商社元部長の10億円詐欺事件、地面師と重なる巧妙な手口の実態
はじめに
大手商社グループの信用を悪用した巧妙な詐欺事件が明らかになりました。2026年1月、鉄鋼建材商社「伊藤忠丸紅住商テクノスチール」(東京都千代田区)の元部長らが、バイオマス発電事業への融資を装い計10億円をだまし取った疑いで逮捕されました。
この事件では、会社の役員になりすました人物を面談に同席させ、社印や委任状を偽造するなど、土地の所有者を演じる「地面師」と共通する手口が使われていました。大手商社の看板と再生可能エネルギーという社会的意義の高い分野を悪用した本事件は、企業における内部不正対策の重要性を改めて浮き彫りにしています。
本記事では、事件の詳細と地面師との類似点、そして企業が講じるべき対策について解説します。
事件の概要と逮捕の経緯
逮捕された人物
2026年1月13日、警視庁捜査2課は詐欺と有印私文書偽造・同行使の疑いで、伊藤忠丸紅住商テクノスチール元部長の桜井宏至容疑者(57)と、職業不詳の瀬戸智範容疑者(73)を逮捕しました。
桜井容疑者は1991年に総合商社の丸紅に入社し、2004年に伊藤忠丸紅鉄鋼に転籍。2018年からテクノスチールに出向していました。瀬戸容疑者は、桜井容疑者の指示でテクノスチールの取締役になりすまし、金融業者との面談に同席していたとされています。
容疑の詳細
両容疑者は2021年12月から2022年3月にかけて、金融業者「クラウドバンク・フィナンシャルサービス(CF社)」に対し、「テクノスチールが連帯保証する」と虚偽の説明を行いました。偽造した委任状を提示し、再生可能エネルギー事業者が進めるバイオマス発電所の事業資金名目で融資金7億円をだまし取った疑いがあります。
警視庁によると、桜井容疑者は逮捕容疑を含め計10億円をだまし取ったとみられ、その多くを私的に使用した可能性があります。
二重の立場を悪用
桜井容疑者はテクノスチールに在籍しながら、融資対象となったバイオマス発電事業者の実質的な経営者を務めていました。商社の部長という立場と事業者側の経営者という二重の立場を悪用し、融資を引き出していたことになります。
地面師と共通する巧妙な手口
なりすまし役の起用
2022年2月、都心にあるテクノスチールの応接室で、計10億円の融資を巡る交渉が行われました。金融業者の担当者と面談した桜井容疑者の横には、「取締役」と紹介された人物が同席していました。
「部長に全てを任せています」と語ったこの人物は、実際にはテクノスチールの役員ではなく、瀬戸容疑者によるなりすましでした。重要な場面でなりすまし役を使い、取引相手の信頼を得る手法は、地面師詐欺の典型的なパターンです。
社印・書類の偽造
桜井容疑者は2022年2月、インターネット上で見つけた印鑑の偽造業者と東京駅付近のカフェで接触。テクノスチール代表取締役の偽の印鑑を作成させ、委任状の偽造に使用したとみられています。
社印や書類を偽造し、会社の正式な承認を受けたように見せかける手口も、地面師が土地の権利証や印鑑証明書を偽造する手法と酷似しています。
積水ハウス地面師事件との類似性
2017年に発生した積水ハウス地面師事件では、土地所有者になりすました人物が偽造パスポートを使用し、55億円をだまし取りました。この事件では、なりすまし役、偽造担当、手配師など役割が分担され、組織的に詐欺が実行されていました。
今回の事件でも、桜井容疑者が全体を指揮し、瀬戸容疑者がなりすまし役を担い、偽造業者に印鑑作成を依頼するなど、複数の人物が関与する構図が見られます。
被害を拡大させた構造的要因
大手商社グループの信用
伊藤忠丸紅住商テクノスチールは、伊藤忠商事、丸紅、住友商事という日本を代表する総合商社3社が出資する鉄鋼専門商社です。この大手商社グループの看板が、金融業者の警戒心を下げる要因となりました。
被害に遭ったクラウドバンク・フィナンシャルサービスは、ソーシャルレンディング大手「クラウドバンク」のグループ会社です。大手商社グループ企業が連帯保証するという説明は、融資判断において大きな信用材料となったと考えられます。
再生可能エネルギー事業という隠れ蓑
バイオマス発電という社会的意義の高い再生可能エネルギー事業を名目としたことも、詐欺の成功要因の一つです。ESG投資やグリーン金融への関心が高まる中、環境関連事業への融資は審査が緩くなりやすい傾向があります。
商社再編が生んだ管理の空白
一部の報道では、商社再編に伴う組織変更が管理体制の空白を生み、不正を見逃す原因となった可能性が指摘されています。桜井容疑者が出向した2018年以降、部長職でありながらバイオマス発電事業者の実質経営者を兼務するという利益相反状態が放置されていたことは、ガバナンス上の問題を示唆しています。
企業が講じるべき内部不正対策
本人確認の厳格化
地面師事件では、別の不動産会社が所有者を装った人物の写真を持参して近隣住民に確認したことで、なりすましを見破った事例があります。重要な取引においては、取引先の役員や担当者の身元を複数の方法で確認することが重要です。
具体的には、公的な登記情報との照合、会社の代表電話を通じた役職確認、過去の取引履歴の確認などが有効です。
多要素認証と承認プロセスの強化
大型の契約や融資保証には、複数の承認者による多段階の承認プロセスを設けることが重要です。一人の担当者の判断だけで会社の信用を使えない仕組みを構築することで、内部不正のリスクを軽減できます。
利益相反の監視
本事件では、桜井容疑者が商社の部長と事業者の経営者という二重の立場にあったことが不正の温床となりました。従業員の副業や兼業、外部団体との関係について定期的に申告を求め、利益相反の可能性をモニタリングする体制が必要です。
内部通報制度の整備
不正を早期に発見するためには、従業員が安心して情報提供できる内部通報制度の整備が欠かせません。通報者の保護を徹底し、報復を恐れずに不正を報告できる環境を構築することが重要です。
ソーシャルレンディング投資家への影響
クラウドバンクの投資家被害
本事件の被害者であるクラウドバンク・フィナンシャルサービスは、個人投資家から集めた資金を企業に融資するソーシャルレンディング事業を展開しています。本事件による融資の焦げ付きは、投資家への償還遅延につながっています。
クラウドバンクは累計3000億円以上を集めた業界大手ですが、2015年と2017年に行政処分を受けた経歴があり、2025年には内部告発を巡る経営陣の内紛も報じられています。
投資家が取るべき対策
ソーシャルレンディング投資においては、運営会社の第二種金融商品取引業登録の確認、過去の行政処分歴の調査、融資先の事業内容の精査が重要です。高利回りの案件ほどリスクが高いことを認識し、分散投資を心がけることが推奨されます。
まとめ
伊藤忠丸紅住商テクノスチール元部長による10億円詐欺事件は、大手企業の内部者が引き起こした企業犯罪の典型例です。なりすましや書類偽造といった地面師と共通する手口は、組織の信用を悪用した詐欺がいかに巧妙に行われるかを示しています。
企業は内部不正に対する防御策を強化し、本人確認の厳格化、多層的な承認プロセス、利益相反の監視などを徹底する必要があります。また、金融機関や投資家は、大手企業グループの看板に安易に信用を置くことなく、独自の調査と検証を行うことが求められます。
今回の事件を教訓として、企業ガバナンスとコンプライアンス体制の再点検が急務となっています。
参考資料:
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