薬剤師が薬の削減判断可能に、6月から新制度
はじめに
厚生労働省は2026年6月から、飲み忘れや飲み残しがある患者への投薬量を、薬剤師の判断で減らしやすくする制度を導入します。従来は医師への確認(疑義照会)が原則必要でしたが、新制度では一定の条件下で薬剤師が自らの判断で投薬量を調整できるようになります。
薬剤費は国民医療費の約2割、年間約10兆円に上ります。高齢化に伴い処方量が増加する一方、飲み残しや飲み忘れによる「残薬」は年間数千億円規模の無駄を生んでいます。
この記事では、新制度の内容と背景、残薬問題の実態、そして医療現場への影響について詳しく解説します。
新制度の概要
薬剤師の権限拡大
2026年6月から始まる新制度では、薬剤師が残薬を確認した際に、医師への疑義照会を省略して投薬量を調整できるようになります。これまでは、処方箋の内容を変更する場合、薬剤師は必ず処方医に確認を取る必要がありました。
新制度では、患者の手元に飲み残しがあることを薬剤師が確認した場合、その分を差し引いた量の薬を調剤することが可能になります。医師への事後報告は必要ですが、調剤の都度確認を取る手間が省けます。
診療報酬改定との連動
2026年度の診療報酬改定では、関連する加算制度も見直されます。従来の「重複投薬・相互作用等防止加算」は「残薬調整(20点)」と「薬学的有害事象等防止(40点)」に分離されます。
残薬調整に対しても点数が付くことで、薬局が積極的に残薬の確認と調整を行うインセンティブが生まれます。ただし、6日分以下の調整の場合はレセプトへのコメント記載が必要となるなど、事務作業の増加も懸念されています。
深刻な残薬問題
年間数千億円の無駄
日本における残薬の規模は、年間約8,700億円に上ると推計されています。厚生労働省の研究では、3カ月間の残薬額が約2,187億円と算出されており、これを単純に年間換算した数字です。
残薬が発生する主な原因は、飲み忘れ、患者による自己判断での服用中止、受診日と処方日数のずれです。特に高齢者では、複数の医療機関を受診することで同じ効能の薬が重複して処方されるケースも少なくありません。
薬剤師介入による削減効果
薬剤師が積極的に残薬の確認と調整を行うことで、大きな医療費削減効果が見込まれます。ある研究では、全国の薬局で残薬対策を実施すれば、年間6,523億円の医療費削減が可能と試算されています。
東北6県の保険薬局44店舗での調査では、1店舗あたり月平均16,361円の医療費削減効果が確認されました。これを全国約59,600店舗に適用すると、年間117億円の削減効果に相当します。
残薬対策の歴史
残薬問題への対策は2012年度から本格化しました。薬剤師が患者の手元にある残薬を確認し、「本来もらうべき薬の数」から「余っている薬の数」を差し引いて調剤する「残薬調整」の仕組みが導入されたのです。
ただし、これまでは原則として医師への確認が必要でした。今回の制度変更で、薬剤師の裁量が広がることになります。
高齢者と多剤服用問題
ポリファーマシーとは
残薬問題と密接に関連するのが「ポリファーマシー」です。これは、多くの薬を服用することで有害事象が発生するリスクが高まっている状態を指します。
65歳以上の高齢者は総人口の約3割を占めるまでになりました。75歳以上の外来患者の約4割が5種類以上の薬を服用しており、4人に1人は7種類以上の薬が処方されているとの報告もあります。
多剤服用のリスク
日本老年医学会の「高齢者の安全な薬物療法ガイドライン2025」では、5〜6種類以上の薬の併用を多剤併用の目安としています。研究によると、6種類以上の薬を服用すると有害事象のリスクが有意に高まり、5種類以上で転倒リスクも増加します。
高齢者は肝臓や腎臓の機能が低下しているため、薬の代謝・排泄能力が若年者より劣ります。そのため、薬の相互作用や副作用が出やすく、多剤服用のリスクがより深刻になります。
