マツキヨココカラ、M&Aで売上1.3兆円へ。地域戦略の転換
はじめに
マツキヨココカラ&カンパニーの松本清雄社長が、2031年3月期の連結売上高を1兆3000億円以上とする野心的な目標を掲げました。注目すべきは、この目標達成において、M&A(合併・買収)による「仲間作り」を明確に位置づけている点です。
松本社長は日本経済新聞のインタビューで「地域で強い地盤を持ついくつかの企業を固め、エリアを強化する方法もある」と語り、これまでの大型統合から地域密着型企業との提携へと戦略を転換する意向を示しました。売上高1兆円を突破した同社が、次なる成長ステージでどのような戦略を展開するのか、ドラッグストア業界全体の再編にも大きな影響を与える動きとして注目されています。
本記事では、マツキヨココカラの成長戦略、M&Aの方向性、そしてドラッグストア業界が直面する構造的課題について解説します。
マツキヨココカラの成長軌跡
2021年の大型統合
マツキヨココカラ&カンパニーは、2021年10月1日にマツモトキヨシホールディングスとココカラファインの経営統合により誕生しました。この統合は、売上高約1兆円、店舗数約3000という業界最大規模のドラッグストアチェーンを生み出し、日本の小売業界における再編事例として大きな注目を集めました。
統合の狙いは、規模の経済によるコスト削減、商品調達力の強化、物流網の最適化、そしてデジタル戦略への共同投資でした。実際、統合後の業績は好調で、2026年3月期の純利益は5年連続で過去最高を更新する見込みです。
売上高1兆円突破の意味
2025年3月期(令和7年3月期)、マツキヨココカラは売上高1兆616億円を達成し、前年比3.8%増と堅調な成長を示しました。ドラッグストア業界で売上高1兆円を突破する企業は限られており、この達成は業界での圧倒的な地位を象徴しています。
特に注目されるのは、化粧品や日用品などの高付加価値商品が売上を牽引している点です。調剤併設型店舗の拡大により医薬品売上も伸びており、「美と健康のトータルサポート」というコンセプトが浸透しつつあります。
また、同社はインバウンド(訪日観光客)需要の恩恵も受けています。東京や大阪などの主要都市の店舗では、化粧品や日用品を大量購入する外国人観光客の姿が目立ち、売上の重要な柱となっています。
2031年目標と新たなM&A戦略
1兆3000億円という高い目標
マツキヨココカラは、2025年5月9日に発表した中期経営計画(2026〜2031年度)で、2031年3月期に連結売上高1兆3000億円以上を達成する目標を掲げました。現在の売上高約1兆円から3割増となるこの目標は、既存店舗の成長だけでは達成が困難です。
このため、松本社長は「M&Aによる増収分をプラスアルファと位置づける」と明言しています。つまり、有機的成長とM&Aによる外部成長を組み合わせる二段構えの戦略です。
同時に、EBITDA(利払い・税引き・減価償却前利益)マージン13%以上、ROE(自己資本利益率)12%以上という収益性目標も設定されており、単なる規模拡大ではなく、利益率の向上も重視しています。
地域密着型企業との提携へ
松本社長の発言で最も注目されるのは、M&A戦略の方向性です。「地域で強い地盤を持ついくつかの企業を固め、エリアを強化する方法もある」という言葉は、これまでの大型統合から、中堅・中小のドラッグストアチェーンとの提携へと軸足を移す意向を示しています。
この戦略には明確な理由があります。全国展開する大手チェーンは既に限られており、残された成長機会は地域に根ざした中堅企業の取り込みです。これらの企業は地域での知名度が高く、顧客との信頼関係も確立されているため、買収後の店舗運営がスムーズに進む可能性が高いのです。
ドミナント戦略の深化
ドラッグストア業界では、特定地域に集中して店舗を展開する「ドミナント戦略」が一般的です。一定エリア内に複数店舗を配置することで、物流効率の向上、広告宣伝費の削減、他社の参入障壁構築などのメリットが得られます。
マツキヨココカラは、地域密着型企業とのM&Aによって、このドミナント戦略をさらに強化しようとしています。例えば、東北地方で強い企業、九州で強い企業といった形で、エリアごとの盟主を傘下に収めることで、全国ネットワークを構築する狙いです。
ドラッグストア業界の構造的課題
市場規模の拡大と競争激化
日本のドラッグストア業界の市場規模は、2023年時点で約8兆3438億円に達し、過去20年で倍増しました。高齢化社会の進展により、医薬品や健康関連商品への需要は今後も堅調と予想されています。
しかし、市場拡大の一方で競争も激化しています。ドラッグストア同士の競合に加え、コンビニエンスストア、食品スーパー、ネット通販との競争も激しくなっています。特にAmazonや楽天などのEC事業者が医薬品や日用品の取り扱いを拡大しており、価格競争が厳しくなっています。
