ドンキが挑む「若返り」α世代への布石と危機感
はじめに
「うちの娘はドンキには行きません」——この言葉に、ドン・キホーテの経営陣は衝撃を受けました。かつて若者文化の象徴だった「ドンキ」が、新世代から見放されつつあるという現実。33期連続増収増益を続ける優良企業が、なぜ今「若返り」を急ぐのでしょうか。
ドン・キホーテを運営するパン・パシフィック・インターナショナルホールディングス(PPIH)は、2010年以降に生まれた「α世代」への本格的なアプローチを開始しています。同時に、急成長するトライアルホールディングスなど新興勢力の攻勢にも備えなければなりません。
本記事では、ドンキが直面する「若者離れ」の実態と、その打開策として展開する新戦略について詳しく解説します。
「若者の店」神話の崩壊
深刻化する世代間ギャップ
ドン・キホーテは1989年の創業以来、「驚安の殿堂」として若者を中心に支持を集めてきました。深夜営業、圧縮陳列、宝探し感覚の買い物体験——これらの要素が10代・20代の心をつかみ、独自の地位を築いてきたのです。
しかし、創業から35年以上が経過し、状況は変わりつつあります。PPIHのマーケティング戦略本部長は「小中学生が買いたい物がない」という声を認め、「若者とつながろうという議論から、α世代にも今アプローチをかけているところだ」と述べています。
かつてのコア顧客層は年齢を重ね、ファミリー層やシニア層へと移行しました。一方で、新たな若者世代の獲得が思うように進んでいないのです。
変化する若者の消費行動
α世代(2010年〜2024年頃生まれ)は、生まれたときからスマートフォンやSNSが身近にある「真のデジタルネイティブ」です。彼らの消費行動は、上の世代とは根本的に異なります。
α世代の特徴として、「モノ」より「コト(体験)」を重視する傾向があります。また、「コスパ」だけでなく「タイパ(タイムパフォーマンス)」を重要視し、効率的な買い物を好みます。さらに、SDGsやエシカル消費への関心が高く、社会課題に敏感な世代でもあります。
従来のドンキの強みであった「宝探し感覚」の圧縮陳列は、効率を重視するα世代にとっては「探すのが面倒」と映る可能性があります。この世代間ギャップが、ドンキの危機感の根底にあります。
若返り戦略の全貌
新業態「キラキラドンキ」の展開
PPIHは2022年5月、Z世代を意識した新業態「キラキラドンキ」を立ち上げました。カラーコンタクトや韓国コスメ、SNSで人気の出た商品の品揃えを大幅に強化した店舗です。
キラキラドンキは急速に拡大を続けています。2025年6月には宇都宮に「県内初出店、駅直結の商業施設に新たなZ世代の聖地誕生」と銘打って出店。同年11月には海老名ビナウォーク店もオープンしました。
この業態では、韓国発の人気カラコンブランド「カンナロゼ」や「オーレンズ」、NewJeansやLE SSERAFIMのメンバーがイメージモデルを務める商品など、SNSで話題のアイテムを積極的に取り扱っています。
α世代向けコラボ商品の開発
商品開発面でも、α世代へのアプローチが進んでいます。2025年4月には、女子中学生に人気のティーン誌「nicola」と香水メーカー「エンジェルハート」とのコラボレーションで「青春エモフレグランス」を発売。Z〜α世代1,200人の声から生まれた商品として話題を集めました。
また、韓国コスメの品揃えも大幅に強化しています。TIRTIR(ティルティル)、CLIO(クリオ)、rom&nd(ロムアンド)、魔女工場など、SNSで話題のブランドを積極的に導入。ドン・キホーテは今や「コスパコスメの聖地」とも呼ばれるようになっています。
エンタメ企業との連携
2025年4月、PPIHはカラオケチェーン「まねきねこ」を展開するコシダカホールディングスと業務提携を締結しました。まねきねこの店舗でPPIHのポイントが貯まるQRコードを表示したり、ドンキのアプリ会員にまねきねこで使えるクーポンを配布するなど、「エンタメ共生圏」の構築を目指しています。
PPIHは「ライフタイムバリューの観点から、お金を使ってくれる若者とつながることは大切だ」としており、小売の枠を超えた若者囲い込み策を展開しています。
多様化する業態戦略
「食品強化型ドンキ」の新展開
若者向け施策だけでなく、PPIHは幅広い顧客層を取り込むための業態多様化も進めています。2026年6月期下期からは、新業態「食品強化型ドンキ」をスタート。ピアゴの業態転換から始め、2035年6月期までに200〜300店舗の展開を目指しています。
