欧州版「軽EV」規格M1Eが始動、ルノーに追い風
はじめに
欧州連合(EU)の欧州委員会が、全長4.2メートル以下の小型電気自動車(EV)を対象とした新カテゴリー「M1E」の創設を打ち出しました。日本の軽自動車制度を参考にしたこの構想は、EU域内で生産される小型EVに補助金や税制優遇などのインセンティブを与えるものです。
注目すべきは、この規格がフランス・ルノーの提言をほぼそのまま反映した内容になっている点です。一方で、ともに働きかけてきたステランティス(プジョー、シトロエン、フィアットなどの親会社)にとっては、必ずしも有利な内容とはなっていません。
この記事では、M1Eカテゴリーの具体的な中身と、欧州自動車メーカーへの影響を解説します。
M1Eカテゴリーの詳細
規格の定義と要件
M1Eは、既存の乗用車カテゴリー「M1」のサブカテゴリーとして新設されます。主な要件は以下の通りです。
車両全長は4.2メートル以下と定められました。日本の軽自動車規格(全長3.4メートル以下)と比べるとかなり大きく、実質的には欧州の「Bセグメント」と呼ばれるコンパクトカーの多くが該当します。完全な電気自動車であること、そしてEU27カ国のいずれかで組み立てられていることが条件です。
スーパークレジットの仕組み
M1Eの最大の特典は「スーパークレジット」制度です。M1E認定車両は、CO2排出規制の計算において1台を1.3台分としてカウントされます。つまり、メーカーは小型EVを販売することで、排出規制の達成に30%のボーナスを得られるのです。
これは2025年から強化されたEUのCO2規制において、メーカーの罰金リスクを軽減する重要な手段となります。欧州委員会は「スーパークレジットにより、これらの車両の価格引き下げにも間接的な効果が期待できる」としています。
10年間の規格安定性
欧州委員会は、M1Eカテゴリーの技術要件を10年間変更しない方針を明示しています。これは自動車メーカーにとって極めて重要なポイントです。車両開発には5年以上の期間を要するため、規格が頻繁に変わると投資判断が困難になります。10年間の安定性が保証されることで、メーカーは安心して小型EV専用プラットフォームの開発に投資できます。
ルノーとステランティスの明暗
ルノーに有利な規格設計
M1Eカテゴリーの全長4.2メートルという基準は、ルノーのラインナップにぴったり合致しています。ルノー5(全長3.9メートル)、ルノー4(全長4.1メートル)、そして2026年発売予定の新型トゥインゴ(全長約3.7メートル)のいずれもがこの規格に収まります。
ルノーはもともと、欧州版「軽自動車」カテゴリーの創設を積極的に提言してきました。結果として、最終的な規格がルノーの提言内容とほぼ一致したことは、同社のロビー活動の成果といえます。新型トゥインゴは2万ユーロ(約320万円)未満という価格設定を目指しており、M1Eのスーパークレジットが価格競争力をさらに後押しする可能性があります。
ステランティスの課題
ステランティスもルノーとともにM1Eの創設を働きかけてきましたが、恩恵の面では差が生じています。シトロエンe-C3やフィアット500eはM1Eの要件を満たすものの、主力車種であるプジョーe-208は現行モデルの全長が4.05メートルで適合するものの、次世代モデルの「STLA Small」プラットフォームへの移行が2026年末以降となる見込みです。
また、ステランティスは生産拠点の再編も課題です。EU域内での組み立てが要件となるため、コスト削減のためにEU域外に生産を移す選択肢が制限されます。
中国EVへの対抗策としての意義
欧州市場を守る防波堤
M1Eカテゴリー創設の背景には、中国製EVの急速な台頭があります。BYDをはじめとする中国メーカーは、低価格な小型EVで欧州市場への進出を加速させています。EU域内生産を要件とすることで、中国で組み立てられたEVはM1Eの恩恵を受けられません。
たとえば、BMWグループ傘下のMini CooperやAcemanは中国で生産されているため、M1Eカテゴリーから除外されます。韓国で生産されるヒョンデ・インスターも対象外です。一方、スロバキアで生産されるKia EV2は適合します。
10〜20%のコスト削減目標
欧州委員会は、M1Eカテゴリーの車両について「サイズ・重量・モーター出力の最適化により、10〜20%のコスト削減を実現する」ことを目標に掲げています。小型EVの価格を1万5,000〜2万ユーロ(約240万〜320万円)の範囲に収めることで、ガソリン車からの乗り換えを促進する狙いです。
各加盟国は、M1Eの統一定義をもとに独自の補助金、税制優遇、駐車料金の割引、優先レーンへのアクセスなどのインセンティブを設計できます。
注意点・展望
欧州議会の承認が必要
M1Eカテゴリーの創設は欧州委員会の提案段階であり、正式な導入には欧州議会の承認が必要です。審議の過程で要件が変更される可能性もあります。特に、全長の上限や生産地要件をめぐっては、メーカー間の利害が対立する部分があり、議論が続く見込みです。
日本メーカーへの影響
日本の軽自動車を参考にした規格ではありますが、日本メーカーにとっての恩恵は限定的です。トヨタやホンダの欧州向け小型EVは現時点で少なく、EU域内に生産拠点を持つ日産(ルノーとのアライアンス)が比較的有利な立場にあります。
EV普及への効果
M1Eが実際にEV普及を加速させるかは、価格次第です。スーパークレジットによるメーカーへのインセンティブが消費者価格の引き下げにつながるかが鍵となります。
まとめ
EUの新カテゴリー「M1E」は、欧州版「軽EV」として小型EVの普及と域内生産の保護を同時に目指す政策です。ルノーは提言どおりの規格が実現し、ラインナップの大半が適合するという理想的な展開を迎えています。
一方でステランティスは、主力車種の世代交代のタイミングや生産拠点の問題から、ルノーほどの即効的な恩恵は見込みにくい状況です。今後は欧州議会での審議の行方と、各メーカーの小型EV戦略の展開に注目が集まります。
参考資料:
- 欧州版「軽自動車」規格 新M1Eカテゴリー導入決定 - AUTOCAR JAPAN
- The EU’s New Small Electric Car Category Comes With ‘Super Credits’ - Motor1
- The details behind the EU’s proposed small EV category, M1E - Electric Drives
- EU small-car rules: Why the U-turn favors Renault over Stellantis - Automotive News
- 欧州に「軽自動車」規格導入? - AUTOCAR JAPAN
- 日本の軽EVを欧州導入? EUが検討する「E-car」カテゴリー - Response
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