マイナンバー制度の活用も検討されています。給与、年金、配当などさまざまな所得情報をマイナンバーで紐づけることで、より正確な所得把握が可能になるとされています。
ただし、預貯金口座とマイナンバーの紐づけは任意であり、資産情報の把握には限界があります。また、プライバシーの観点からの反対意見も根強くあります。
今後の展望と課題
導入時期の見通し
給付付き税額控除の導入時期は2027年度以降が想定されています。2026年中に「国民会議」で具体案をまとめ、法制化の作業を経て実施するためです。
ただし、政治日程により変動する可能性があります。通常国会冒頭での衆議院解散により、2026年度予算成立の遅れや国民会議スケジュールへの影響が懸念されており、2028年度以降にずれ込む可能性もあります。
5兆円の財源確保
約5兆円規模とされる財源の確保が最大の課題です。給付付き税額控除の効果を十分に発揮させるには、中低所得層に手厚い給付が必要ですが、その分だけ財政負担は大きくなります。
他の社会保障制度との整合性も検討が必要です。生活保護や児童手当など既存の制度との調整なくして、公平で効率的な制度設計はできません。
まとめ
給付付き税額控除は、中低所得層への支援と勤労意欲の向上を両立できる制度として、与野党から幅広い支持を得ています。「年収の壁」の解消や物価上昇による実質増税の回避など、期待される効果は大きいです。
しかし、クロヨン問題という根深い課題がある限り、制度の公平性を担保することは困難です。会社員と自営業者の所得捕捉率格差を放置したまま導入すれば、新たな不公平を生む結果になりかねません。
インボイス制度やキャッシュレス決済の普及、マイナンバー制度の活用など、所得把握の精度を高める取り組みと並行して、給付付き税額控除の制度設計を進めることが求められています。
参考資料:
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