サンマルクカフェ新業態、注文後に焼くパンで差別化
はじめに
サンマルクホールディングス(HD)が、カフェ業界に新たな一手を打ち出しました。来店客の注文を受けてからパンを焼き上げる新業態のカフェを展開するというものです。従来のレジカウンターにパンを陳列するスタイルを廃止し、2030年には最大250店舗、売上高250億円を目指すという野心的な計画です。
この戦略は、スターバックスコーヒージャパンやタリーズコーヒー、コメダ珈琲など強力な競合がひしめくカフェ市場において、サンマルクならではの差別化を図る狙いがあります。本記事では、新業態の詳細と背景にある市場環境、そしてサンマルクHDの成長戦略について詳しく解説します。
新業態の特徴と狙い
レジ陳列廃止の革新性
サンマルクカフェといえば、レジカウンター前にずらりと並ぶ焼きたてパンが印象的でした。名物の「チョコクロ」をはじめとする商品が視覚的に訴求し、来店客の購買意欲を刺激するスタイルです。
しかし新業態では、この陳列を廃止します。代わりに、お客様が注文してからパンを焼き上げる「オーダー後調理」方式を採用します。これにより、最高の状態で焼きたてパンを提供することが可能になります。
陳列されたパンは時間経過とともに品質が低下するという課題がありました。新業態では、注文を受けてから焼くことで、常に最高の焼きたて感と香りを提供できます。「焼きたて」をブランドの核とするサンマルクにとって、この変更は原点回帰とも言える戦略です。
スターバックスとの差別化戦略
カフェ業界において、スターバックスは圧倒的な存在感を示しています。帝国データバンクの調査によると、売上高ランキングでスターバックスコーヒージャパンは約1,709億円と、業界全体の約4分の1を占めています。
スターバックスは「サードプレイス」というコンセプトを打ち出し、自宅でも職場でもない「第三の居場所」としての体験価値を提供しています。一方、サンマルクは「焼きたてパンとコーヒーの融合」という独自のポジションを持っています。
新業態は、この強みをさらに先鋭化させるものです。スターバックスがドリンクと空間体験に注力する中、サンマルクは「目の前で焼き上がるパン」という五感に訴える体験価値で勝負します。パンが焼き上がる香りや音、待つ時間の期待感など、従来のカフェにはない付加価値を提供する狙いがあります。
カフェ業界の競争環境
主要チェーンの現状
日本のカフェチェーン業界は、各社が異なる戦略で市場を分け合っています。
スターバックスは全47都道府県に出店し、都心・駅直結・商業施設を中心に展開しています。ドトールは駅近の小型店舗で「日常のルーティン」に入り込む戦略を取っています。コメダ珈琲は郊外の地域密着型で、ゆったりとした空間とボリュームのあるフードメニューが特徴です。
タリーズコーヒーは伊藤園グループとして高品質なエスプレッソにこだわり、都市部の商業施設を中心に展開しています。増収率ではコメダが前年比10.7%増、タリーズが9.1%増と、スターバックスの6.4%増を上回る成長を見せています。
サンマルクの苦戦と復活
サンマルクカフェは、新型コロナウイルスの影響を大きく受けました。コロナ前には400店舗を超えていた店舗数は、285店舗まで減少しました。不採算店の整理を進める中で、4年間で店舗数が約4分の1減少するという厳しい状況が続いていました。
しかし、2026年3月期から潮目が変わりつつあります。藤川祐樹社長は「コロナ以降続いていた店舗数の純減トレンドは今期で断ち切りになり、今期からようやく純増となる」と説明しています。通期では出店35店舗、退店25〜30店舗を見込み、5〜10店舗の純増を計画しています。
パン市場のトレンドと追い風
焼きたてパンへの需要拡大
国内パン市場は回復基調にあります。2023年度の市場規模は、メーカー出荷金額ベースで前年度比104.8%の1兆6,629億円でした。2024年も前年比3.2%増と堅調な成長を記録しています。
特に注目すべきは、焼きたてパンへの需要の高まりです。流通パンは価格優位性を強みとする一方、ベーカリーは焼きたて感と品質で勝負するという棲み分けが進んでいます。消費者の「本物志向」「体験重視」の傾向が、焼きたてパンの価値を高めています。
アルチザンパン市場の成長