物価高で家計防衛意識が高まる中、食品分野の強化は重要な成長戦略です。従来の「安さ一辺倒」のイメージを覆し、高級和牛など生鮮品で付加価値を打ち出す動きも見られます。
その他の新業態
PPIHは顧客セグメントに応じた多様な業態を展開しています。
MEGAドン・キホーテは、通路が広く家族連れや高齢者も買い物しやすい総合スーパー型店舗です。従来のドンキの「圧縮陳列」とは異なるアプローチで、幅広い世代に対応しています。
キャンパスドンキは、大学構内に出店する小型店舗です。2025年7月に大阪電気通信大学にオープンした店舗は、初の無人店舗形態を採用。学生の利便性を追求しています。
**Re:Price(リプライス)**は、30〜50代女性をターゲットにした新業態です。「美容・健康・タイパの驚安商品」に特化し、2025年12月に熊谷で1号店をオープンしました。
台頭する競合勢力
トライアルホールディングスの急成長
ドンキが警戒する競合の筆頭が、福岡発のトライアルホールディングスです。「EDLP(Every Day Low Price)」と「EDLC(Every Day Low Cost)」を徹底した店舗運営で急成長を遂げ、小売業界内では「近くに出店されたら困る店」と恐れられています。
2024年に東京証券取引所グロース市場に上場したトライアルHDは、2024年6月期の売上高が7,179億円、営業利益192億円を記録。さらに2025年3月には西友を総額約3,800億円で子会社化し、連結売上高は1兆2,873億円に達しました。
この買収は業界を驚かせました。当初はイオンかPPIHが買い手と見られていましたが、トライアルが両社を押しのけて西友を獲得したのです。
経営効率での優位性
トライアルはキャッシュ・コンバージョン・サイクル(CCC)においてドンキを大きく上回る効率性を示しています。利益率ではドンキに劣るものの、資金効率の高さで急成長を支えているのです。
テクノロジー活用にも積極的で、「テクノロジーと、人の経験知で、世界のリアルコマースを変える」というビジョンを掲げています。店舗DXの推進は、効率を重視するα世代への訴求力にもつながる可能性があります。
新経営体制と今後の展望
40代トップへの世代交代
2025年9月、PPIHは大きな経営体制の刷新を行いました。吉田直樹社長(60)が退任し、経営戦略本部長の森屋秀樹専務執行役員(47)が社長に昇格。事業子会社ドン・キホーテの社長には、鈴木康介専務執行役員(48)が就任しました。
両氏は2000年入社の同期。鈴木新社長は「アグレッシブに挑戦し続ける」と宣言し、「当社の伸び代は狭小商圏。そこにフォーカスした業態、たとえば食品スーパーなどにはポテンシャルがある」と具体的な方針を示しています。
中期経営計画「Double Impact 2035」
PPIHは2025年8月に発表した中期経営計画「Double Impact 2035」で、2035年6月期までの10年間で企業規模を倍増させる目標を掲げています。連結売上高4兆2,000億円、営業利益3,300億円という野心的な数字です。
2026年6月期単年でも設備投資額750億円以上を計画。その内訳はディスカウントストア事業約332億円、UNY事業約89億円、海外事業約56億円、IT投資約200億円などとなっています。
特にIT投資への注力は、デジタルネイティブであるα世代への対応強化を示唆しています。
まとめ
ドン・キホーテは、33期連続増収増益という輝かしい実績の裏で、「若者離れ」という構造的な課題に直面しています。かつての「若者の聖地」が、新世代から「買いたい物がない店」と見られつつある現実は深刻です。
PPIHの対応は多角的です。キラキラドンキによるZ世代・α世代の取り込み、韓国コスメやSNS映え商品の品揃え強化、エンタメ企業との連携によるエコシステム構築。さらに、食品強化型など多様な業態で幅広い顧客層をカバーする戦略を進めています。
一方で、トライアルホールディングスの急成長という外部脅威も無視できません。西友買収で規模を拡大したトライアルは、ドンキの牙城を脅かす存在になりつつあります。
40代の新経営陣のもと、ドンキは「アンチエイジング」を成功させられるのか。2025年に20億人に達するとされるα世代の取り込みは、小売業界全体の課題でもあります。その行方に注目が集まります。
参考資料:
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