勤務時間外の業務連絡に6割が拒否感、つながらない権利の現在地
はじめに
退勤後のスマートフォンに上司からのメッセージが届く。休日にチャットで業務の確認が飛んでくる。こうした「勤務時間外の業務連絡」が、多くの働く人にとって日常的なストレス要因になっていることが、複数の調査で改めて浮き彫りになりました。
マイナビが2026年2月に発表した調査によれば、20代から50代の正社員のうち70%が勤務時間外に業務連絡を受けた経験があり、64.3%が「拒否したい」と回答しています。また、パーソルキャリアが運営するJob総研の調査でも、全体の約8割が時間外に連絡を送った経験があることがわかりました。2026年に約40年ぶりの大改正が検討されている労働基準法では、「つながらない権利」のガイドライン策定が議論の俎上に載っています。本記事では、最新の調査データをもとに、日本における「つながらない権利」の現状と今後の展望を解説します。
最新調査が明かす勤務時間外連絡の実態
マイナビ調査:正社員の7割が時間外連絡を経験
マイナビが2025年12月に実施した「“つながらない権利”をめぐる個人の本音と企業の実態調査」は、2025年に転職を経験した20代から50代の正社員1,446名と企業の人事担当者1,500名を対象としたインターネット調査です。
この調査で最も注目すべき数値は、上司や部下がいる正社員のうち「社内の人から勤務時間外に業務連絡がくることがある」と回答した割合が70%に達した点です。さらに、上場企業ほどこの割合が高い傾向が見られました。連絡を受けた際に「拒否したい」と感じる人は全体の64.3%に上り、特に20代では68.1%と最も高くなっています。一方で50代は52.7%にとどまり、年代によって拒否感に差があることもわかりました。
若い世代ほどプライベートの時間を重視し、仕事との境界線を明確にしたいという意識が強いことがうかがえます。テレワークやチャットツールの普及により、時間や場所を問わず連絡が可能になった反面、「通知が気になって休めない」という声が多く寄せられています。
Job総研調査:8割が時間外に連絡を送った経験あり
パーソルキャリアが運営するJob総研は、328名の社会人を対象に「2026年 勤務時間外連絡の実態調査」を2026年2月に発表しました。この調査では、勤務時間外に職場の人へ連絡を送った経験がある人は全体の80.2%に上り、受信した経験がある人は63.8%でした。
連絡を送る時間帯としては、平日の退勤後(18時から22時)が最も多く、頻度は「週1日」が最多となっています。連絡が来ることへの「不満あり派」は48.4%でした。
興味深いのは、時間外連絡に応じた際の心理状態に関する結果です。「義務を果たしたと感じる」が38.1%で最多となり、次いで「プライベートが削られたと思う」が36.0%、「ストレスを感じる」が33.8%と続きました。また、応じなかった場合には39.0%が「一時的な業務の遅延が生じた」と回答し、38.7%が「連絡内容を見逃すことへの不安」を感じたとしています。つまり、応じても応じなくても心理的な負担が生じるという、厄介な構造が見えてきます。
「つながらない権利」をめぐる国内外の動向
海外では法制化が進む
「つながらない権利(Right to Disconnect)」は、労働者が勤務時間外に仕事関連のメールや電話などへの対応を拒否できる権利です。この概念を世界で初めて法制化したのはフランスで、2017年に施行された改正労働法において、従業員50名以上の企業に対して「つながらない権利」に関する労使協議と協約締結を義務付けました。
その後、イタリアでは2017年にスマートワーカー保護の観点から、つながらない権利を雇用契約に明記する義務を法令で定めました。ポルトガルは2021年に、企業が就業時間外の従業員に連絡することを原則として禁止し、違反企業には売上高に応じた罰金を科す法律を制定しています。
さらに2024年には、オーストラリアが労働者の「連絡遮断権」を定めた法律を施行し、規則に違反した雇用主には罰金が科されることになりました。欧州やオセアニアを中心に、つながらない権利の法制化は着実に広がっています。
日本では連合調査で7割超が「拒否したい」
