Research

Research

by nicoxz

大阪万博パビリオン工事費未払い問題の実態と背景

by nicoxz
URLをコピーしました

はじめに

2025年の大阪・関西万博は2500万人超の来場者を集め、入場料収入やグッズ売上を含む運営費1160億円は黒字で終了しました。華やかな成功の裏で、深刻な問題が置き去りにされています。海外パビリオンの建設を担った日本の下請け業者が、工事代金の未払いに苦しんでいるのです。

被害は11カ国のパビリオンに及び、未払い総額は約20億円に達すると報じられています。開幕に間に合わせるため昼夜を問わず工事を進めた業者たちが、なぜ代金を受け取れないのか。その背景には、外資系元請け企業との契約トラブル、図面変更による追加工事、そして日本の建設業界特有の商慣習が複雑に絡み合っています。

本記事では、この未払い問題の全容と、被害を受けた企業の現状、そして問題解決を阻む構造的な要因について解説します。

未払い問題の全体像

被害の規模と影響を受けたパビリオン

大阪・関西万博の海外パビリオン建設では、少なくとも11カ国で工事代金の未払いが発生しています。被害を受けたパビリオンは、セルビア、ドイツ、マルタ、ルーマニア、中国、アンゴラ、ネパール、アメリカ、インド、ポーランド、ウズベキスタンと広範囲に及びます。

被害者の会の発表によると、工事代金の未払いを訴える企業は約30社に上り、被害総額は約20億円(約1300万ドル)とされています。これらの企業の多くは中小規模の建設会社であり、未払いによる経営危機に直面しています。

主要な訴訟事例

最も注目を集めているのが、フランス系イベント企業「GLイベンツ」の日本法人「GL Events Japan」を相手取った訴訟です。GLイベンツはセルビア、ドイツ、マルタ、ルーマニアの4カ国のパビリオンで元請けを担当しましたが、いずれも下請け業者から未払いを訴えられています。

大阪市の建設会社「レゴ」は2025年8月、セルビア館とドイツ館の工事に関して、GL Events Japanに対し計3億2844万円の支払いを求めて東京地方裁判所に提訴しました。内訳はセルビア館で約2億3000万円、ドイツ館で約9400万円の未払いがあると主張しています。

マルタ館では、内外装工事の1次下請けを担った京都市の建設会社が2025年6月にGL社を提訴し、約1億1800万円の支払いを請求しました。ルーマニア館でも大阪市の建設会社「誠和建設」が約1億2500万円の未払いを訴えています。

未払いが発生した背景

図面の不備と度重なる変更

未払い問題の根本には、工事開始時点での準備不足がありました。被害を受けた建設業者の証言によると、「誰も指示をしてくれない。図面が出てこない。確認しても返事がこない」という状況が常態化していました。

レゴの事例では、セルビア館の工事で契約時に提供された図面と、GL社の現場担当者が持っていた図面の内容が異なっていました。レゴは契約時の図面に基づいて工事の準備を進めていたため、着工後に想定外の作業が発生したといいます。ドイツ館でも契約後に図面変更がありましたが、レゴには共有されず、着工後に判明しました。

ルーマニア館の建設に携わった業者も「図面はいいかげんで、工事が始まってからも変更だらけ。全部で100カ所ぐらいあった」と証言しています。現場では「まともな図面がなく、材料の発注も一から」という状況で、「『これで良いか』と確認して工事しても『イメージが違う、やり直し』の繰り返しだった」とされています。

口頭契約と追加工事の問題

工事代金未払いが起きているパビリオンに共通するのは、追加や変更の工事が契約書なしの口頭の約束で実施されたことです。開幕が迫る中、書面での契約締結を待つ時間がなく、現場では次々と口頭で追加工事が発注されました。

レゴの訴訟では、当初の受注金額がセルビア館4億9500万円、ドイツ館約1億3100万円だったのに対し、追加工事を含めた最終的な請求額はセルビア館約8億563万円、ドイツ館5億1112万円に膨れ上がりました。しかし、追加工事については口頭での承諾のみで、契約書など書面でのやり取りはなかったといいます。

日本と外資系企業の商慣習の違い

問題を複雑にしたのが、日本の建設業界に根付いた「口約束でも工事を進める慣習」と、グローバル企業の厳格な契約文化とのギャップです。日本の建設現場では、急ぎの追加工事を口頭で依頼し、後から書面を整えることが珍しくありません。しかし、外資系企業は書面にない作業への支払いを認めない姿勢を取ることがあります。

GL社は裁判所への答弁書で「担当した工事をほとんど完成させなかったので第三者に発注して工事を完成させることを余儀なくされた」として、原告側の求める費用の支払い義務がないと主張しています。一方、下請け業者側は「開幕に間に合わせるために昼夜問わず工事を完成させた」と反論しており、主張は真っ向から対立しています。

