Z世代が変える職場の評価制度、「ありがとう」で給料アップの新潮流

by nicoxz

はじめに

「競争は苦手だけど、仲間と協力するのは好き」。そんなZ世代の価値観が、日本の職場に新しい評価制度をもたらしています。社員同士が感謝の気持ちとともに少額のポイントを贈り合う「ピアボーナス」が、多くの企業で導入されるようになりました。

従来の人事評価は、上司が部下を一方的に評価する「タテ型」が主流でした。しかし、同僚同士の横のつながりを重視するZ世代にとって、この仕組みは必ずしもモチベーション向上につながりません。そこで注目されているのが、同僚からの「ありがとう」が給料に反映される新しい評価の形です。

本記事では、ピアボーナスの仕組みと効果、そしてアダム・スミスが説いた「共感」の概念との意外な接点について解説します。

ピアボーナスとは何か

社内投げ銭の仕組み

ピアボーナス(Peer Bonus)とは、「peer(仲間)」と「bonus(報酬)」を組み合わせた言葉です。会社が一方的に従業員へ報酬を与えるのではなく、従業員同士が感謝や称賛を伝え合い、その証としてポイントを贈り合える仕組みを指します。

日本で初めてピアボーナスサービスを提供したのは、2017年にサービスを開始したUnipos社の「Unipos(ユニポス)」です。同サービスのコンセプトは「見えにくい貢献を見える化する」こと。従業員は日常の小さな行動を称賛の投稿として送り合い、そこに少額のポイント(インセンティブ)を添えます。

現在では、RECOG、THANKS GIFT、thanks!など、複数のピアボーナスサービスが国内で展開されています。

導入企業が期待する効果

企業がピアボーナスを導入する主な理由は3つあります。

1. 貢献の見える化によるモチベーション向上 数字に表れにくい地道な貢献や、チームを陰で支える行動を可視化することで、個人のモチベーションを高めます。

2. 部門を超えた連携の促進 異なる部署の社員同士が感謝を送り合うことで、組織の壁を越えた協力関係が生まれます。

3. 企業理念・行動指針の浸透 会社が大切にする価値観に沿った行動を称賛することで、理念の浸透を促進します。

実際の活用事例

ある企業では、普段滅多に人を褒めない「鬼所長」と呼ばれる上司が、新入社員の初受注を祝うピアボーナスを送ったことが話題になりました。厳しさの裏にある愛情がチーム全体に伝わり、職場の雰囲気が良くなったといいます。

このように、ピアボーナスは単なる報酬システムではなく、組織文化を変える触媒としての役割も果たしています。

Z世代はなぜ競争を嫌うのか

多様性を尊重する世代

Z世代(1990年代後半〜2010年代前半生まれ)は、多様性を尊重する教育を受けて育ちました。SNSを通じて世界中の多様な価値観に触れてきた彼らは、他者との違いを受け入れ、自分自身の価値観も大切にする傾向があります。

その結果、競争よりも「自分らしく生きる」ことを重視し、お互いを認め合い助け合う関係性を好みます。上司や部下といったタテのつながりよりも、同僚同士のヨコのつながりを重視するのが特徴です。

失敗を恐れる心理

2025年の新入社員の特徴として、「空気を壊したくない」「批判的だと思われたくない」「間違っていたらどうしよう」「目立ちたくない」という心理が指摘されています。

その背景には、運動会で「みんな一緒に」ゴールするなど個性を発揮しにくい経験や、SNSでの「炎上」を目の当たりにしてきた経験があります。間違いや失敗に対する異常なまでの恐怖心を持つようになったのです。

従来の評価制度への違和感

このような価値観を持つZ世代にとって、成果や数字で競い合う従来の人事評価制度は、必ずしもモチベーション向上につながりません。

外発的動機(金銭や競争)よりも、内発的動機(貢献・成長・やりがい)を重視するZ世代には、「会社から評価される」よりも「仲間から感謝される」ことの方が、働く意欲につながりやすいのです。

アダム・スミスが説いた「共感」の重要性

『道徳感情論』の先見性

経済学の父として知られるアダム・スミスは、主著『国富論』(1776年)よりも前の1759年に『道徳感情論』という著作を発表しています。この本で彼は、人間社会の秩序を支える根本原理として「同感(sympathy)」の概念を提唱しました。

