ASML、半導体後工程に参入|キヤノン独占市場に挑戦状
はじめに
半導体製造の最終工程である「後工程(パッケージング)」市場に、露光装置世界最大手のASMLホールディング(オランダ)が本格参入しました。同社は初の後工程専用スキャナー「TWINSCAN XT:260」を出荷し、この分野をほぼ独占するキヤノンに挑戦状を叩きつけた形です。
一方、かつて前工程でキヤノンと激しく競い合ったニコンも、異なる技術方式で2026年度の量産を目指しています。AI向け半導体の需要拡大で後工程の重要性が増す中、装置メーカー間の競争が激化しています。
本記事では、後工程市場の成長要因と各社の戦略、そして今後の競争の行方を解説します。
なぜ今、後工程が注目されるのか
AI時代のパッケージング革命
半導体産業では長年、回路の微細化を進める「前工程」が技術革新の主戦場でした。しかし、AI向け半導体の高度化に伴い、複数のチップを一つのパッケージに統合する「後工程」の重要性が急速に高まっています。
NVIDIAのH100などのAIチップは、GPU本体と複数のHBM(高帯域幅メモリ)スタックを一つのパッケージに統合する「CoWoS」と呼ばれる技術を採用しています。このようなヘテロジニアス統合により、パッケージ境界を越えた通信の帯域幅とレイテンシのペナルティを解消できます。
市場規模は2030年に約900億ドルへ
先進パッケージング市場は2025年に516億ドルと評価され、年平均11.73%の成長率で2030年には898.9億ドルに達すると予測されています。熱管理、信号完全性、機械的安定性といった技術課題を解決できるかどうかが、AIシステムの市場投入時期を左右するほど、パッケージングは重要な工程となっています。
アナリストの中には「AIチップメーカーにとって、パッケージング能力へのアクセスは現金よりも価値がある」と評する声もあります。実際、NVIDIAは2025年のTSMCのCoWoS-L容量の70%以上を確保しているとされ、供給の逼迫が続いています。
ASML、後工程専用装置を投入
TWINSCAN XT:260の特徴
ASMLが2025年第3四半期に出荷を開始した「TWINSCAN XT:260」は、同社初の先進パッケージング専用リソグラフィスキャナーです。i線(波長365nm)を使用し、以下の特徴を持ちます。
まず、毎時270枚という高いスループットを実現し、既存の後工程向け装置と比較して最大4倍の生産性を達成しています。52mm×66mmという大きな露光フィールドにより、3,432平方ミリメートルのインターポーザーを処理でき、複雑なフィールドスティッチングを回避できます。
また、最大1.7mmまでの厚いウェーハや反りのあるウェーハにも対応可能です。再配線層、シリコン貫通ビア(TSV)、ハイブリッドボンディングなどの先進的な3D技術に特化した設計となっています。
ASMLの狙い
ASMLは主力のEUV露光装置の売れ行きが鈍化しており、中国市場も2026年以降は厳しくなる見通しです。後工程市場への参入は、新たな成長ドライバーを確保する戦略といえます。
同社は日本法人の人員を2026年末までに現在の約1.5倍となる約600人規模まで増やす計画で、日本市場でのプレゼンス強化も進めています。
キヤノンの牙城と対応策
後工程市場をほぼ独占
前工程のEUV市場ではASMLに大きく水をあけられたキヤノンですが、後工程では圧倒的な存在感を誇ります。先端パッケージ向けに限れば、キヤノンの世界シェアは台数ベースで100%近いとも言われています。
TSMCも、AI向けGPUなどの高度なマルチチップモジュールを製造する際にはキヤノンの露光装置に頼っている部分があるとされます。生成AI向けの先端パッケージ用露光装置の販売は、2020年から2025年の間に4倍に伸び、業績を牽引しています。
21年ぶりの新工場建設
需要拡大に対応するため、キヤノンは宇都宮市の清原工業団地に約500億円を投じて新工場を建設中です。延べ床面積約6万7500平方メートルの新工場により、生産量を現状の1.5倍に引き上げる計画です。21年ぶりの新工場建設は、同社が後工程市場の成長に大きな期待を寄せていることを示しています。
投影露光方式の優位性
キヤノンは「より大きな基板に回路を形成するスピード、生産性は投影露光の方が高い」と主張しています。投影露光方式は、マスク(回路パターンの原版)を通して光を照射し、縮小投影する手法で、高速処理に適しています。
ニコンも別方式で参戦
デジタル露光で差別化
かつて前工程でキヤノンと激しく競い合ったニコンも、後工程市場への参入を表明しました。2025年7月から新型露光装置の受注を開始し、2026年度の量産を目指しています。
注目すべきは、ニコンがキヤノンとは異なる「デジタル露光(ダイレクト露光)」方式を採用したことです。マスクを使わずに直接パターンを描画する手法で、大型基板への露光も可能にします。
ニコンは得意とするフラットパネルディスプレー(FPD)で培った複数投影レンズの制御技術を活かし、線幅1マイクロメートルの高解像度で微細な回路作成を実現するとしています。
他社も続々参入
後工程市場の拡大を受け、他社も参入を加速しています。ウシオ電機は米アプライドマテリアルと提携し、2026年3月期末までに製品投入を予定しています。前工程の洗浄装置大手SCREENホールディングスも新製品の発売を計画しており、オーク製作所も先端パッケージ市場への注力を強めています。
技術的課題と今後の展望
共通の課題
各社が直面する共通の課題として、基板の大型化に伴う「そり」や「ひずみ」の問題があります。基板が大きくなるほど微細な回路形成が難しくなり、この技術課題をどの企業が先に解決できるかが競争の鍵を握ります。
また、パッケージングコストは従来のCPUの5〜8%程度から、先進パッケージでは半導体の総製造材料費の15〜20%にまで上昇しています。コスト効率の改善も重要なテーマです。
日本勢の巻き返しなるか
1995年には露光装置市場でニコンとキヤノンの日本勢が77.6%のシェアを誇っていましたが、2023年にはASMLが94.2%を独占する一方、ニコン3.1%、キヤノン2.8%まで低下しました。
しかし、後工程という新たな戦場では状況が異なります。キヤノンが先行優位を確立し、ニコンも独自技術で追随を図っています。AI時代の半導体製造において、日本勢が存在感を発揮できるかどうか、注目が集まっています。
まとめ
ASMLの後工程市場参入により、半導体製造装置業界の競争構図が変化しつつあります。AI需要の拡大で急成長する先端パッケージ市場をめぐり、キヤノン、ASML、ニコンの三つ巴の競争が本格化します。
各社の技術方式や戦略は異なりますが、共通しているのはAI時代における後工程の重要性への認識です。TSMCやIntelといった大手ファウンドリの需要を取り込むため、装置メーカー間の開発競争は今後一層激しくなるでしょう。
投資家や業界関係者にとっては、各社の技術開発動向と市場シェアの推移を注視することが重要です。
参考資料:
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