YKKの定年廃止が示す「青銀共創」時代の働き方
はじめに
少子高齢化が進む日本で、シニア人材の活用は企業にとって避けて通れない課題です。そうした中、ファスナー大手のYKKグループが2021年度に導入した定年制度の廃止は、先駆的な事例として注目を集めています。
YKKでは定年廃止に加え、シニア世代と若手世代が協力して価値を生み出す「青銀共創」の取り組みが進んでいます。65歳を超えても現場でグローバルな人材育成に携わるベテラン社員の姿は、日本企業の新しい働き方のモデルケースです。本記事では、YKKの取り組みの詳細と、日本の企業社会への示唆を解説します。
YKKが定年廃止に踏み切った理由
経営理念「公正」との整合性
YKKが定年制度を廃止した根本的な理由は、同社の経営理念にあります。YKKは「公正」を経営理念の柱としており、人事理念として「自律と共生」を掲げています。年齢、性別、学歴、国籍にとらわれない「真に公正な人事」を追求する上で、年齢で一律に雇用を打ち切る定年制度は矛盾するという判断に至りました。
この決定は突然のものではなく、実に20年以上の準備期間を経て実現したものです。YKKグループは長年にわたり、年齢に依存しない人事制度の在り方を検討してきました。
新しい人事制度の仕組み
定年廃止後の新しい制度では、社員は会社が求める役割を果たせる限り、年齢にかかわらず働き続けることができます。具体的には、63〜64歳の時点で会社と本人が面談を行い、就労意欲や健康状態を確認した上で、役割や仕事の内容、将来の退職時期を話し合います。
YKK APの堀秀充社長は、65歳以降の働き方について「出勤は週に2〜3日でもいい。体調や家族の事情も様々だし、平日にゴルフや旅行をしたい人もいるだろう」と述べており、柔軟な勤務形態を認めています。一人ひとりが自分の「ありたい姿」を設定し、その目標に向けて学び続け行動することが求められる制度です。
「青銀共創」の実践例
グローバル人材育成を支えるベテラン社員
YKKの生産技術部門に所属する65歳の社員は、グローバルサプライチェーンを人材育成面で支える役割を担っています。富山県の主力工場を拠点に、世界70カ国・地域に散らばるグループ拠点を訪問し、駐在する中堅社員に改善手法を助言したり、海外赴任を控えた国内の若手社員を教育したりしています。
この社員は新卒入社後、延べ28年間をフランスや中国など海外の生産拠点で過ごし、執行役員まで務めた経験を持ちます。現在は無役の一担当者として、長年培った現場知識と国際経験を次世代に伝える役割に専念しています。
世代間協業がもたらす相乗効果
「青銀共創」とは、若い世代(青)とシニア世代(銀)が協力して新しい価値を創造する考え方です。単にシニアが若手に教えるという一方向的な関係ではなく、双方が学び合い、それぞれの強みを活かして組織力を高めることを目指しています。
シニア人材は豊富な経験と落ち着いた対応力を持ち、即戦力として現場を支える存在です。こうした体制を築くことで、若手人材の育成に必要な時間やリソースにも余裕が生まれ、チーム全体のバランスを保つことにもつながります。
一方で、若手社員がデジタルツールや最新技術に関する知見をシニア社員と共有することで、組織全体のデジタルリテラシー向上にも寄与しています。
日本企業のシニア雇用の現状
法制度の動向
2025年4月には高年齢者雇用安定法が改正され、65歳までの雇用確保が完全に義務化されました。さらに70歳までの就業機会確保が努力義務として課されています。70歳までの就業確保措置を実施済みの企業は3割を超えており、シニア雇用への対応は着実に進んでいます。
しかし、定年制を廃止している企業はわずか3.9%にとどまっています。多くの企業は「継続雇用制度の導入」(67.4%)や「定年の引上げ」(28.7%)で対応しており、YKKのような定年廃止は依然として先進的な取り組みです。
処遇と評価の課題
多くの企業でシニア雇用の課題となっているのが、処遇と評価の問題です。再雇用制度では、定年前と同じ業務を行っているにもかかわらず、給与が大幅に下がるケースが一般的です。これがシニア社員のモチベーション低下を招き、「お荷物」的な存在になってしまうリスクがあります。
YKKのように役割と能力に基づく評価制度を導入し、年齢に関係なく公正に処遇する仕組みは、この問題への有効な解決策の一つです。
「青銀共創」成功のポイント
役割の明確化と柔軟な働き方
世代間協業を成功させるためには、シニア人材の役割を明確に設定することが重要です。業務の範囲や責任の所在、意思決定への関与レベルを明確に定義することで、若手・中堅社員との業務のすみ分けが進みます。
同時に、柔軟な勤務形態の提供も不可欠です。健康状態や家族の事情に応じて、週の勤務日数や勤務時間を調整できる制度があれば、シニア社員が無理なく能力を発揮し続けることが可能になります。
キャリア自律の支援
YKK APでは「キャリア60」と呼ばれる研修プログラムを提供し、社員が主体的に自分のキャリアを設計できるようサポートしています。定年がないからこそ、いつまで、どのような形で働くかを自分で決める「キャリア自律」の力が求められます。
企業側は一方的に「働き続けてほしい」と押し付けるのではなく、社員一人ひとりが自分の人生設計に基づいて働き方を選択できる環境を整えることが大切です。
注意点・展望
導入にあたっての留意点
定年廃止や「青銀共創」の導入には注意すべき点もあります。健康管理やメンタルケアの充実は必須です。また、シニア社員が長く在籍することで、若手のポスト不足が生じないよう、組織設計を工夫する必要があります。
シニア人材を単なる人手不足の「穴埋め」や「つなぎ」として活用するのではなく、彼らの知見や意欲を引き出す仕組みを構築することが成功の鍵です。
今後の見通し
日本の生産年齢人口が減少を続ける中、シニア人材の活用はますます重要になります。2025年の法改正を機に、70歳までの就業確保に取り組む企業は増加傾向にあり、YKKのような定年廃止に踏み切る企業も徐々に増えていくと予想されます。
世代を超えた協働は、単に労働力不足を補うだけでなく、知識の継承や組織文化の発展にもつながります。「青銀共創」という考え方は、人口減少社会における日本企業の新たな競争力の源泉となる可能性を秘めています。
まとめ
YKKグループの定年廃止と「青銀共創」の取り組みは、日本企業が直面するシニア雇用の課題に対する一つの先進的な解答です。経営理念に基づく公正な人事制度、柔軟な働き方の提供、キャリア自律の支援という3つの柱が、世代を超えた協働を支えています。
定年制を廃止している企業はまだ全体の3.9%にすぎませんが、少子高齢化の進展とともに、年齢にとらわれない人材活用の重要性は増す一方です。YKKの事例を参考に、自社に合ったシニア人材活用の在り方を検討してみてはいかがでしょうか。
参考資料:
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