キヤノン御手洗会長に学ぶ技術経営、3年見極め5年で判断の哲学
はじめに
キヤノン会長兼社長CEOの御手洗冨士夫氏が、日本経済新聞「私の履歴書」で技術開発と経営判断の哲学を語っています。「どんな技術でも、まず3年で見極める。迷ったら、2年延長して5年で判断する。そのときも迷っていたら、やめる」という明確なルールは、多くの経営者や技術者に示唆を与えるものです。
御手洗氏は「選択と集中」を実践し、液晶ディスプレイやパソコン事業から撤退する一方、デジタルカメラやプリンターに経営資源を集中させ、デジカメでは世界ナンバーワンを達成しました。
本記事では、御手洗氏の経営哲学と技術評価の方法、そして「選択と集中」の実践から学べる教訓について解説します。
御手洗冨士夫氏の経営者としての歩み
米国で培った経営哲学
御手洗氏は1961年にキヤノンに入社し、1966年から米国法人に赴任。1979年から10年間、キヤノンU.S.A.の社長を務めました。米国勤務は通算23年間に及び、この経験が合理的経営の基盤となりました。
米国での経験から、キャッシュフロー経営の重要性や「選択と集中」の考え方を身につけ、それを日本のキヤノン経営に持ち込みました。
第6代社長就任と経営改革
1995年、第5代社長の急逝を受けて第6代社長に就任しました。就任時、キヤノンは8,400億円を超える負債を抱えていましたが、これを事実上完済し、日本有数のキャッシュフローを持つ企業に変貌させました。
社長在任中に連結売上高は1.5倍、営業利益は2.6倍に拡大。売上高営業利益率は15.5%と、欧米の有力企業に引けを取らない水準に達しました。デフレ不況の中で純利益3期連続過去最高を達成し、2003年には米ビジネスウィーク誌「世界の経営者25人」に選出されています。
技術開発の見極め方
3年・5年ルール
御手洗氏の技術評価には明確なルールがあります。「どんな技術でも、まず3年で見極める。迷ったら、2年延長して5年で判断する。そのときも迷っていたら、やめる」というものです。
このルールの背景には、技術開発は無限に続けるものではなく、事業化の可能性を冷静に評価すべきという考えがあります。研究者や技術者は自分のテーマに愛着を持ちますが、経営判断としては期限を区切って評価することが重要です。
「利益優先主義」と「全体最適」の両立
御手洗氏は、技術力の維持と「利益優先主義」「全体最適」を両立させることを重視しています。優れた技術であっても、事業として収益を生み出せなければ継続する意味がありません。
一方で、短期的な利益だけを追求すると、将来の成長の芽を摘んでしまう危険もあります。3年・5年という期間は、技術の可能性を十分に検証しつつ、経営資源の無駄遣いを防ぐバランスの取れた基準といえます。
配転組との協働
御手洗氏は「私の履歴書」で、デジタルカメラ事業で「配転組」の技術者たちと協力して事業を立て直した経験を語っています。撤退した事業から移ってきた技術者たちの知識や経験を、新しい事業で活かすことの重要性を説いています。
「貴重な人材と知識、生かしきる」という姿勢は、事業撤退を単なる「切り捨て」ではなく、経営資源の再配分として捉える視点です。
「選択と集中」の実践
撤退した事業
御手洗氏の下でキヤノンは、液晶ディスプレイ、光ディスク、パーソナルコンピュータなど複数の事業から撤退しました。特にパソコン事業は20年にわたる実績があり、社内からの反発は激しいものでした。幹部や技術者の中には「命をかけてやってきた」と涙ながらに訴える者もいたといいます。
しかし、御手洗氏は市場環境と自社の競争力を冷静に分析し、撤退を決断しました。撤退した場合と撤退しなかった場合の、市場や自社の財務、社員のモチベーション、技術資産などを細かく比較検討した上での判断でした。
集中した事業
撤退で得た経営資源は、利益率の高いプリンター、デジタルカメラ、半導体製造装置に集中投資されました。特にインクやカートリッジなどオフィス機器とデジタルカメラに注力し、デジカメでは世界ナンバーワンの地位を獲得しました。
この「選択と集中」は、単に不採算事業を切り捨てるのではなく、将来の成長分野に経営資源を振り向ける積極的な戦略でした。
能動的撤退という考え方
学術研究では、キヤノンの戦略を「能動的撤退(Active Withdrawal)」と呼んでいます。従来の撤退戦略が衰退事業からの撤退を想定していたのに対し、御手洗氏の戦略は将来の事業構想のために積極的に事業ポートフォリオを調整するものでした。
経営環境の変化に先んじて事業を入れ替えることで、企業全体の競争力を維持・向上させるアプローチです。
現在のキヤノンと今後の展望
戦略的大転換
キヤノンは2021年より新5カ年計画を開始し、「戦略的大転換」を推進しています。主力事業の市場成熟化を見越し、商業印刷、ネットワークカメラ、メディカル、産業機器という4つの新規事業を核としたBtoBビジネス中心の事業ポートフォリオへの転換を進めています。
デジタルカメラの需要減少に対応し、スマートフォンとの競争が激しい市場から、より付加価値の高いBtoB分野へとシフトする戦略です。
中国工場撤退の決断
2025年には32年間続いた中国でのデジタルカメラ生産拠点を閉鎖しました。「スマートフォンの高性能化により、コンパクトデジタルカメラの需要が大幅に減少。生産体制の見直しが必要になった」という判断でした。
この撤退でも、現地従業員への手厚い補償が話題となり、「地元を大切にする企業DNA」として称賛されました。
経営者が学ぶべき教訓
期限を区切った評価
技術開発や新規事業には、明確な評価期間を設けることが重要です。「いつか成功する」という曖昧な期待ではなく、3年・5年といった具体的な期限で可能性を判断する姿勢が、経営資源の有効活用につながります。
撤退を恐れない勇気
事業撤退は「敗北」ではなく、「選択」です。将来性のある分野に経営資源を集中するために、現在の事業から撤退する判断は、経営者にとって最も難しい決断の一つですが、企業の持続的成長には不可欠です。
人材と知識の活用
撤退した事業の技術者や知見を、新しい事業で活かすことが重要です。「配転組」を単なる余剰人員としてではなく、貴重な経営資源として捉える視点が、組織全体の能力向上につながります。
まとめ
御手洗冨士夫氏の「3年で見極め、5年で判断」という技術評価のルールは、シンプルながら経営の本質を突いています。技術への愛着と経営判断のバランスを取り、「選択と集中」を実践することで、キヤノンは世界的な競争力を獲得しました。
現在のキヤノンは「戦略的大転換」の途上にあり、BtoBビジネスへのシフトを進めています。御手洗氏が築いた経営哲学は、変化する市場環境の中で企業が持続的に成長するための指針となっています。
技術を持つ多くの日本企業にとって、御手洗氏の経験と哲学は、これからの経営を考える上で貴重な参考となるでしょう。
参考資料:
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