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by nicoxz

退職金・年金引き上げ検討企業が3割に急増、人的資本経営が後押し

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はじめに

日本企業の退職給付制度が大きな転換点を迎えています。長年のデフレ経済の中で据え置かれてきた退職金や企業年金ですが、物価上昇の定着と人材獲得競争の激化を背景に、引き上げを検討する企業が急増しています。

この動きの背景には、「人的資本経営」という考え方の浸透があります。従業員を単なるコストではなく、企業価値を生み出す「資本」として捉え、その能力を最大限に引き出すための投資を行う経営手法です。退職金や年金の充実は、優秀な人材の確保・定着に直結する重要な施策として、再評価されています。

この記事では、企業の退職給付制度見直しの動向と、2026年に施行される年金制度改正の影響、そして企業が取るべき対応について詳しく解説します。

退職給付制度見直しの背景と現状

物価上昇が退職金の実質価値を目減りさせる

日本では長らくデフレの時代が続いてきましたが、2022年以降は物価上昇が顕著になっています。賃上げについては春闘を中心に対応が進んでいますが、退職金については「インフレに対応するために金額を引き上げた」という動きはこれまで限定的でした。

しかし、物価が上がっているのに退職金の額が変わらなければ、実質的な水準は下がっていることになります。たとえ毎年1%程度の物価上昇であっても、22歳で入社し60歳で退職する労働者が38年間勤務した場合、その間に物価水準は約46%も上昇する計算になります。つまり、退職金の名目額が同じでも、購買力は大きく低下してしまうのです。

人的資本経営の浸透が見直しを促進

2023年から上場企業に義務付けられた人的資本に関する情報開示を契機に、多くの企業が人材戦略を見直しています。人的資本経営では、従業員のエンゲージメント(仕事への熱意や愛着)を高めることが重視されます。退職金や企業年金の充実は、長期的なキャリア形成を支援するメッセージとなり、従業員の定着率向上に寄与します。

企業年金連合会は「2026年急務となる退職給付制度改革5つのポイント」として、物価上昇が定着してきた中での5年に一度の退職給付水準の改定、65歳定年延長への対応、非正規雇用への退職金適用、ウェルビーイング経営における退職金制度の位置づけなどを挙げています。

退職金制度の導入状況

厚生労働省の「令和5年就労条件総合調査」によると、退職金制度を導入している企業の割合は調査産業計で74.9%に上ります。ただし、近年は制度の見直しや廃止を進める中小企業も増えており、終身雇用・年功序列を前提とした従来型の「退職一時金」が時代にそぐわなくなっているとの指摘もあります。

2026年年金制度改正の影響

企業型DCのマッチング拠出上限撤廃

2026年4月から、企業型DC(確定拠出年金)におけるマッチング拠出の上限規制が撤廃される予定です。これまでの制度では、従業員が拠出できる金額は企業の掛金額以下に制限されていました。この規制撤廃により、従業員がより積極的に老後資産を形成できるようになります。

在職老齢年金の基準引き上げ

2026年4月から、在職老齢年金制度の支給停止基準が月50万円から62万円に引き上げられます。働きながら収入を得ている年金受給者の年金が減額されるケースが減り、高齢者がより安心して働ける環境が整います。これにより、シニア人材の活用がさらに進むことが期待されます。

退職所得控除の「10年ルール」への変更

2026年1月から、退職所得控除に関する大きな変更が適用されています。従来は、iDeCoや企業型DCを先に一時金で受け取り、5年後に会社の退職金を受け取れば、それぞれに控除を満額適用できる「5年ルール」がありました。改正後は、この調整期間が「10年」に延長され、短期間に複数の退職一時金を受け取ると控除額が減額される仕組みになりました。

この変更により、退職金とDC一時金の受取タイミングをより慎重に計画する必要が生じています。

DB・DCそれぞれのインフレ対応力

確定拠出年金(DC)のメリットと課題

DCはインフレ対応力が比較的高い制度とされています。毎月の掛金が基本給の一定率で定められていれば、給与の引き上げと連動して掛金も増えることになります。また、運用商品を自分で選べるため、インフレに強い資産への投資も可能です。