日本のアルチザン(職人製)パン市場も拡大しています。2025年に1億3,524万ドルと評価され、2034年までに2億5,733万ドルに達すると予測されています。年平均成長率は7.41%と高い水準です。
健康意識の高まりから、プロバイオティクス、古代穀物、植物性たんぱく質を配合した機能性パンへの需要も増加しています。低糖質パンや全粒粉パン、グルテンフリーパンなど、身体に配慮した製品が注目を集めています。
サンマルクの新業態は、こうした「本物の焼きたて」を求める市場トレンドに合致しています。
コンビニとの競争激化
一方で、コンビニ業界も焼きたてパン市場に本格参入しています。セブン-イレブンは約2万店舗の半数に店内オーブンを設置するため、100億円の投資を計画しています。利便性と焼きたて感の両立を図る動きです。
サンマルクの新業態は、コンビニにはない「座って楽しめる空間」と「注文後の焼きたて体験」で差別化を図る必要があります。
サンマルクHDの成長戦略
中期経営計画の概要
サンマルクHDは、2025年3月期から2029年3月期の中期経営計画を策定しています。サンマルクカフェは最終年度の2029年3月期に約370店舗を目標とし、中長期的には500店舗を目指しています。
新業態は、この成長戦略の中核を担います。既存のサンマルクカフェを新業態に転換していく方針で、2030年には最大250店舗まで拡大する計画です。つまり、サンマルクカフェの約半数を新業態とする野心的な目標です。
路面店出店の再開
2024年9月には、約7年ぶりとなる路面店「サンマルクカフェ本町信濃橋店」を大阪市西区にオープンしました。商業施設内だけでなく、路面店の出店も再開することで、出店機会を拡大しています。
路面店は独自の世界観を表現しやすく、新業態のコンセプトを最大限に発揮できる可能性があります。パンを焼く様子が外から見えるオープンキッチン型の店舗なども想定されます。
多角化戦略との連携
サンマルクHDは、カフェ事業だけでなく多角化も進めています。2024年11月と12月には、牛カツ業態の「京都勝牛」と「牛かつもと村」を相次いでM&Aで獲得しました。
牛カツ業態は国内92店舗を展開し、毎年10〜15店舗のペースで出店を継続しています。5年以内に150店舗、将来的には400店舗を目標に掲げています。海外展開も台湾、インドネシア、タイ、オーストラリアなど9カ国28店舗に拡大しています。
こうした多角化により、カフェ事業単体のリスクを分散しながら、グループ全体の成長を図る戦略です。
注意点と今後の展望
運営上の課題
注文後にパンを焼くスタイルは、顧客に待ち時間が発生します。スピーディなサービスを求める朝の通勤客などには、従来のスタイルの方が適している可能性があります。
また、オペレーションの複雑化も懸念されます。注文を受けてから焼き上げるためには、スタッフの技術向上と厨房設備の充実が必要です。人件費や設備投資の増加をどのように価格転嫁するかも課題となります。
既存業態との棲み分け
サンマルクは2021年に「サンマルクカフェ+R(プラスアール)」という新業態を銀座にオープンしています。「Rich(リッチ)」「Relax(リラックス)」「Rhythm(リズム)」をコンセプトとした、やや高級路線の業態です。
今回発表された注文後調理の新業態との関係性や棲み分けについても、今後の展開を注視する必要があります。
競合の反応
サンマルクの動きに対して、競合各社がどのような対応を取るかも注目されます。焼きたてパンを強みとするベーカリーカフェが増えれば、差別化のポイントが薄れる可能性もあります。
まとめ
サンマルクHDが発表した新業態は、注文ごとにパンを焼くという革新的なスタイルで、競合との差別化を図る戦略です。レジ陳列を廃止し、最高の焼きたて体験を提供することで、スターバックスなど強力な競合とは異なるポジションを確立しようとしています。
2030年までに最大250店舗、売上高250億円という目標は野心的ですが、焼きたてパンへの需要拡大という市場トレンドは追い風となっています。コロナ禍で苦しんだサンマルクカフェが、新業態を核として復活できるか、今後の展開に注目です。
外食産業の変革が進む中、顧客体験の質を高める取り組みは他業態にも参考になるでしょう。
参考資料:
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