YKKの定年廃止と「青銀共創」が示す働き方
はじめに
日本の労働市場で「定年」の概念が揺らぎ始めています。2025年4月には高年齢者雇用安定法の改正により65歳までの雇用確保が完全義務化され、多くの企業がシニア人材の活用を迫られています。
こうした流れの先駆けとなったのが、ファスナーやアルミサッシの大手メーカーYKKグループです。同社は2021年に定年制度を廃止し、年齢に関係なく働き続けられる仕組みを構築しました。さらに注目すべきは、シニア社員と若手社員の協業を意味する「青銀共創」の取り組みです。65歳の社員がグローバルな人材育成を担うなど、世代を超えた知見の共有が組織に活力を与えています。
この記事では、YKKの定年廃止に至る経緯と「青銀共創」の実態、そして日本企業全体に広がるシニア活用の動きについて解説します。
YKKが定年を廃止した理由
「公正」の理念に基づく判断
YKKが定年制度を廃止した最大の理由は、同社の経営理念である「公正」にあります。年齢という基準だけで一律に退職させることは、公正な人事制度とは言えないという考え方です。この理念に基づき、年齢ではなく個人の能力と意欲を評価基準とする制度への転換を決断しました。
定年廃止に至るまでの準備期間は実に20年以上に及びます。YKKは2000年に職能資格制度から成果・実力主義の人事制度に移行し、2007年には「役割を軸とした」成果・実力主義の人事制度をさらに進化させました。給与体系を役割に基づくものに変えることで、年功序列の要素を段階的に排除していったのです。
段階的な制度改革の全容
定年廃止は突然の決断ではなく、長年の制度改革の延長線上にあります。成果・実力主義への移行により、昇格・降格の判断が年齢ではなく役割と評価に基づいて行われるようになりました。この仕組みがあったからこそ、定年という年齢の区切りを撤廃しても、組織の新陳代謝を維持できると判断されました。
在級年数と評価を組み合わせることで、昇格・登用・降格・降職という役割の見直しが運用されており、この動きは上位のポストほど活発です。つまり、定年廃止は「何歳でも働ける」ことを意味しますが、「何歳でも同じポストにいられる」ことを意味するわけではありません。
「青銀共創」の実践
65歳社員が世界70カ国で人材育成
YKKの生産技術部門に所属する65歳の社員は、グローバルサプライチェーンを人材育成の面から支えています。富山県の主力工場を拠点に、世界70カ国・地域に散らばるグループ拠点を訪問し、駐在する中堅社員に改善手法を助言したり、海外赴任を控えた若手を指導したりしています。
この社員は新卒入社後、延べ28年間をフランスや中国などの海外拠点で過ごし、2015年から2023年には執行役員まで務めました。現在は無役の一担当者として、長年蓄積した海外経験と技術知見を次世代に伝える役割を果たしています。
世代間の知見共有がもたらす価値
「青銀共創」とは、若手(青)とシニア(銀)が互いの強みを活かして協働することを指します。若手はデジタルスキルや最新の知識を持ち、シニアは長年の経験に基づく判断力やネットワークを持っています。この両者が対等な立場で協力することで、どちらか一方だけでは生み出せない価値が創造されます。
YKKのケースでは、海外拠点での実務経験という「暗黙知」が、シニア社員を通じて若手に伝承されています。マニュアルや研修だけでは伝えきれない現場の勘所や、文化的な配慮の仕方など、経験に裏打ちされた知見は、グローバル企業にとって貴重な資産です。
キャリア形成支援の充実
「キャリア60」研修の導入
YKK APでは、60歳を迎えた社員を対象に「キャリア60」研修を実施しています。2024年度にはこれらのキャリア研修に約440名が参加しました。研修では、60代以降の心身の変化を想定しながら、自分の強みを活かしてどのようなフィールドで働きたいか、そのために何を学ぶべきかを考える内容が組まれています。
同時に、60代以上の部下を持つ上司向けの研修も実施されています。世代間のギャップを認識し、多様な世代の「共創」を促進するための管理職教育は、制度を実効性あるものにするために不可欠な要素です。
定年廃止後の実績
2024年度から初めて65歳以上の社員が勤務を開始し、継続勤務を希望する人は約半数程度です。全員が残るわけではなく、自らの意思で退職を選ぶ人もいることは、「働きたい人が働ける」という制度の本来の趣旨が機能していることを示しています。
重要なのは、定年廃止が単なる雇用延長ではなく、役割に基づく処遇と組み合わされている点です。年齢に関わらず成果に応じた評価を行うことで、シニア社員のモチベーションを維持しつつ、組織全体の生産性を保つ仕組みが構築されています。
広がる定年廃止・シニア活用の動き
他企業の取り組み
YKKに続いて、定年廃止やシニア活用に踏み切る企業が増えています。中外製薬は2026年に定年制度を実質的に廃止し、60歳以降も正社員と同等の待遇で継続勤務できる制度を導入します。年齢の上限なく、担う職務に応じた処遇を受けられる環境を整備する方針です。
サントリーHDは2013年という早い段階で定年を60歳から65歳に引き上げ、トヨタ自動車も65歳以上の再雇用を拡大しています。2025年の法改正により65歳までの雇用確保が完全義務化されたことで、今後は70歳までの就業機会確保に向けた動きがさらに加速すると見られます。
法的背景と社会の変化
高年齢者雇用安定法は段階的に強化されてきました。2025年4月の改正では、希望者全員に65歳までの雇用機会を確保することが義務となりました。さらに、70歳までの就業機会確保は現時点で「努力義務」ですが、将来的な義務化も視野に入っています。
経団連も2024年に「高齢社員のさらなる活躍推進に向けて」を公表し、定年年齢の引き上げや定年廃止を視野に入れた人事制度の見直しを提言しています。少子高齢化による労働力不足が深刻化する中、シニア人材の活用は企業にとって選択肢ではなく、必然となりつつあります。
注意点・展望
定年廃止には注意すべき点もあります。年齢による区切りがなくなることで、パフォーマンスが低下した社員への対応が難しくなる可能性があります。YKKのように成果・実力主義の人事制度が確立されていなければ、高齢社員の処遇が組織の負担となるリスクもあります。
また、シニアと若手の協業がうまく機能するためには、双方のコミュニケーション能力と、互いへの敬意が不可欠です。制度を導入しただけでは「青銀共創」は実現せず、研修や職場文化の醸成といった地道な取り組みが求められます。
今後は、テレワークやフレックスタイムなど柔軟な働き方との組み合わせにより、シニア社員の健康面や体力面の変化にも対応しやすい環境が整っていくと考えられます。
まとめ
YKKグループの定年廃止は、20年以上にわたる人事制度改革の集大成です。「公正」の理念に基づき年齢による一律の退職をなくし、役割と成果に基づく評価制度と組み合わせることで、組織の新陳代謝と雇用の継続を両立させています。
65歳社員が世界70カ国で若手を育てる「青銀共創」の実践は、シニア人材がコストではなく価値を生む存在であることを示しています。中外製薬やトヨタなど他企業への広がりも踏まえると、定年廃止はこれからの日本企業にとって重要な経営戦略の一つとなりそうです。
参考資料:
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