ただし、DCの拠出額の上限は現在月額55,000円と法令で定められています。また、日本における運用状況を見ると、資産残高ベースで約半分が元本確保型の商品への投資となっています。元本確保型の運用利回りは一般的にインフレ率より低いため、適切にリスクを取って運用しなければ、インフレ率を上回るリターンを得ることは難しい状況です。

確定給付企業年金(DB)の見直しポイント

DBは企業が将来の給付額を約束する制度であり、運用リスクは企業が負担します。ポイント制を採用しているDBの場合、賃金上昇の影響はポイントには直接反映されませんが、ポイントの単価を洗い替えて給付水準を引き上げることが可能です。

たとえば、1ポイント1,000円と定めている場合、物価が10%上昇したら1ポイント1,100円と単価を変更すれば実質価値は維持されます。しかし、単価の洗い替えをいつどのように行うかのルールを定めていない企業も多いため、ルールの作成・変更も検討すべきでしょう。

シニア人材の待遇改善も加速

大手企業の取り組み事例

退職金・年金制度の見直しと並行して、シニア社員の待遇改善も進んでいます。2025年春闘では、三菱UFJ銀行が定年退職後に再雇用した行員の給与を最大4割引き上げる方針を発表しました。また、バンダイは61歳以上のシニア社員の概算年収を58%引き上げるなど、大幅な待遇改善に踏み切っています。

これらの動きは、65歳への定年延長が進む中で、シニア人材のモチベーション維持と戦力化を図る狙いがあります。退職金制度の見直しと合わせて、シニア世代のキャリア支援を総合的に設計する企業が増えています。

トータルリワードの視点

2026年の人事トレンドとして、「トータルリワード」の視点が重視されています。これは、基本給や賞与だけでなく、退職金、福利厚生、キャリア開発支援など、従業員が受け取る報酬全体を包括的に設計する考え方です。住宅手当、食事補助、自己啓発支援といった金銭以外の報酬も含め、従業員満足度を高める戦略が求められています。

注意点・今後の展望

制度設計における留意点

退職給付制度の見直しにあたっては、以下の点に注意が必要です。

まず、コストへの影響を正確に試算することが重要です。退職金や年金の引き上げは、長期的に企業財務に影響を与えます。将来の支払い負担を見積もり、持続可能な制度設計を行う必要があります。

次に、従業員への丁寧な説明が欠かせません。制度変更の意図や内容を明確に伝え、理解と納得を得ることが、制度の効果を最大化します。

また、税制改正への対応も重要です。退職所得控除の「10年ルール」への変更など、税制の変更が従業員の受取額に影響する可能性があります。制度設計と合わせて、最適な受取方法についてもガイダンスを提供することが望ましいでしょう。

今後の見通し

人的資本経営の重要性が高まる中、退職給付制度の見直しは今後さらに加速すると予想されます。特に人材獲得競争が激しい業界では、競合他社との差別化要因として、充実した退職金・年金制度をアピールする企業が増えるでしょう。

一方で、制度改正に伴う事務負担の増加や、運用コストの上昇といった課題もあります。デジタル技術を活用した制度運営の効率化や、従業員への金融教育の充実など、総合的な取り組みが求められます。

まとめ

退職給付制度の見直しを検討する企業が約3割に上る背景には、物価上昇への対応と人的資本経営の浸透があります。2026年の年金制度改正により、企業型DCの拠出上限撤廃や在職老齢年金の基準引き上げなど、制度環境も大きく変化しています。

企業は、自社の退職給付制度がインフレ環境下でどのような影響を受けるかを確認し、従業員の資産形成支援と人材定着の両面から、制度設計を見直すことが重要です。退職金・年金は「退職時に支払うコスト」ではなく、「人材への長期投資」として位置づけ直す時期に来ています。

参考資料:

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