東京都の出生数が10年ぶり増加へ、2兆円支援の成果
はじめに
日本全体で少子化が加速するなか、東京都の出生数に「明るい兆し」が見え始めています。2025年1月から11月までの出生数(速報値)が前年同期を約1%上回り、通年でプラスを維持すれば2015年以来、10年ぶりの増加となる見込みです。
東京都は若年層を全国から吸収しながら出生率が全国最低という「ブラックホール」の異名で批判されてきました。しかし、年間約2兆円にのぼる子育て支援予算を投じた結果、その構図に変化が生じつつあります。本記事では、東京都の出生数増加の背景にある施策の全体像と、その効果・課題について解説します。
東京都の出生数はなぜ増加に転じたのか
2025年の出生動向
厚生労働省の人口動態統計速報によると、東京都内の2025年1月から11月までの出生数は前年同期比で約1%の増加を記録しました。全国の出生数が同期間で前年比約3.2%減少しているなかでの増加であり、際立った動きです。
2024年の東京都の出生数は84,207人で、前年より2,141人減少し9年連続の減少となっていました。合計特殊出生率は0.96と全都道府県で最低を記録しています。こうした厳しい状況からの反転だけに、関係者の注目度は高いです。
増加の先行指標として注目されるのが婚姻数の動向です。2024年には都内の婚姻数が上昇に転じており、これが2025年の出生数増加につながった可能性が指摘されています。
2兆円規模の子育て支援策の全体像
東京都は2025年度予算案で子育て支援に1兆9,732億円を計上しました。前年度比7.8%増で、一般会計全体(9兆1,580億円)の2割超を占める巨額です。主な施策は以下のとおりです。
第一に、「018サポート」があります。都内在住の0歳から18歳までの子ども約200万人に対し、所得制限なしで1人あたり月額5,000円(年額6万円)を支給する制度です。2023年度に開始され、3年連続で継続されています。
第二に、保育料の無償化拡充です。2025年9月からは第1子も対象に加わり、約8万6,000人が恩恵を受ける見込みです。無償化全体の予算は763億円が計上されました。
第三に、無痛分娩の費用助成として最大10万円を支給する制度があります。都道府県レベルでは全国初の取り組みです。このほか、都立大学等の授業料実質無償化や学校給食の負担軽減なども含まれています。
「東京ブラックホール論」は正しいのか
批判の経緯と実態
東京都は合計特殊出生率が全国最低であることから、「若者を吸い込んで出生率を下げるブラックホール」と批判されてきました。人口戦略会議の分析では、人口流入がない場合に2050年時点で若年女性人口が半減以上する「ブラックホール型自治体」25のうち16が東京都特別区とされています。
しかし、この議論には重要な反論があります。上智大学の中里透氏らの研究によれば、合計特殊出生率(TFR)の計算方法には東京に不利なバイアスがあります。国勢調査データで平均出生率(15〜49歳女性人口1,000人あたり出生数)を再計算すると、東京都は全国42位で最下位ではなく、都心3区(千代田区・港区・中央区)は沖縄に次ぐ2位になります。
出生「数」で見る東京の実力
出生率ではなく出生「数」に着目すると、東京の姿は大きく異なります。1995年と比較した2021年の出生数は、全国では68%水準まで落ち込んでいるのに対し、東京都はほぼ変わらない99%水準を維持しています。全国から転入してくる若い女性がもたらす婚姻数・出生数の増加が、率の低さを数で補っている構図です。
キヤノングローバル戦略研究所の分析でも、東京都の人口をゼロにしても日本全国の合計特殊出生率は1.20から1.23までしか上昇しないと試算されており、東京一極集中の是正だけでは少子化問題は解決しないことが示されています。
注意点・展望
地方への影響という課題
東京都の出生数増加は、裏返せば地方からの若年人口流出の結果でもあります。ニッセイ基礎研究所の分析によれば、東北地方からは大量の若年女性が東京都に転入超過しており、東北5県がこの四半世紀における少子化ワースト5を独占する状況です。東京の「力業」が全国の少子化を解決するわけではなく、地方の人口減少を加速させるリスクも抱えています。
財政的な持続可能性
東京都がこれだけの子育て支援を実施できる背景には、好調な都税収入(2025年度見込み6兆9,296億円、前年度比8.5%増)があります。しかし、すべての自治体が東京都と同等の支援を提供することは不可能です。国レベルでは「こども未来戦略」として2026年度までに年3.6兆円の追加予算が予定されていますが、自治体間の格差が拡大する懸念は残ります。
今後の見通し
2025年通年の確定数が発表されるのは2026年後半になる見込みです。速報値から確定値への修正幅によっては、10年ぶりの増加が確認されない可能性もゼロではありません。また、一時的な増加にとどまるのか、持続的なトレンド転換となるのかは、今後数年の推移を見守る必要があります。
まとめ
東京都の出生数が2025年に10年ぶりの増加に転じる見通しとなりました。年間約2兆円の子育て支援予算を投じた「力業」が一定の成果を上げたといえます。018サポートや保育料無償化の拡充など、切れ目のない支援策が奏功した形です。
ただし、東京への若年人口集中が地方の少子化を加速させる構造的な問題は解消されていません。東京モデルの成功を全国に広げるには、国レベルでの財源確保と制度設計が不可欠です。今後の出生数の推移とともに、自治体間格差の拡大にも注意が必要です。
参考資料:
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