「同感」とは、他人の喜びや悲しみ、怒りなどの感情を自分の心の中に写し取り、想像力を使って同様の感情を引き出そうとする心の作用です。スミスは、人間を単に利己的な存在と見なすべきではなく、他者への想像力と共感能力を持つ存在として捉えました。

「見えざる手」の前提条件

興味深いのは、『道徳感情論』が『国富論』の前提となる倫理学書だという点です。市場経済における「見えざる手」が機能するためには、取引当事者間に共感が存在することが前提条件となります。

相手が欲しているものを察する能力があるからこそ、お互いにとってメリットがある取引を成立させられるのです。つまり、経済活動の土台には「共感」があるとスミスは考えていました。

260年前の理論と現代の接点

このスミスの理論は、260年以上を経て、Z世代の職場観と不思議な符合を見せています。競争よりも協調を重視し、感謝や承認を通じて関係性を築こうとするZ世代の価値観は、まさにスミスが説いた「同感」の原理に基づいているとも言えます。

ピアボーナスは、この「共感」を可視化し、経済的価値に変換する仕組みです。スミスが構想した「道徳感情に基づく経済」が、テクノロジーによって現代に蘇っているのかもしれません。

共感が生む新しい経済圏

ギフトエコノミーの台頭

近年、「ギフトエコノミー(贈与経済)」という概念が注目を集めています。これは、見返りを求めずに他者にモノやサービスを与える経済システムのことです。

効率性や競争の上に成り立つ資本主義がもたらす格差拡大や環境問題への反省から、人々の善意や感謝といった内的動機を経済活動の原動力として活用できないかという発想が生まれました。

2007年にアメリカ・バークレーで始まった「カルマ・キッチン」は、その象徴的な実践例です。食事代は0円で、前の利用者が善意で払ったお金によって、次の客が食事というギフトを受け取れる仕組みになっています。

トークンエコノミーの可能性

ブロックチェーン技術を活用した「トークンエコノミー」も、新しい承認経済の形として期待されています。

従来の貨幣経済をそのままに、その上に「互いに承認し、承認される」仕組みを乗せることで、これまで価値評価が難しかった行動やコミュニティへの貢献を正当に評価することが可能になります。

ピアボーナスも、こうしたトークンエコノミーの一形態と捉えることができます。感謝という「共感の通貨」が、組織内で流通する小さな経済圏を形成しているのです。

今後の注意点と展望

導入時の課題

ピアボーナスの導入には、いくつかの課題も指摘されています。

形骸化のリスク: 義務的に送り合うだけの形式的なやり取りになると、本来の効果が失われます。経営陣が率先して活用し、組織文化として定着させる努力が必要です。

公平性の担保: 人気のある社員にポイントが集中し、目立たない貢献が見落とされる可能性があります。多様な貢献を認める仕組みづくりが重要です。

既存評価との整合性: ピアボーナスと既存の人事評価制度をどう連携させるかは、各社が試行錯誤している段階です。

働き方の未来へのヒント

Z世代の価値観変化とピアボーナスの普及は、働き方の未来を示唆しています。競争から協調へ、タテ型からヨコ型へ、成果主義から貢献主義へ。こうしたシフトは、今後さらに加速する可能性があります。

重要なのは、これが単なる「若者への迎合」ではないという点です。アダム・スミスが260年前に説いたように、共感は経済活動の根本を支える原理です。Z世代の感性は、むしろ経済学の古典に立ち返る動きとも言えるでしょう。

まとめ

競争を嫌い、協調を重視するZ世代の価値観が、日本の職場に「ピアボーナス」という新しい評価制度をもたらしています。同僚からの「ありがとう」がポイントとなり、給与に反映される仕組みは、従来のタテ型評価を補完する存在として広がっています。

この動きは、アダム・スミスが『道徳感情論』で説いた「共感(同感)」の概念と深い接点を持ちます。人間を単なる利己的存在ではなく、共感能力を持つ社会的存在として捉えたスミスの視点は、Z世代の職場観と通底するものがあります。

ギフトエコノミーやトークンエコノミーの台頭とともに、「感謝」や「承認」が経済価値を持つ時代が始まっています。企業はこの変化を単なるトレンドではなく、働き方の本質的な転換として捉える必要があるでしょう。

参考資料:

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