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by nicoxz

企業の3割が退職給付引き上げを検討する理由と背景

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はじめに

退職一時金や企業年金といった退職給付の引き上げを検討する企業が増加しています。三井住友信託銀行が実施した調査によると、退職給付制度を持つ企業のうち約27.3%が「見直しを検討している」と回答しました。

背景には、人材を資本と捉えて能力を最大限引き出す「人的資本経営」の浸透があります。賃上げの動きが広がる中、現役時代だけでなく退職後の待遇改善にも目が向けられるようになっています。

本記事では、企業が退職給付制度の見直しに動く理由と、制度変更が従業員や労働市場に与える影響を解説します。

退職給付制度の現状

約75%の企業が退職給付制度を導入

厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によると、退職給付制度を設けている企業の割合は74.9%に達しています。企業規模が大きいほど導入率は高く、従業員1,000人以上の企業では90.1%が何らかの退職給付制度を持っています。

退職給付には大きく分けて「退職一時金」と「退職年金」の2つがあります。退職一時金は退職時に一括で支払われる金銭で、退職年金は退職後に分割して受け取る形式です。多くの企業がこの2つを組み合わせた制度を採用しています。

退職金の平均額は減少傾向にあった

近年まで、退職金の平均額は減少傾向にありました。厚生労働省の就労条件総合調査によると、大卒者の定年時退職金は2008年の平均2,280万円から2018年には1,788万円へと、10年間で約500万円も減少しています。

この背景には、企業の財務負担軽減や人事制度の変化がありました。しかし、人材獲得競争の激化により、この流れに変化の兆しが見えています。

退職給付引き上げの背景

人的資本経営の浸透

退職給付見直しの大きな要因として、「人的資本経営」の考え方の浸透があります。人的資本経営とは、従業員を「コスト」ではなく「資本」として捉え、その価値を最大限に引き出すことで中長期的な企業価値向上につなげる経営手法です。

2023年度から有価証券報告書における人的資本開示が義務化されたことで、企業は自社の人材への投資状況を対外的に示す必要が生じました。退職給付制度の充実は、従業員を大切にする企業姿勢を示す重要な指標の一つとなっています。

人材獲得競争の激化

少子高齢化による生産年齢人口の減少で、人材獲得競争は年々激しさを増しています。退職金制度の有無や内容は、求職者が企業を選ぶ際の重要な判断材料となっています。

マイナビの2025年卒調査によると、大手企業の選考参加の決め手として「福利厚生が手厚い」を挙げた学生は51.5%に達しています。さらに63.4%の学生が給与や仕事内容と同程度に福利厚生を重視しているという結果も出ています。

退職給付を含む福利厚生の充実は、優秀な人材を惹きつけ、定着させるための有効な施策として認識されるようになっています。

従業員エンゲージメントの向上

退職給付制度の充実は、既存従業員のエンゲージメント向上にも寄与します。福利厚生が充実しているとエンゲージメントが「向上する」または「やや向上する」と回答した人は全体の78%に上ります。

退職金は基本的に勤続年数が長いほど高額になるため、従業員が長く働こうとするモチベーションの維持にもつながります。人材流出を防ぐ観点からも、退職給付制度の見直しは重要なテーマとなっています。

企業年金制度の動向

確定拠出年金(DC)へのシフト

近年、企業の退職給付制度は確定給付企業年金(DB)から確定拠出年金(DC)へと移行する傾向が強まっています。企業型DCの導入企業数は年々増加しており、従業員のニーズと企業経営の両面からメリットがあることが背景にあります。

確定拠出年金は企業が掛け金を拠出し、運用は従業員自身が行う制度です。従来の退職金制度と比べて運用の自由度が高く、企業にとっては将来の給付額が確定しているため財務負担の予測がしやすいというメリットがあります。

