2026年度の年金1.9%増額も実質目減り、その仕組みを解説
はじめに
厚生労働省は2026年1月23日、2026年度の公的年金支給額を発表しました。国民共通の基礎年金は前年度比1.9%増、会社員らが加入する厚生年金の報酬比例部分は2.0%増となり、4年連続のプラス改定となりました。
しかし、年金財政を安定させるための「マクロ経済スライド」が4年連続で発動され、物価上昇率(3.2%)を下回る改定にとどまっています。名目では増額となる一方、実質的な購買力は目減りするという複雑な状況です。
本記事では、年金額改定の仕組みとマクロ経済スライドの詳細、そして今後の年金制度の見通しについて解説します。
2026年度の年金額改定の詳細
具体的な年金額
2026年度の老齢基礎年金(国民年金)の満額は、月額7万625円(年額約84万7500円)となる見込みです。2025年度から月額1,317円の増額となります。
厚生年金については、モデル世帯(夫婦2人分の老齢基礎年金を含む標準的な金額)で月額23万7396円(年額約285万円)となり、前年度から月額4,612円増加します。
サラリーマンだった男性の年金額は、前年度比3,336円増の月17万6793円。主に専業主婦だった女性は1,439円増の月7万8249円となります。なお、増額された年金が実際に振り込まれるのは、6月15日支給分(4月分・5月分)からです。
改定率の算出根拠
年金額の改定率は、物価変動率と賃金変動率を基に計算されます。2025年(暦年)の物価上昇率は3.2%、過去3年度分の平均をとった名目手取り賃金変動率は2.1%でした。
現行制度では、67歳以下に適用される改定率は賃金変動率、68歳以上は賃金変動率と物価変動率のうち低い方を基準とします。今回は賃金変動率が物価上昇率を下回ったため、賃金に連動した改定となりました。
国民年金保険料も上昇
2026年度の国民年金保険料は月額1万7920円となり、前年度から410円増加します。物価上昇の中、保険料負担も増える形となっています。
マクロ経済スライドの仕組み
導入の背景と目的
マクロ経済スライドは2004年の年金制度改革で導入された仕組みです。少子高齢化が急速に進む中、「保険料負担がどこまで上昇するかわからない」という懸念に対応するため、給付と負担のバランスを自動的に調整する制度として設計されました。
厚生年金の保険料率は収入の18.3%で固定されており、この範囲内で年金財政をやり繰りできるよう、給付水準を段階的に調整していく役割を担っています。
調整率の計算方法
マクロ経済スライドの調整率は、「公的年金全体の被保険者の減少率の実績」と「平均余命の伸びを勘案した一定率(0.3%)」を合計して算出されます。
2026年度の場合、本来なら賃金上昇率(2.1%)に連動して年金が増額されるところ、マクロ経済スライドによる調整(▲0.2%〜0.4%)が適用され、最終的な改定率は1.9%となりました。
名目下限措置とキャリーオーバー制度
マクロ経済スライドには「名目下限措置」があり、年金の支給額が前年を下回らないよう発動されます。物価や賃金の伸びが小さいときは部分的な発動となり、賃金が下落して年金支給額も減るような場合は見送りになります。
2018年度からは「キャリーオーバー制度」が導入され、発動が見送られた分を翌年度以降に持ち越して調整できるようになりました。これにより、将来世代の給付水準確保と世代間の公平性維持を図っています。
調整終了の見通し
マクロ経済スライドによる調整は、年金財政が安定した時点で終了します。調整終了時には、標準的な年金受給世帯が受け取る年金額は現役世帯の手取り年収の約5割(所得代替率50%)になると見込まれています。
4年連続の「実質目減り」が意味すること
物価上昇に追いつかない年金
2026年度の年金改定率1.9%に対し、物価上昇率は3.2%です。つまり、名目では年金が増えても、実際に購入できるモノやサービスの量は減少します。これが「実質目減り」と呼ばれる現象です。
この傾向は4年連続で続いています。2023年度以降、物価が大きく上昇する中でマクロ経済スライドが毎年発動され、年金の実質価値は徐々に低下しています。
将来の所得代替率
2024年の財政検証によると、過去30年の経済状況が続くと仮定した場合、基礎年金の給付水準は2057年に実質3割減となる見通しです。2024年度の所得代替率61.2%(基礎年金部分36.2%、報酬比例部分25.0%)のうち、基礎年金部分は調整が終わる2057年度には10.7ポイント下がると予測されています。
一方、報酬比例部分(厚生年金の2階部分)については、2027年度以降はマクロ経済スライドを適用しなくても済むと試算されており、基礎年金と厚生年金で給付水準の乖離が広がる見込みです。
年金制度改革の動向
基礎年金底上げ案の成立
2025年6月、年金制度改正法が成立しました。この改正では、厚生年金の積立金を活用して基礎年金の給付水準を底上げする仕組みが導入されます。
具体的には、次の財政検証(2029年予定)で基礎年金の給付水準低下が見込まれる場合、厚生年金の積立金と増額した国庫負担を基礎年金に充当し、マクロ経済スライドの調整を早期に終了させる措置を講じます。
底上げ措置の効果
厚労省によると、厚生年金の積立金(2023年度末時点で243兆円)を基礎年金に活用した場合、給付水準は2036年度に56.2%となり、うち基礎年金部分は33.2%で約3割改善します。マクロ経済スライドによる抑制は2036年度で終わるため、以降は給付水準が下げ止まる見込みです。
この措置により、62歳以下の男性・66歳以下の女性は、生涯に受け取る年金総額が増える見込みです。38歳以下では、一部の高所得者を除き99.9%の人が受給総額増加の恩恵を受けるとされています。
追加財源の課題
給付水準を改善するためには追加の国庫負担が必要です。2040年度には5000億円、2070年度には2兆6000億円の財源が必要と試算されており、法案には安定財源の確保を政府に義務付ける規定が盛り込まれました。
財源確保の具体策は今後の議論に委ねられており、税制改革や社会保険料の見直しなどが検討課題となっています。
注意点と今後の展望
年金だけに頼らない老後設計
マクロ経済スライドにより、年金の実質価値は今後も緩やかに低下していく見通しです。公的年金は老後の生活を支える重要な柱ですが、それだけに依存した老後設計にはリスクがあります。
iDeCo(個人型確定拠出年金)やNISA(少額投資非課税制度)などの私的年金・資産形成制度を活用し、公的年金を補完する準備を進めることが重要です。
制度改正の動向に注目
2029年の次回財政検証に向けて、基礎年金底上げの具体的な運用方法や追加財源の確保策が議論されます。また、被用者保険の適用拡大(パート・アルバイトへの厚生年金適用範囲拡大)も段階的に進んでおり、年金制度は今後も変化を続けます。
自身の年金見込額は「ねんきん定期便」や「ねんきんネット」で確認できます。定期的にチェックし、老後の収支計画に反映させることをお勧めします。
まとめ
2026年度の年金額は、基礎年金1.9%増、厚生年金2.0%増と4年連続のプラス改定となりました。しかし、マクロ経済スライドの発動により物価上昇率(3.2%)を下回る改定にとどまり、実質的な購買力は目減りしています。
この仕組みは年金財政の安定化に必要な措置ですが、現在の受給者にとっては厳しい面があります。一方、2025年に成立した年金制度改正法により、将来世代については基礎年金の底上げ措置が講じられる見通しです。
年金制度を正しく理解し、公的年金に加えて私的な資産形成も組み合わせた老後設計を検討することが、これからの時代には重要といえるでしょう。
参考資料:
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