東京23区で定期借家が1割に—家賃インフレの新たな火種
はじめに
東京23区の賃貸市場で、「定期借家」と呼ばれる賃貸形式が急速に広がっています。2025年には東京23区での定期借家物件の割合が初めて1割に達し、2023年の5.8%から大幅に増加しました。
定期借家は、あらかじめ決められた期間で契約が終了し、住人は退去するか新たな条件で再契約する必要がある賃貸形式です。貸し手にとっては管理コストの上昇を価格に転嫁しやすいメリットがある一方、借り手にとっては家賃上昇リスクが高まることを意味します。
本記事では、定期借家増加の背景と影響、そして家計への影響について解説します。
定期借家とは何か
普通借家との違い
日本の賃貸借契約には、大きく分けて「普通借家契約」と「定期借家契約」の2種類があります。
普通借家契約の場合、借主が更新を希望すれば、貸主は正当な事由がない限り契約の更新を拒否できません。これは借地借家法で借主の居住権が強く保護されているためです。2年契約であっても、実質的には借主が住み続けたい限り住み続けられる仕組みになっています。
一方、定期借家契約は2000年3月の借地借家法改正で導入された比較的新しい制度です。契約期間が満了すると契約は確定的に終了し、継続して住む場合は貸主との間で新たに再契約を結ぶ必要があります。つまり、貸主は契約更新時に条件の見直し(家賃の値上げを含む)を求めやすくなります。
定期借家が広がる理由
定期借家が増加している背景には、以下の要因があります。
貸し手側のメリット
- 契約期間終了時に確実に物件を回収できる
- 家賃の値上げ交渉がしやすい
- 問題のある入居者の退去を求めやすい
- 建て替えや売却計画に合わせた運用が可能
市場環境の変化
- 東京都心部の空室率が極めて低い「貸し手市場」
- 建物の維持管理コストの上昇
- インフレによる物価全般の上昇
東京23区の定期借家動向
1割到達の意味
LIFULL HOME’Sの調査によると、2025年1月から11月までに掲載された東京23区の賃貸物件のうち、定期借家の割合は9.5%に達しました。さらに10%を超える区は都心6区を含む12区に上り、渋谷区では18.1%と区内物件の約2割に迫っています。
首都圏全体でも定期借家は急速に浸透しており、東京都は3年間で3.6ポイント、神奈川県は4.1ポイント、埼玉県は3.8ポイント上昇しています。
家賃上昇との関連
定期借家の増加は、東京23区で続く家賃上昇と密接に関連しています。2025年のデータによると、東京23区の賃貸物件は以下のように大幅な値上がりを記録しています。
- 単身者向け(シングル):平均約10.6万円、前年比11.5%アップ
- ファミリー向け:平均約22.3万円、前年比13.1%アップ
いずれも過去最高の水準です。定期借家では契約更新時に家賃を見直しやすいため、市場の上昇トレンドがより直接的に反映される傾向があります。
2026年の見通し
2026年初頭の時点で、東京23区の家賃は前年比約6.5%上昇を続けています。年間を通じて3%〜6%程度の上昇が見込まれており、2025年半ばの7〜8%という上昇率からはやや鈍化するものの、依然として高い水準が続く見通しです。
空室率が低い状況が続いているため、貸主は引き続き優位な立場にあり、多くが定期借家への切り替えを進めています。
家計への影響
住居費負担の増大
家賃の上昇は、特に低所得世帯にとって大きな負担となります。内閣府の調査によると、民間賃貸住宅に住む世帯の住居費が世帯年収に占める割合は、年収200〜300万円の世帯で全国平均約25%、東京都では約33%に達しています。
定期借家契約の場合、契約更新時に家賃値上げを拒否することが実質的に難しいため、住み続けるためには値上げを受け入れざるを得ないケースが増えています。
借り手側のリスク
定期借家契約には、借り手にとって以下のようなリスクがあります。
更新の不確実性 普通借家契約と異なり、貸主が再契約を認めなければ契約期間終了時に退去する必要があります。長期居住を希望する場合、将来の住まいが保証されない不安を抱えることになります。
中途解約の制限 定期借家契約では原則として中途解約ができません。床面積200㎡未満の居住用建物でやむを得ない事情がある場合に限り、借主からの解約が認められます。転勤や家族構成の変化などで引っ越しが必要になった場合、違約金が発生する可能性があります。
家賃交渉の難しさ 定期借家契約では、賃料の増減額請求権を排除する特約を定めることが可能です。これにより、市場家賃が下落した場合でも家賃の減額を求められないケースがあります。
定期借家のメリット
借り手にとっての利点も
定期借家には借り手にとってのメリットもあります。
良質な物件へのアクセス 転勤などで一時的に自宅を賃貸に出す「リロケーション物件」は、定期借家として貸し出されることが多いです。分譲マンションや一戸建てなど、通常の賃貸市場では出回りにくい良質な物件を借りられる可能性があります。
条件面での優遇 貸し手は借り手がつかないリスクを避けるため、定期借家物件は相場より家賃を下げたり、礼金を不要としたりするケースがあります。
短期契約の可能性 普通借家契約は原則1年以上の契約期間が必要ですが、定期借家では1年未満の短期契約も可能です。
今後の注意点
金利上昇の影響
2025年12月、日本銀行は政策金利を0.75%に引き上げました(30年ぶりの高水準)。2026年にはさらなる利上げが予想されており、住宅ローン金利も上昇傾向にあります。
金利上昇は住宅購入のハードルを高め、賃貸市場への需要を増加させる可能性があります。これが家賃上昇をさらに加速させる要因となりえます。
政策対応の必要性
急激な家賃上昇は、特に若年層や低所得層の生活を圧迫します。諸外国では家賃上昇率に上限を設ける規制(レントコントロール)を導入している国もありますが、日本では現時点でそうした動きはありません。
住宅政策としては、公営住宅の供給拡大や家賃補助制度の拡充などが議論されていますが、具体的な対策には至っていません。
まとめ
東京23区で定期借家物件が1割に達したことは、賃貸市場の構造変化を示しています。貸し手優位の市場環境の中、家賃インフレが加速するリスクが高まっています。
借り手は、契約前に定期借家か普通借家かを確認し、契約条件を十分に理解することが重要です。特に更新条件や中途解約の可否については、契約書を詳細に確認する必要があります。
長期的な住まいを求める場合は、定期借家のリスクを踏まえた上で、慎重に物件選びを行うことをお勧めします。
参考資料:
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