勤務時間外の業務連絡に6割が拒否感、法整備の行方は
はじめに
スマートフォンやチャットツールの普及により、勤務時間外でも上司や同僚からの業務連絡が届くことは珍しくなくなりました。マイナビが2025年12月に実施した調査では、正社員の約7割が「勤務時間外に業務連絡を受けたことがある」と回答しています。さらに6割超がそうした連絡に対して拒否感を抱いていることも明らかになりました。一方で、「つながらない権利」に関するガイドラインの策定に着手していない企業は約4割に上り、企業側の対応の遅れが浮き彫りになっています。本記事では、複数の調査データをもとに勤務時間外連絡の実態を整理し、法改正の動向と企業が今後取るべき対策を解説します。
勤務時間外連絡の実態:複数の調査が示す深刻な現状
マイナビ調査:役職が上がるほど連絡頻度が増加
マイナビが20代から50代の正社員を対象に実施した調査によると、「社内の人から勤務時間外に業務連絡がくることがある」と回答した人は全体の約70%に達しました。特に注目すべきは役職による差です。部長職では90%が時間外連絡を受けた経験があると答えたのに対し、非管理職では56%にとどまりました。管理職ほど業務とプライベートの境界が曖昧になっている実態がうかがえます。
時間外連絡に対する受け止め方も分かれています。「通知を気にして心身ともに十分に休めていないと感じる」という拒否感を示す声が6割を超えた一方で、「業務上仕方ない」と許容する意見も一定数ありました。この結果は、時間外連絡が日本の職場文化に深く根付いていることを示しています。
企業の人事担当者に「つながらない権利」に関するガイドライン策定状況を尋ねたところ、「なにもしていない」「対応を検討中」と回答した企業が合計で約42%に上りました。法改正の議論が進む中でも、具体的な対応に踏み切れていない企業が多いことがわかります。
Job総研・スガワラくん調査:義務感で対応する労働者たち
パーソルキャリアが運営するJob総研の「2026年 勤務時間外連絡の実態調査」でも、深刻な実態が明らかになっています。全体の80.2%が勤務時間外に職場の人に連絡をした経験があり、63.8%が連絡を受けた経験を持つと回答しました。連絡を受けた時間帯は「平日夜・退勤後(18時から22時)」が89.5%と圧倒的に多く、退勤後も仕事から解放されない状況が浮かび上がります。
連絡が来る頻度は「週1日」が45.8%で最多でした。連絡に応じるかどうかの判断基準としては、「当日中の判断が必要な重要案件」が26.2%で最も多い回答となっています。応じない場合の心理的影響として「後から連絡内容が気になる」が38.7%に上り、物理的に対応しなくても精神的な負担が続くことがわかります。
株式会社スガワラくんが正社員400名を対象に実施した調査では、勤務時間外に業務連絡を「よくある」「時々ある」と答えた人が合計で約4割に達しました。さらに重要な発見として、2026年の労働基準法大規模改正について「知らない」と答えた人が53.8%と過半数を占めています。働き方に直結する法改正にもかかわらず、当事者である労働者に十分な情報が届いていない現実が明らかになりました。
「つながらない権利」をめぐる法整備と海外事例
日本の法改正動向:40年ぶりの大改正はどうなるか
「つながらない権利」とは、労働者が勤務時間外に業務に関する連絡に応じない権利のことです。メールやチャット、電話など、デジタルツールを介した業務連絡から切り離され、適切な休息時間と私生活を守るための考え方として、世界的に注目されています。
日本では、2024年12月に厚生労働省の労働基準関係法制研究会が報告書を公表しました。この報告書では、「つながらない権利」について法律での明文化ではなく、ガイドラインの策定という方針が示されています。具体的には、緊急時以外の時間外連絡を控えることや、時間外の連絡に返信しなくても人事評価で不利益な扱いをしないことなどのルールを企業に求める内容が想定されています。
2026年の労働基準法改正では、勤務間インターバル制度の義務化、連続勤務の上限規制、管理監督者の労働時間把握義務化など、7つの主要な改正が議論されてきました。しかし、2025年12月の報道によると、厚生労働省は2026年通常国会への労基法改正案の提出を見送る方針を固めたとされています。法改正のスケジュールは不透明な状況ですが、ガイドラインの策定を含む議論自体は継続しています。
なお、厚生労働省は2021年に「テレワークの適切な導入及び実施の推進のためのガイドライン」を公表しており、この中で時間外のメール対応を拒否したことを理由とする不利益な人事評価は適切ではないと明記しています。既存のガイドラインがすでに一定の方向性を示しているといえるでしょう。
海外の先行事例:フランスやオーストラリアの取り組み
海外ではすでに「つながらない権利」の法制化が進んでいます。先駆けとなったのはフランスです。2017年1月に施行された法律では、従業員50名を超える企業に対し、つながらない権利について労使で協議し、労働協約を締結することを義務づけました。従業員がデジタル機器の使用を制限し、休憩や休暇、個人の時間を確保できる仕組みの確立が求められています。
ただし、フランスの事例には課題もあります。法律に罰則が定められておらず、大部分の企業がつながらない権利に関する方針を定めていないとの指摘もあります。法律の存在だけでは職場文化を変えるのに十分ではないことを示す教訓といえます。
オーストラリアでは2024年に「連絡遮断権」を定めた法律が制定され、違反した雇用主には罰金が科されるようになりました。罰則付きの法整備という点でフランスよりも踏み込んだ内容です。欧州連合(EU)でも2021年に欧州議会がつながらない権利に関する指令案を公表しており、EU全体での法規制の動きが見られます。
日本国内では、三菱ふそうトラック・バスが2014年に長期休暇中のメール受信拒否・自動削除システムを導入した事例があります。また、ジョンソン・エンド・ジョンソンは2016年から勤務日の午後10時以降と休日の社内メール自粛を全社的に呼びかけています。法整備を待たずに独自の取り組みを進める企業も存在しています。
注意点・今後の展望
法改正の時期は不透明ですが、企業が対応を先送りにするリスクは大きくなっています。すでに複数の調査が示すように、時間外連絡は従業員のメンタルヘルスや離職意向に影響を及ぼす要因です。人材獲得競争が激化する中で、「つながらない権利」への対応は企業の魅力を左右する要素になりつつあります。
企業が今すぐ取り組めることとして、まず社内における時間外連絡の実態を把握することが挙げられます。緊急時の連絡基準を明確にし、それ以外の時間外連絡は翌営業日に対応するというルールの策定が有効です。チャットツールの通知設定やメール送信のタイマー機能など、技術的な対策も併せて検討すべきでしょう。
また、管理職への意識改革も欠かせません。部長職の90%が時間外連絡を受けているという調査結果は、管理職自身が時間外連絡の当事者であることを示しています。「すぐに返信しなくてよい」というメッセージを組織全体で共有することが、文化を変える第一歩になります。
まとめ
マイナビやJob総研など複数の調査が明らかにしたのは、日本の正社員の多くが勤務時間外の業務連絡に悩み、拒否感を抱いているという現実です。「つながらない権利」の法制化は世界的な潮流であり、日本でもガイドライン策定に向けた議論が進んでいます。法改正の施行時期は見通せない状況ですが、従業員の健康と生産性を守るために、企業は今から社内ルールの整備や管理職の意識改革に着手すべきです。「いつでもつながれる」時代だからこそ、「つながらない自由」を制度として保障することが、持続可能な働き方の実現につながるのではないでしょうか。
参考資料
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