多剤服用が起きる背景
高齢になると、高血圧、糖尿病、骨粗しょう症など複数の慢性疾患を抱えることが増えます。それぞれの専門医を受診すると、各医師が自分の専門分野の薬を処方し、結果として薬の種類が増えてしまうのです。
また、症状が改善しても薬が継続されたままになるケースや、副作用を抑えるために別の薬が追加される「処方カスケード」も問題視されています。
薬剤師の役割の変化
疑義照会の重要性
薬剤師には、処方箋の内容に疑問点があれば医師に確認する「疑義照会」が法律で義務付けられています。薬剤師法第24条では、疑わしい点を確かめた後でなければ調剤してはならないと定められています。
疑義照会には、処方箋の記載不備を確認する「形式的疑義照会」と、薬学的な観点から処方内容をチェックする「薬学的疑義照会」があります。後者では、薬の重複や相互作用、患者の状態に対する禁忌などを確認します。
新制度での役割拡大
今回の制度変更により、薬剤師の専門性を活かす場面が広がります。残薬の調整だけでなく、患者の服薬状況を把握し、適切な薬物療法を支援する役割がより重要になります。
ただし、これは薬剤師の責任も増すことを意味します。患者の状態を適切に評価し、医師との情報共有を密にすることが求められます。機械的に薬の量を減らすのではなく、患者の治療効果を損なわない範囲での調整が必要です。
かかりつけ薬局の重要性
複数の医療機関を受診する高齢者にとって、「かかりつけ薬局」を持つことの重要性が高まっています。一つの薬局で服用中の薬を一元管理することで、重複投薬や相互作用のリスクを減らすことができます。
かかりつけ薬剤師は、患者の生活習慣や服薬状況を継続的に把握し、必要に応じて処方医への提案も行います。新制度のもとでは、こうした薬剤師の機能がより発揮されることが期待されます。
医療費削減への期待と課題
期待される効果
新制度により、残薬の削減を通じた医療費の抑制が期待されます。患者にとっても、不要な薬代の支払いが減り、薬の管理が楽になるメリットがあります。
また、薬剤師が積極的に患者の服薬状況に関わることで、ポリファーマシーの早期発見にもつながります。医師、薬剤師、患者の三者が協力して、適切な薬物療法を実現する土台が整います。
制度運用上の課題
一方で、いくつかの課題も指摘されています。薬剤師が残薬調整を行った場合、その情報を処方医に確実に伝える仕組みが必要です。情報共有が不十分だと、治療効果の評価に支障が出る可能性があります。
また、薬剤師の判断に対する責任の所在も明確にする必要があります。残薬調整を行った結果、患者の状態が悪化した場合の対応など、ガイドラインの整備が求められます。
多職種連携の重要性
効果的な残薬対策には、医師、薬剤師、看護師、介護職など多職種の連携が不可欠です。特に在宅医療の現場では、訪問薬剤師が患者の服薬状況を直接確認し、医療チームと情報を共有することが重要になります。
ポリファーマシー対策においても、「薬を減らす」ことを目的化するのではなく、患者の全身状態を総合的に評価した上で、優先順位をつけて処方を見直すことが推奨されています。
まとめ
2026年6月からの新制度は、薬剤師の専門性を活かして残薬問題に取り組むための重要な一歩です。年間数千億円とも言われる残薬の削減を通じて、膨らむ医療費の抑制に貢献することが期待されます。
高齢化が進む日本では、適切な薬物療法の実現がますます重要になります。医師と薬剤師が協力し、患者一人ひとりの状態に合わせた投薬を行う体制づくりが求められます。
患者自身も、かかりつけ薬局を決めて服用中の薬を一元管理することや、飲み残しがあれば薬剤師に相談することを心がけましょう。医療費の適正化は、制度の変更だけでなく、私たち一人ひとりの意識と行動にもかかっています。
参考資料:
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