日本最大の労働組合組織である連合(日本労働組合総連合会)は、2023年に18歳から59歳の有職者1,000名を対象にインターネット調査を実施しました。この調査では、雇用者の72.4%が「勤務時間外に部下・同僚・上司から業務上の連絡がくることがある」と回答しており、コロナ禍前の調査から8.2ポイント上昇しています。
テレワークの普及やビジネスチャットツールの浸透が、時間外連絡の増加に拍車をかけたとみられます。また、72.6%が「つながらない権利で勤務時間外の連絡を拒否できるならそうしたい」と回答した一方、62.4%が「今の職場では勤務時間外の連絡の拒否は難しいと思う」と答えており、権利を行使したくてもできない現実が浮き彫りになりました。
2026年労働基準法改正の焦点
2026年に予定されている労働基準法の改正は、約40年ぶりの大幅な見直しとなります。厚生労働省の「労働基準関係法制研究会」での議論を経て、改正案の策定が進められています。
この改正の検討事項のひとつとして、「勤務時間外の連絡を制限するガイドラインの策定」が挙げられています。完全な禁止ではなく、「緊急時を除き時間外の連絡を控える」「時間外の連絡に応じなかったことを理由とした不利益な人事評価を行わない」といった原則を企業の就業規則に盛り込むよう促すガイドラインが想定されています。
企業側には、管理職が時間外の業務指示を原則として控えるよう意識改革を進めることが求められます。安易な時間外連絡が従業員の休息を妨げ、安全配慮義務違反につながるリスクがあることを認識する必要があります。
注意点・今後の展望
マイナビの調査では、企業における「つながらない権利」ガイドラインの策定状況について、「なにもしていない」「対応を検討中」と回答した企業が合計で約42%に上りました。法改正の議論が進む中で、4割以上の企業が未着手であるという現状は、対応の遅れを示しています。
一方で、つながらない権利の導入には課題もあります。緊急対応が求められる業種や職種では、完全に時間外の連絡を遮断することは現実的ではありません。顧客対応やインフラ管理など、迅速な判断が求められる場面では、柔軟な運用ルールが必要です。
マイナビは調査結果について、「企業は緊急度の定義や翌営業日対応を原則とする『返信期待のルール』を明確化し、必要な連絡を適切なタイミングや手段でとるための合意と仕組みを整えることが有効だ」と指摘しています。一律の禁止ではなく、組織ごとに連絡の優先度や対応の期待値を明確にすることが、実効性のある対策といえるでしょう。
今後、労働基準法改正の具体的な内容が固まるにつれ、企業側の対応は加速するとみられます。先行する欧州やオーストラリアの事例を参考にしながら、日本の労働環境に適した仕組みづくりが求められます。
まとめ
複数の調査結果から、日本の正社員の7割が勤務時間外に業務連絡を受けており、6割以上がそれを拒否したいと感じていることが明らかになりました。フランスやオーストラリアなどでは「つながらない権利」の法制化が進んでおり、日本でも2026年の労働基準法改正に向けてガイドライン策定が検討されています。
しかし、企業の4割以上がまだ対応に着手していない現状があります。働く人の健康とワークライフバランスを守るためには、企業が主体的に時間外連絡のルールを整備し、管理職の意識改革を進めることが急務です。「つながらない権利」は単なる制度の問題ではなく、働く人の休息と尊厳を守るための重要な課題として、社会全体で取り組むべきテーマといえるでしょう。
参考資料:
- つながらない権利をめぐる個人の本音と企業の実態調査 - マイナビキャリアリサーチLab
- マイナビ「“つながらない権利”をめぐる個人の本音と企業の実態調査」プレスリリース
- Job総研『2026年 勤務時間外連絡の実態調査』
- “つながらない権利”に関する調査2023 - 連合
- つながらない権利とは?2026年労基法改正と企業の働き方改革 - 東京テレマーケティング
- 2026年労働基準法改正:知っておくべき論点と実務対応 - Wisteria Gate
- Right to Disconnect: Most Japanese Employees Get Contacted Out of Hours - Nippon.com
- つながらない権利、世界各国が法制化 日本は動きなし - 日経BizGate
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