被害企業の窮状

経営危機に追い込まれる中小企業

未払い問題は、下請け業者の経営を直撃しています。マルタ館の建設工事を請け負った会社の社長は記者会見で「未払いの大きさは、我々のような中小企業が自社で乗り越えられる金額ではない。土地を売ったり、車を売ったり、差し出せるものは差し出して今まで耐えてきた」と窮状を訴えました。

この会社では未払いにより資金繰りが苦しくなり、20人いた従業員は半分に減少しました。中国館の下請けに入った奈良市の男性も6000万円の未払いを訴え、「社会保険料や税金の納付を待ってもらっており、いつ倒れてもおかしくない」と吐露しています。

レゴの辻本敬吉社長も「会社は資金繰りができず家賃も払えない一方で、2次下請け(18社)からは毎日のように支払いを催促されている」と述べています。

連鎖倒産の危険

問題は1次下請けにとどまりません。アメリカ館では、3次下請けとして工事に携わった千葉県の男性が2800万円の未払いを訴えています。2次下請けの会社(東京都足立区)は2025年5月に東京地裁から破産手続き開始決定を受けました。このように、下位の下請け企業だけでなく、孫受け、ひ孫受け業者が連鎖倒産するリスクが生じています。

過酷だった現場の実態

被害企業は金銭的な損失だけでなく、過酷な工事現場を経験しています。マルタ館を担当した会社の社長は「開幕に間に合うよう、昼夜問わず工事を進めた。1日が48時間、72時間にも感じ、幻覚を見る日もあった。地獄のような現場だった」と証言しています。

また、「4月の開幕に間に合わせるため、24時間体制で働き、半年はかかる工事を2カ月で仕上げた。裏切られた思いだ」という声もあります。国家プロジェクトの成功のために過労死レベルの労働を強いられながら、代金が支払われないという理不尽な状況に、業者たちは憤りを隠せません。

行政・関係機関の対応

「民民の問題」として静観する姿勢

万博協会や大阪府は「民間企業同士の契約に直接は介入できない」というスタンスを取り、積極的な介入を避けています。吉村大阪府知事は被害者からの資金繰り支援要請に対し「民民の問題」と応じていません。

国、大阪府、万博協会はいずれも「万博工事だからと言って、特別な救済制度は設けられない」との立場を取っています。国家プロジェクトで起きた巨額の工事代金トラブルにもかかわらず、関係者がそろって「うちの責任ではない」と主張する構図が続いています。

建設業法違反の指摘

一方で、国会では問題が取り上げられ、国土交通省は「元請けが合理的理由なく一方的に変更契約を行わない行為は建設業法19条の2に違反する」と明確に答弁しました。また「追加工事費用を下請けに負担させることも同法19条の3に違反する恐れがある」とも回答しています。

全国商工団体連合会(全商連)は東京都都市整備局に対し、万博未払い問題の解決を求める要請を複数回行っています。しかし、具体的な解決には至っていません。

今後の見通しと教訓

訴訟の行方

現在、複数の訴訟が東京地方裁判所で係争中です。GL社は4カ国すべてのパビリオンで訴訟を抱えており、判決の行方が注目されています。ルーマニア館については、GL社側から債務不存在確認訴訟が提起されるという異例の展開も見せています。

裁判では、口頭で合意された追加工事の有効性、図面変更に伴う費用負担の責任、工事完成の認定などが争点となる見込みです。

GLイベンツの今後の事業への懸念

GLイベンツ社は2026年9月開催の第20回アジア競技大会・愛知、名古屋大会で、競技会場設営と運営業務の委託契約を630億円で受注しています。万博での未払い問題を受けて、同大会でも同様の問題が発生する可能性を懸念する声が上がっています。

国際イベントにおける契約管理の重要性

今回の問題は、国際イベントにおける契約管理の重要性を浮き彫りにしました。特に海外企業が元請けとなる場合、日本の商慣習に頼らず、追加工事や変更についても書面での契約を徹底することが不可欠です。また、発注者である万博協会や参加国が、元請け企業の信用調査や支払い能力の確認をより厳格に行う必要があったとの指摘もあります。

まとめ

大阪・関西万博の成功の陰で、海外パビリオンの建設を担った日本の中小企業が深刻な未払い問題に苦しんでいます。被害総額は約20億円、被害企業は約30社に上り、倒産や連鎖倒産の危機に直面している会社も少なくありません。

問題の背景には、図面の不備、度重なる変更、口頭契約による追加工事、そして日本と外資系企業の商慣習の違いがあります。しかし、国家プロジェクトとして推進された万博において、行政が「民民の問題」として介入を避ける姿勢には批判の声も上がっています。

今後、同様の国際イベントを開催する際には、契約管理の徹底、元請け企業の審査強化、そして問題発生時の救済スキームの整備が求められます。華やかなイベントの成功と、それを支える企業の保護が両立できる仕組みづくりが、日本の課題として残されています。

参考資料:

関連記事

最新ニュース