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by nicoxz

出口治明氏が示す「先例なき挑戦」の軌跡と教訓

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はじめに

出口治明氏は、日本のビジネス界において「先例なき挑戦」を体現してきた人物として知られています。日本生命で30年以上のキャリアを積んだ後、58歳で退職し、60歳でライフネット生命保険を創業。その後、70歳で立命館アジア太平洋大学(APU)の学長に就任するという、異例のキャリアを歩んできました。

さらに2021年には脳出血を発症し、右半身麻痺と失語症という重い後遺症を負いながらも、わずか1年でAPU学長として復帰を果たしました。本記事では、出口氏の「先例なき挑戦」の軌跡を振り返り、そこから得られる教訓について解説します。

還暦起業という先例なき決断

日本生命での34年間

出口治明氏は1948年、三重県に生まれました。京都大学法学部を卒業後、1972年に日本生命保険相互会社に入社しています。同社では経営企画を担当し、企画部や財務企画部に所属。生命保険協会では財務企画委員の初代委員長として、金融制度改革や保険業法の改正に携わりました。

ロンドン現地法人社長、国際業務部長などの要職を歴任し、生命保険業界の最前線で活躍してきました。しかし、2006年に58歳で日本生命を退職するという決断を下します。

戦後初の独立系生保を創業

出口氏が起業を決意した背景には、日本の生命保険業界に対する問題意識がありました。日本は世界有数の市場規模を持っていたにもかかわらず、業界内の透明性や自由度は海外の先進国と比較して遅れていたのです。

「保険料を半分にして安心して赤ちゃんを産める社会を創りたい」という思いから、出口氏は60歳にしてゼロから保険会社をつくることを決心しました。営業費用を下げるにはインターネットの活用が有効であるという持論のもと、オンライン専業の生命保険会社という新しいビジネスモデルを構想します。

2006年に生命保険準備会社を設立し、2008年にライフネット生命保険として生命保険業免許を取得。これは戦後初となる独立系生命保険会社の誕生でした。実に74年ぶりの出来事です。

パートナー選びの妙

出口氏の起業における特筆すべき点は、パートナーの選び方にあります。自身が保険業界に詳しい年配者であることを認識したうえで、「保険業界のことを知らない若い人」をパートナーの条件として挙げました。

その結果、30代の岩瀬大輔氏を副社長に迎えることになります。真逆の特性を持つパートナーと組むことで、ダイバーシティを実現し、既存の業界常識にとらわれない発想を生み出すことに成功しました。

70歳での学長就任という新たな挑戦

APU学長への転身

ライフネット生命を上場企業にまで成長させた後、出口氏は2017年に取締役を退任します。そして2018年1月、70歳にして立命館アジア太平洋大学(APU)の学長に就任するという、またしても先例のない挑戦に乗り出しました。

APUは大分県別府市に位置し、世界各国から留学生を受け入れる国際色豊かな大学です。ビジネスの世界から教育の世界へ、そして東京から地方へという大きな転換でしたが、出口氏は「面白いことが書かれていれば、まずは会ってみる」という自身の習慣に従い、この機会を受け入れました。

歴史から学ぶリーダーシップ論

出口氏は学長として、独自のリーダーシップ論を展開しています。その核心にあるのは「歴史から学ぶ」という姿勢です。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」というビスマルクの言葉を引用し、書籍から学べるものの多さを強調しています。新しい技術やビジネスモデルが出てきていても、人間そのものに大きな変化はない。だからこそ、過去の事例から学ぶことに意味があると説いています。

リーダーシップを学ぶためには、生きたリーダーの歴史を学ぶのが一番わかりやすいとも述べています。「こんな人がいて、こんなことをやったんだ」というロールモデルを見つけることが、自身のリーダーシップ形成につながるという考え方です。

脳出血からの復活という最大の挑戦

突然の発症

2021年1月9日、出口氏は福岡のホテルで脳出血を発症しました。亡き母の四十九日の法要のため、大分から故郷の三重へ向かう途中のことでした。

左側の脳が障害を受けたため、右半身麻痺と重度の失語症という後遺症が残りました。聞いたことは理解できるものの、話そうとすると思うように言葉が出てこない状態でした。

「3秒で受け入れた」という姿勢

同年代で脳卒中を発症した人のほとんどは、施設に入るか自宅で療養するかの選択を迫られます。しかし出口氏は、仕事への復帰を目標に掲げました。

「起きたことは仕方がない。だから受け入れるのにかかったのは3秒」と出口氏は語っています。この言葉には、長年にわたる「先例なき挑戦」を続けてきた氏の姿勢が凝縮されています。

復職を目指した理由の一つには、APUの学生たちへの思いがありました。新型コロナウイルスの感染防止対策による入国規制で来日できなくなった学生や、経済的に困窮する学生が多く出ていたため、「一刻も早く学生の抱える問題を解決したい」という強い思いが原動力となりました。

1年での復帰実現

福岡市内の病院で1カ月入院した後、東京都内のリハビリテーション専門病院に転院し、本格的なリハビリが始まりました。主治医のほか理学療法士、作業療法士、言語聴覚士などの専門家たちに支えられながら、出口氏は懸命にリハビリに取り組みます。

その結果、2022年3月にAPU学長としてカムバックを果たしました。電動車椅子で生活しながらも、一人で電車に乗り移動できるまでに回復。さらには大分県別府市で単身赴任生活を送れるほどまでになりました。

この経験は『復活への底力』(講談社現代新書、2022年)という書籍にまとめられ、多くの人々に勇気を与えています。

出口治明氏から学ぶ3つの教訓

年齢は挑戦の障壁にならない

出口氏のキャリアは、年齢が挑戦の障壁にならないことを示しています。60歳での起業、70歳での学長就任、73歳での脳卒中からの復帰。いずれも「もう遅い」と諦める年齢で成し遂げた偉業です。

「何歳になっても好きなことを勉強して、チャレンジをし続けて、人生を楽しむべき」という出口氏の言葉は、高齢化社会において重要な示唆を与えています。

多様性が革新を生む

ライフネット生命の創業において、出口氏は自分とは正反対の特性を持つパートナーを選びました。この多様性の追求が、既存の業界常識を打ち破る革新につながりました。

組織やプロジェクトにおいて、同質性を求めるのではなく、あえて異質な要素を取り入れることの重要性を教えてくれます。

歴史と教養が判断の基盤になる

出口氏は世界1200都市以上を訪問し、1万冊以上の本を読破した「知の巨人」として知られています。毎日の全ての判断に歴史・哲学の読書が役立ったと語っており、幅広い教養がビジネスや人生における意思決定の基盤になることを示しています。

まとめ

出口治明氏の「先例なき挑戦」は、還暦起業から脳卒中克服まで、常に困難に立ち向かう姿勢に貫かれています。その根底にあるのは、歴史から学ぶ姿勢、多様性を重んじる考え方、そして年齢にとらわれない挑戦心です。

変化の激しい現代において、出口氏の生き方は多くの示唆を与えてくれます。「起きたことは仕方がない」と受け入れ、そこから前に進む姿勢は、不確実な時代を生きる私たちにとって大きな指針となるでしょう。

参考資料:

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