また、転職時に積み立てた資産を持ち運べる「ポータビリティ」があるため、従業員にとっても安心して積み立てられる制度として評価されています。

2025年・2026年の制度改正

2025年6月に成立した年金改正法により、企業年金を取り巻く環境にも変化が生じています。

まず、iDeCo(個人型確定拠出年金)の加入年齢上限が65歳から70歳へと引き上げられました。これにより、より長い期間での資産形成が可能となります。

また、企業型DCのマッチング拠出(従業員が自己負担で上乗せ拠出する仕組み)の要件緩和が2026年4月から施行される予定です。さらに拠出限度額の引き上げも2027年からの実現が目指されています。

一方で、2026年1月からは退職金とiDeCo等の一時金を併用する際の退職所得控除ルールが厳格化されます。いわゆる「5年ルール」が「10年ルール」に変更され、税制上の恩恵を受けるための期間が長くなります。

制度見直しのポイント

見直しのタイミング

退職金制度を見直すべきタイミングとしては、以下のケースが挙げられます。

まず、総人件費の再検討を行う時です。賃上げと合わせて退職給付も見直すことで、従業員への総合的な待遇改善を図れます。

次に、人事制度の再構築を行う時です。特に年功序列型から能力・実績連動型の制度へ移行する場合、退職金制度も合わせて見直すことで一貫性のある制度設計が可能となります。

また、退職者が増加するなど従業員満足度が低下している時や、採用が困難になっている時も見直しの好機です。

制度変更時の注意点

退職金制度の変更、特に減額を伴う変更は「労働条件の不利益変更」に該当します。このため、基本的に従業員から個別に同意を得る必要があります。

また、労働組合がある企業では労働組合との協議が必要となります。労働組合がない場合でも、労働者の代表からの合意を得た上で変更を進める必要があります。

引き上げの場合は不利益変更には該当しませんが、制度の趣旨や変更内容について十分な説明を行い、従業員の理解を得ることが重要です。

中小企業の対応策

中小企業退職金共済の活用

退職金制度の導入率は企業規模が小さいほど低い傾向にあります。従業員300人未満の企業における企業年金・iDeCo+の導入率はわずか5%にとどまっています。

中小企業向けには、国が運営する「中小企業退職金共済制度(中退共)」があります。掛け金の一部に国からの助成が受けられるため、導入コストを抑えながら退職金制度を整備できます。

段階的な制度導入

一度に充実した制度を導入することが難しい場合は、段階的な導入も選択肢となります。まずは基本的な退職一時金制度を整備し、業績に応じて給付水準を引き上げていく方法です。

また、確定拠出年金を活用し、従業員自身も掛け金を上乗せできるマッチング拠出制度を導入することで、企業負担を抑えながら従業員の資産形成を支援する方法もあります。

今後の展望

多様化する従業員ニーズへの対応

退職給付制度の見直しにおいては、多様化する従業員ニーズへの対応も課題となっています。調査によると、57.1%の企業が「多様な従業員ニーズへの対応」を福利厚生全般の課題として挙げています。

終身雇用を前提とした従来型の退職金制度から、キャリアの多様化に対応した柔軟な制度への移行が求められています。中途採用者が多い企業では、勤続年数だけでなく貢献度に応じた退職金設計も検討の価値があります。

インフレ対応の重要性

世界的なインフレ傾向が続く中、退職給付制度においてもインフレへの対応が重要な課題となっています。退職給付制度は退職後の所得保障という重要な役割を持ち、その実質価値を維持することは従業員エンゲージメントの強化に直結します。

物価上昇に伴う給付水準の見直しや、運用利回りの改善を図ることが、人的資本経営の観点からも求められています。

まとめ

退職給付の引き上げを検討する企業が増加している背景には、人的資本経営の浸透と人材獲得競争の激化があります。退職給付制度は単なる「退職時のご褒美」ではなく、企業の人材戦略を支える重要な柱として位置づけられるようになっています。

企業にとっては、制度の見直しにあたって財務負担とのバランスを取りながら、従業員の多様なニーズに応える設計が求められます。従業員にとっては、自社の退職給付制度を理解し、老後の資産形成計画に組み込んでいくことが大切です。

2025年・2026年の制度改正も踏まえ、退職給付制度の動向は今後も注目すべきテーマと言えるでしょう。

参考資料:

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