薬剤師不足という深刻な問題
ドラッグストア業界が直面する最大の課題の一つが、薬剤師不足です。調剤併設型店舗の増加により、各社は薬剤師の確保に奔走していますが、薬剤師養成数は限られており、争奪戦が繰り広げられています。
人材確保のため、薬剤師の給与は上昇傾向にあり、人件費が経営を圧迫しています。M&Aにより規模を拡大すれば、薬剤師の配置を最適化し、効率的な人材活用が可能になるという期待もあります。
好立地の減少と出店余地の縮小
ドラッグストアの出店競争は既に飽和状態に近づいています。駅前や住宅地の好立地にはほぼ店舗が埋まっており、新規出店の余地が限られています。
この状況で成長を続けるには、既存店舗の収益力向上か、M&Aによる他社店舗の取り込みしかありません。マツキヨココカラがM&Aを重視する背景には、こうした構造的制約があります。
業界再編の動向と主要プレーヤー
ウエルシア・ツルハ連合の動き
マツキヨココカラの最大のライバルは、ウエルシアホールディングスとツルハホールディングスの連合です。両社は2024年に業務提携を発表し、共同仕入れやシステム統合を進めています。
ウエルシアは店舗数で業界トップを誇り、全国に約3000店舗を展開しています。ツルハは北海道や東北地方で強い地盤を持ち、両社が手を組むことで、マツキヨココカラに匹敵する規模となります。
この「ウエルシア・ツルハ連合」の発足は、マツキヨココカラがM&A戦略を「再起動」する直接的なきっかけとなったと指摘されています。業界トップの座を守るためには、さらなる規模拡大が不可欠なのです。
地方中小チェーンの選択
一方、地方の中小ドラッグストアチェーンは厳しい状況に置かれています。大手との価格競争に苦しみ、薬剤師確保も難しく、デジタル投資の余力もありません。多くの企業が、大手傘下に入ることで生き残りを図っています。
実際、近年のM&A事例を見ると、ウエルシアが沖縄のふく薬品を子会社化、マツキヨがケイポートを買収など、大手による地方企業の取り込みが活発化しています。
地方中小チェーンにとって、独立を維持するか、大手の傘下に入るかは経営判断の岐路です。大手に買収されれば資金力や商品調達力を活用できる一方、独自性や地域との結びつきが失われる懸念もあります。
今後の展望と課題
OMO戦略の重要性
マツキヨココカラは、OMO(Online Merges with Offline、オンラインとオフラインの融合)戦略にも力を入れています。スマートフォンアプリを活用したポイントプログラム、ネットで注文して店舗で受け取るサービス、オンライン相談など、デジタルと実店舗を組み合わせた顧客体験を提供しています。
同社は「顧客接点1.6億人」というデータ資産を活用し、パーソナライズされたマーケティングを展開しています。このデジタル戦略の強化が、競合他社との差別化につながると期待されています。
海外展開の可能性
中期経営計画では、ASEAN地域での事業拡大も目標に掲げられています。タイやベトナムなど、経済成長が続く東南アジア諸国では、中間層の拡大により健康・美容への関心が高まっています。
日本式のドラッグストアモデルを輸出することで、新たな成長機会を掴めるかもしれません。ただし、海外展開にはローカル企業との競争、規制への対応、文化的違いへの適応など、多くの課題もあります。
持続可能性への対応
ESG(環境・社会・ガバナンス)への取り組みも、企業価値向上の鍵となります。プラスチック削減、再生可能エネルギーの利用、地域社会への貢献など、持続可能な経営が求められています。
マツキヨココカラは中期経営計画で「サステナブル経営」を柱の一つに掲げており、環境配慮型商品の開発や店舗運営の効率化を進めています。
まとめ
マツキヨココカラ&カンパニーが掲げる2031年3月期売上高1兆3000億円という目標は、単なる数字の上積みではなく、ドラッグストア業界の構造的変化を象徴しています。大型統合から地域密着型企業とのM&Aへという戦略転換は、業界再編の新たなフェーズを予感させます。
松本清雄社長のリーダーシップのもと、同社は「仲間作り」というキーワードで、全国各地の優良企業を傘下に収めていくでしょう。その過程で、地域に根ざしたドラッグストアの良さを残しつつ、大手の資本力や経営ノウハウを注入するという難しいバランスが求められます。
ウエルシア・ツルハ連合との競争、EC事業者との戦い、薬剤師不足への対応、デジタル変革の推進——多くの課題が待ち受けていますが、業界のリーディングカンパニーとして、マツキヨココカラの挑戦は日本の小売業全体に示唆を与えるものとなるでしょう。
2031年に向けた6年間の戦略が、どのような成果を生み出すのか。ドラッグストア業界の未来を占う上で、同社の動向から目が離せません。
参考資料:
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